今回インタビューするのは、猟師でジビエに特化したメディア「ジビエーる」を運営している矢野大地さん。新卒で猟師になり、自分で生業(なりわい)をつくりながら高知の山奥、嶺北と京都丹後を拠点に暮らしています。猟師歴は5年目。現在ではただ狩るだけではなく、獲った獲物を利用できるプロダクト開発などにも挑戦しています。
ジビエブームの昨今、猟師でありながら「獲る」「肉を売る」だけではなく、情報発信や新しい仕組みをつくることに力を入れているのはなぜか。その理由をききました。
なぜ新卒で猟師になったのか
–猟師になろうと思ったきっかけはあったんですか?
猟師になるきっかけの話をするにあたって、「食べること」について考えさせられる出来事がありまして、まずそのお話をさせていただきたいと思います。
今の社会って物流が安定しているので、お金があれば「食べるということ」については、あまり困ることはありませんよね。ですから「食」を自分で選択することや、自分で生み出していくことは、生活からかけ離れたところにあるじゃないですか?
でも、お金の価値が有効なのは、そのシステムが回っている時だけだと思うんですよね。それが、うまく回らなくなった瞬間に、お金がただの紙になってしまうということを、インフラが止まった東日本大震災のボランティア活動に行った時に感じたんです。
そこから「自分はこの先どう生きていきたいのか?」と深く考えるようになりました。そんなときに高知に帰ってきて、大学である地域活動をしている先生に会いへ山奥に遊びに行ったんです。
そこで、コーヒーを飲みながら先生としゃべっていたら、すごい音でジムニーが坂をあがってきました。「○○さん来たぞ」と聞こえたので、見に行ったら、荷台に40~50キロぐらいのシカがいたんです。
それまで、僕にとって猟師は空想上のものでした。それが、いきなり目の前に現れて、鉄砲で打ちぬいたシカを持ってきたんです。その荷台に置かれているシカの姿を目の当たりにして、僕は何か凄くドキドキしたんです。「すげえ」と。
東日本大震災のボランティア活動を通じて「食」と遠くなっていると感じていた中で、今、目の前に食材がある。このおっちゃんが鉄砲一本持って山に入って狩ってくる。これは、凄いことだなという感動を覚えました。
それが「猟師になりたい」と思ったきっかけです。
実際になってみてどうだったか?
–衝撃的な出会いだったんですね。でも「新卒」という、ある意味、就職における武器を使わず、大学卒業後に猟師になるためにさらに山奥に引っ越すという決断をされますが、思い切りましたね。
はい。新卒で就職するのではなく、ブログやメディア運営をしていこうと思っていました。大学卒業後に「ブログのネタがないかな~」と考えて自分の経験などを振り返っていた時に、猟師がやりたいことを思い出したんです。
一番は猟師をしたい。そしてインターネットを使った事業をするので光回線が繋がる場所を探して、縁のあった今の拠点、高知の嶺北に住み始めました。
–猟師デビュー最初の獲物は何を獲ったんですか?
罠にかかった80キロはある、とても大きなシカでした。シカって、かわいらしいイメージがあると思うんですけど、その時の獲物は大きい上に、角も立派で仕留めるのが難しく、僕もだいぶ腰が引けました。
初めてというのもあり、自分の能力じゃ簡単に気絶もさせてあげられない。「かわいそうだな」と思いながら、結局一時間半殴りかかって気絶させ、息の根を止めました。
矢野さんが考える「猟師という意義と課題」とは
–実際猟師になった矢野さん。猟師でありながら、ジビエメディアの運営や他にもジビエに関わる事業を手掛けていますが、それはなぜですか?
狩猟は自分の憧れではじめたので、猟師になった時点でその希望は達成してしまったんですね。まず、現在の私の猟師のスタイルについて説明させていただきますと、一般的に、猟師を極めていくなら、獲る数を増やす、食肉加工場をつくって肉を流通させる仕組みを作る、そういう人が多いです。なのですが、自分は現在、実際に猟に出かける比重は減ってきています。
–それはなぜですか?
僕は最初、猟師がシンプルに「かっこいいな」と思っていたんです。命を自ら得て糧にして生きていくそのありさまが。でも、自分も猟師になって、いろんな猟師がいると知ることになりました。
特に気になったのが「猟師が獲物をとったあとの処理」についての部分です。批判したいわけじゃないのですが、よくあるのはシカだと背ロースの部分、後ろ足のランプ肉のおいしい部分だけとって廃棄する人がかなり多いのが現実です。
そんな現実を知る中で、現場にいると確かに、全てを利用するのは難しいこともよくわかるのですが、「かっこいい」と思っていたのが「かっこわるく」見えてきてしまいました。
でも、「このままでいいわけがない」って思う気持ちがだんだん大きくなってきたんです。
ですから、自分なりの「猟師はこうあるべき」という姿を明確にして、課題に取り組んでいくことが、僕の次の猟師としてのあり方になってくると考えるようになりました。それが、ジビエメディアの運営や他にもジビエに関わる事業を手掛けていくような形につながってきています。
–猟を極めるのではなく「猟師のあり方」を見つめなおしている?
そうですね。一頭獲ったら余すことなく使い切る仕組みをつくりたいですし、同時に、そういう意識を持てる猟師が増えることが理想です。
猟師のプロとなりますと、現状では結局「獲った動物を加工するなど、肉として扱う」ことのありかたではなくて「獲る」というあり方に寄ってしまっています。
でも、獲るプロであれば、肉として扱う時に「獲ったこの動物がどういう風になるだろう」と考えて獲ることができるのが、やはりプロだと考えます。ですので、革も、肉も骨も、どう使うかを考えながら狩りができる猟師が増えたらいいなと思っています。
2019年から国も「ジビエハンター認証」という名称を使い始めました。「食肉として扱うものとして獲るところから考えましょう。そういうことができる猟師を増やしましょう」と、国が言い始めてくれたんです。これは、凄く大きな進歩かなとは思います。
–国としても、流通させるためにも安全安心なジビエを確保したいんですね。
実は、うまく扱えてないだけで、環境保護活動家として有名なC・Wニコルさんの著書『うまいシカ肉が日本を救う!』にもあるように、日本のシカ肉は美味しい肉だと評価される肉質なんです。でも、実際の狩猟現場では破棄されることが多いんです。
自治体にもよりますが、補助金で一頭1万円程度支給される仕組みがあります。ですので、稼ごうと思う猟師は、たくさんのシカを狩り、尻尾と耳だけを獲って補助金をもらい、あとは捨ててしまうんですね。
–鳥獣問題として完結してしまい、うまくジビエ活用できていないんですね。
最近では、工夫してうまく回っているモデル的地域も出てきました。鳥獣被害対策事業で成功している自治体の中では、島根県の美郷町が有名です。
「自分たちの畑は自分たちで守る」と、農家・狩猟者・集落関係者が駆除班をつくって、100名以上が狩猟免許を取得し、罠を自分の畑にかけて鳥獣対策をしています。獲れたら食品加工施設「おおち山くじら」に連絡をして回収してもらう。そんな仕組みをつくって運営しています。
今後も、被害を受けている人たちが、「自分たちに必要なことだからやろうよ」と取り組む方法の中で猟師ではないけど、猟師資格を持つ人は増えていく可能性はあると思います。
ジビエ発信メディア「ジビエーる」を始めた理由
–ジビエの価値をあげる取り組みを、猟師や企業、国がしていくことも大事なんですね。
そうです。でも、同時にジビエを食べる側にも、プラスで教育が必要だと思っています。僕がジビエーるを始めた理由はそこにあるんです。
日本は歴史の中で、長い間シカやイノシシともうまくやっていたんです。山で猟師が獲物を獲ってきて、ご馳走としてジビエを食べていた時代はすごく長かったんですね。
それが一度崩壊したのが、明治時代です。シカの革が高く売れるようになって、シカがかなり減ってしまった。そこで、政府が全面禁猟していた時期もあるんです。それがある程度緩和されたのが昭和の戦後あたりですね。
「獲る」にフォーカスして商業的価値をあげすぎると、おそらくまたシカが減少する形になってくるかなと思います。そうなると「獲らない」政策が取られ、鹿が増えていくとループになるということが想像できます。
だから、一概に猟師やジビエ消費が増えたらいいではなく、絶妙なバランスを取っていかなけれならない。ただ獲ればいい、流通させればいいではなく、そもそも、答えがないものとして扱っていくことが必要かなと思っています。
もう一つの狙いとして、日本人が心のどこかに持っている、動物の死や、命を食べることに関しての意識を変えていきたいという思いがあります。
スーパーに並んでいる肉に対しては疑問を持たないのに、猟師が獲ることに対して「可愛そう、ひどいことをする」という意識を持つ人もいる。それが悪いことではなくて、日本に根付いている食肉への意識の文化が、一つのハードルになっているような気がしています。
まずは、興味持てたり、関わりたくなるようなきっかけ(教育)が必要だなと思うんです。面白そう・楽しそう、おいしそうとかから今の日本を知りつつ、狩猟が必要なことなんだと思ってもらえるようになりたいと考えています。
日本の抱える問題を考えたり、命と向き合うことやジビエの本当の理解を深めていく学びのツールとして、ジビエーるを運営していきたいですね。
夢見る「猟師のあり方」とジビエの具体的な活用方法
–肉や革の利用イメージはできるのですが、骨や内臓って利用できるんですか?
骨は今、あるラーメン会社とコラボレーションしてスープを開発してるんです。ほかにも、エキスの抽出に挑戦しています。ジビエの内臓は栄養が豊富で、栄養価が高いので、ペットフードに利用できないかと提案をしています。
全国には、残渣を農業飼料にしたり肥料にするような取り組みをしている自治体も出てきました。
–肉と革以外にも、利用できる可能性があるんですね。矢野さんは、最終的にどんなところをめざしているんですか?
一頭が獲れたらまるまる利用できる仕組みを、そう遠くない未来に実現したいと思っています。シカやイノシシをたくさん獲って駆除して稼ぐではなく、月3頭獲れば、ある程度収入になるみたいな世界観をつくりたい。
野生動物だから個体によって違いがありますが、一頭5万円位の状況をどうしたらつくっていけるかなを考えています。破棄されるものを無理やり利用するのではなく、価値があるから活用しようというスタンスで可能性を探っている途中です。
–美味しいだけではなく、ジビエの世界や課題は深いんですね。今後は、どんな挑戦をしていくんですか?
まずは、骨や皮などの現状ほとんど利用されず、廃棄されている部位の利活用を進めたいと考えています。今後最も力を入れたいと思っているのは、鹿の皮の利用ですね!
少しずつではありますが、活用の波は広がりつつあります。しかし、まだまだ小さいブランドレベルでの利用でとどまっています。ある企業が鹿革を商品として使いたいと思った時に、安定供給できない状況や傷が多すぎて使えない状況が今ではほとんどです。
しかし「野生の傷がマイナス」ということではなく、それが付加価値となるような商品作りやプロデュースなども含めて、解決できるような仕組みを作りたいと考えています。
最終的な目標は、1コミュニティ1猟師の世界をつくることです。例えば、猟師さんに対して一人月千円ずつ「ご用達猟師さん」としてお金を払うしくみで、自分達のコミュニティに「猟師」がいる状態をつくることができればと考えています。
猟師は、自然のことを教えてくれる、山の生態系を維持してくれる、そして農業の場所を守ってくれる。そんな猟師に「ありがとう」の意味で存在意義をつくり、猟師の言葉や、サービス、実際の猟から生まれる肉や革、知識経験を「教育」の一つとして伝えられるような仕組みを作りたいです。
最終的には、そういう取り組みによって、猟師の価値を高めていきたいと思っています。
「ジビエーる」を運営している矢野大地さんのお話をお伺いして
猟師は、山を守り、命を頂くという生き方がある一方で、現代は、狩ることで一頭当たりいくらと鳥獣駆除でお金を稼ぐ手段にもなってしまった。
そんな中、矢野さんは今一度猟師のあり方を考え、企業とのつながりを作って新しい「猟師のあり方」をつくろうとしている。同時に、自分達の問題に気付くきっかけになるよう、ジビエの観点から知識や関心を届けるためのWEBメディアも運営しています。
猟師を知ること、ジビエを美味しくいただくこと、暮らす町の課題に気づくこと、全てが繋がる現代の新しい猟師のあり方が、実現する日も遠くないのかもしれません。
さかもとみき
1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、ライター・恋愛コラムニストをしています。
矢野大地
新卒猟師5年目。高知県嶺北地域で若者のキャリアNPO法人ひとまき( http://hitomaki.org)の代表を勤めながら、山に入ってます。獲った獲物を出来るだけ価値として利用できるようにプロダクト開発等に挑戦中。IoTトラップなどテクノロジーと狩猟の掛け合わせに興味があります。