「釈迦に説法」の正しい意味と使い方!例文や類語も紹介

「釈迦に説法」ということわざがあります。お釈迦様に説法?なんだか不思議な感じですが、字を見たままの感覚で使っても間違ってないのかな?と思うことはありませんか。今回は「釈迦に説法」の正しい意味と使い方、例文や類語を紹介します。



「釈迦に説法」の読み方と由来

「釈迦に説法」の読み方

「釈迦に説法」は、「しゃか に せっぽう」と読みます。「釈迦」とはそおままお釈迦様のことを表し、「説法」とはお釈迦様の説いた法「仏教の教え」を解き聞かせる事を指します。

由来は「御釈迦様に説法を説く愚かな行為」

「釈迦に説法」のことわざの由来は、仏教を教えを説いた本人であるお釈迦様に、仏教の教えを聞かせるという愚かな行為に由来しています。「釈迦に説法、孔子に悟道」というように「孔子に悟道」を続けて使う場合もあります。「孔子」とは紀元前の中国の思想家、儒教の開祖、「悟道」とは悟りの道や道徳という意味です。

「釈迦に説法」の意味

恥ずかしくて愚かな行為の例え

「釈迦に説法」とは、仏教を開教した本人であるお釈迦様に、仏教の教えを説くという愚かな行為のことを示します。例えば、高名な数学者に対して、数学が得意というレベルの人が数学を教えるようなもので、とても恥ずかしくて愚かな行為を意味します。

「猫に小判」や「馬の耳に念仏」と意味は異なる

稀に「猫に小判」や「馬の耳に念仏」の意味と混同して、説法を説いても意味が無い、聞く耳を持たないという意味で使われている場合があります。お釈迦様に説法を説いても、お釈迦様はもう知っている事なのでは確かに説いても意味のない事ですが、この場合は間違った解釈です。

「猫に小判」や「馬の耳に念仏」は、猫には小判の価値はわからない、馬には念仏の意味はわからない、そのため与えても何の意味も価値も為さないという意味です。この解釈と「釈迦に説法」の意味は全く違ったものなので、間違って解釈しないようにしましょう。

「釈迦に説法」の正しい使い方

愚かな行為を行うという意味の場面で使う

「釈迦に説法」の正しい使い方は、その道のプロにその道を語ることの愚かさを表す使い方が正しい使い方です。例えば次のような場面で使います。

(例)Aさんは企業のプログラミング部門の主任をしています。そこにプログラミングのプロとして他社から引き抜かれた、優秀で有名なプログラマーであるBさんがプログラミング指導係として新しく入社してきました。

その事を聞いていなかったAさんは、新しく入社してきたBさんに新人としてプログラミングの初歩を教えようとしていました。その直前、Bさんがプログラミングのプロだという事を聞かされ、指導することはしませんでした。Aさんは、「もう少しで釈迦に説法をするところだったよ」とホッと胸をなでおろしました。

相手に対して自分をへりくだって表現する場面で使う

一方、その道のプロ、若しくは自分よりも詳しい人に、その道の事を語らなければいけない時は、自分をへりくだって相手を立て、失礼のない言い回しとして、「釈迦に説法」を使うこともできます。

(例)Aさんはプログラミングの指導係として、新入社員向けのプログラミング勉強会の講師をしています。Aさんは上司から、今回の勉強会にはBさんも参加するように伝えておいてくれと指示されました。

しかしBさんは格上企業のZ社から引き抜きで入社してきた人です。自分よりも多分プログラミングに詳しい人なのに、自分が講師を務める社内の新入社員向けの勉強会に参加するように言うのは失礼かもしれない。でも上司からの指示なので伝えなければなりません。AさんはBさんに勉強会への参加についてこう言いました「Bさん、午後からの勉強会はBさんも参加してもらえるかな。俺の講義を聞くなんて、Bさんにとっては釈迦に説法かもしれないけど、一応研修行事だと思って顔を出してくれないか」

「釈迦に説法」を使った例文

  • 陶芸家に、趣味の陶芸の事を自慢してしまった。釈迦に説法だった。
  • ボクサーに対して、ダイエットを語るところだったよ。危うく釈迦に説法をするところだった。
  • 先生、釈迦に説法とは存じますがひと言だけ進言させてください。

「釈迦に説法」の類語

  • 河童に水練(かっぱにすいれん)=河童に水泳を教える事
  • 孔子に論語(こうしにろんご)=孔子に論語を説く事
  • 猿に木登り(さるにきのぼり)=猿に木登りを教える事

まとめ

「釈迦に説法」の正しい意味と使い方をみてまいりました。お釈迦様に説法を説くという、恥ずかしくて愚かな行為を例えたことわざでした。また、相手がその道のプロだとわかっていて、あえてその道について語らなければならない時、相手を立てて自分をへりくだる意味で使うことのできることわざでもあります。

ごく稀に「あの人に言っても聞く耳を持たないから、釈迦に説法だよ」と誤った解釈で使われている場合がありますが、「猫に小判」や「馬の耳に念仏」と混同した解釈の仕方なので間違って使わないように気をつけましょう。

このようにことわざには、受け取り方や誤った解釈で使われてしまっているものもあります。社会人として正しいことわざの理解と活用は一般常識です。日頃使っていることわざは正しく解釈して使っているか、間違った使い方をしていないか、なんとなくな解釈で使っていないか、もう一度点検、確認をして正しく使いこなすことも、社会人としてのマナーではないでしょうか。