今回インタビューするのは、自身も移住経験があり、今まで関わってきた移住者が100人を超える、七尾まちづくりセンターの「移住コンシェルジュ」太田殖之さん。
東京出身の太田さんは、上のお子さんが小学校に入るタイミングで奥さんの実家がある石川県七尾市へ移住しました。
七尾まちづくりセンターでは、移住サポートの他、能登半島の「承継型移住」という「地元の事業を移住者に継いでもらう」という事業の相談にものっています。地方にとっての移住の課題や、どんな取り組みが必要なのか、まちづくりのプロに教えてもらいました。
移住事業に関わることになったきっかけ
—太田さんは、そもそも地方のまちづくり事業をしようと思っていたんですか?
いえ、石川県七尾市への移住を決めた頃は「農業をしようかな」なんて思っていました。
しかし、東京でもまちづくりの仕事をしていた関係で、能登のまちづくり会社『ぶなの森』を訪問したのですが、その際に「能登半島全域の移住をやる」という話をきいて面白そうだなと思ったんです。それで、一般社団法人能登定住・交流機構の立ち上げに関わり、事務局長になりました。
ちょうど北陸新幹線が開通し、総務省の消滅可能性都市のレポートがでた時期でもあったんです。
2017年からは七尾街づくりセンターの「移住コンシェルジュ」に就任し、これまで移住した仲間と「能登半島・七尾移住計画」を立ち上げ、移住されたい方のサポートやイベントの開催などをしています。
地方移住の「地元」と「移住者」の課題
—地方が人口減少に危機感をもったり、移住がブームになったりしていた頃ですね。移住といえば、「地域おこし協力隊が定着しない」問題などのイメージもあります。
地域おこし協力隊は、自治体が移住者を募集して地域に入れます。しかし、テーマや課題の設定が曖昧で、隊員も行政の人も、何をしていいかわからない状態のところが多いんです。
それに、移住をしてきた地域おこし協力隊は「行政以外に相談できる相手がいない状況」になりがちです。右も左も分からない中、「どうするの?」と地域の人から言われる現実があります。
七尾市に関して言えば、僕らのような移住者に関われる地元の人間がいます。例えば、高階(たかしな)地区の地域おこし協力隊、任田和真さんが企画した廃校を活用した「逃走中」や「ドライブインシアター」などのイベントや「集落の教科書」作りなど、活動のサポートをしています。
地域おこし協力隊に限らず、七尾市への移住は、検討段階で行政の方だけではなく、僕らのような民間のサポーターとも話しながら来ているので、移住後も不安や悩みを行政の人以外にも相談できる環境があります。それもあって、今は能登に残っている人が多くいますね。
—移住者の相談にのったり、課題を一緒に考えたりできる人がいる環境が大事なんですね。移住がうまくいっているエリアは他にどんな特徴があるんですか?
行政や他人に任せるのではなく、自分ごととして解決していこうとする意識のあるところ、若者がチャレンジできる機運のあるところ、エリアの魅力や課題について地域の方が理解されているところは移住者も集まりやすいです。
「ここは何もない」と嘆くのではなく、10年、30年先をイメージして活動をしようとする人がいるところは魅力的に見えますよね。
—では、移住者はどんな人が定着しやすいんでしょうか。
移住者のビジョンや方向性が決まっていれば定着しやすいです。実際、半分くらいは「ここの食材を使って店を出したい」とか「古民家で民宿をしたい」とか「農業をやりたい」とかがあって移住相談に来ます。
—目的がないと、知り合いも少ない土地で心が折れる人もいそうですね。
心が折れる瞬間は、人生には誰にでもあります。しかし、移住に関して言えば、「誰かに言われて」とか「田舎に行ってみたかった」ではポッキリ心が折れてしまう。でも「これがしたかったんだ」っていうのがひとつでもあれば、そこを乗り越えられると思います。
移住の相談を、現在まで何百件も受けていますが、まずは「何をしたいかしっかり考えましょう」からはじまることが多いですね。移住は、そのひとの人生の話をしていかなければなりませんから。
一番悪いのが、「なんとなく田舎に来たい」とか、「田舎にいけばみんながよくしてくれる」と思ってくるお客さん感覚の移住希望者のパターン。
それで、うまくいかなかったら地域のせいにして「あそこはだめだ」となってしまう。そうならないように、今は移住希望者が移住を検討する段階からいろいろと関わるようにしています。
—移住が、「自分の人生が開けるターニングポイント」になると思う人がいるんですね。
結局、人は豊富な食材や奇麗な自然と暮らすのではありません。どこに行こうが、地域に入って、人と暮らしていく。だから移住の相談を受けたら、なるべく地域のいろんな人に紹介して話して、知り合いを増やせる機会を作っています。
移住希望者も地元の人も、「一緒に暮らしていきたい」とお互いが思えるのがベストだと考えています。そこをすっとばしての移住は、地域にとっても、移住者にとってもリスクがある。ミスマッチが続いてしまうと、地元の人も「都会の人って変な人が多いんだ」と思ってしまうことにつながります。
住民票を移したら、移住希望者も皆と同じ市民になります。そういう感覚を持ってもらうことを大切にしていますね。「移住」という言葉もあまり使わないようにしています。言葉があるだけで壁を作ってしまうので。
移住トレンドの変化
—今、地方移住する人はどんなことを求めて移住している傾向にあるんですか?
2016年くらいまでは、田舎暮らしを求めるシルバー世代や、ブラック企業に疲れた人も多かったですが、今は「生きがい」「やりがい」を求めてくる若い世代が増えています。
全国で若い世代の移住者は4万人程と言われていますが、今後リモートワークが進んでいく中で移住希望者はもっと増えると思っています。
実際、問い合わせが増えていて、テレワークや兼業・副業など新しい働き方に適応できる層が、どこに住もうかと考えはじめていると感じています。
—移住者はどんどん増えたほうがいいんですか?
少子高齢化の進んだ現代では、移住を増やしても地方の人口は増えません。僕らの考え方としては、移住によって人数を増やすのではなく、地域では得難いスキルや経験をもった方が来ることによって、経済を活性化させたいと思っています。
厳しい言い方ですが「ちゃんと経済を動かせる人たち」が仕事や生活をしていれば、まちの人口は少なくても成り立ちます。地方は、いい人材が出ていってしまいがちですから、新しいことにチャレンジできたり、既存の会社で新しい事業を立ち上げるような人材が少ない。ですから能力のある人に移住してもらうのが理想でもあります。
—でも、移住者も最初から軌道にのれる人は少ないんじゃないですか?
ヤル気のある若い人が移住してくれば、地域の課題に向きあったり、祭に参加したりもする。いい人材で、面白い取り組みをしていれば、そのエリアが注目してもらえて、さらに人が来てくれる流れもできるんです。
ことを起こせる人がいないのが、地方の課題であることが多いです。なので「こういう人をよんだら、地域にこんな効果がある」というところまで考えて移住をすすめられるのが理想ですね。
—移住は、実は「誰でも来てください」ではないんですね。話をきいていると、そもそも優秀な人材の流出もとめなければいけないのかなと思ってきました。
それももちろん大事です。だけど「東京のような刺激がある場所がいい」という子たちが、田舎で挑戦したいと思うかというと、なかなかそういう方向には意識が向きません。上京したい子を連れ戻そうとしてもかみ合いません。
実は、本当にやらないといけないのは、子どもの教育なんです。地元の良さを知る機会や働きたい場づくり、人を育てていくことも大切です。ここ、能登は世界に誇れる観光地でもあるので、観光業界で活かせるスキルを学べる特化した、県外の人も受け入れる専門的な学校があってもいいわけじゃないですか。地域の暮らしや産業を伸ばすためにどういう人材を育てたいか、地域ならではの特色ある教育環境が必要です。
—地方の課題は移住だけを促進するのではなく、その地域のもつポテンシャルをどう生かしていくかを考えることがキーになるんですね。
そうなんです。なので、まずは発信していくことからですね。こういう話をしていると「教育改革を私もやりたい」っていう人や、「地方移住が増えるなら地方の不動産業で挑戦したい」とチャレンジしたい人が移住してくるかもしれません。
事業承継型移住とは?
—今、太田さんたちが行っている事業承継型移住とはどんなことですか?
七尾市では信用金庫・市・商工会議所等で「創業カルテット」を立ち上げ、これまで年15件程度のペースで創業を実現しています。一方で、廃業は年85社程度のペースで進んでいることが分かっています。廃業される理由はさまざまですが、「後継者がいない」「子どもが継がない」などの後継者がいないという理由が3割を占めることが分かりました。
※七尾市の経済実態をまとめた「七尾経済白書ver2.0」
地域にとって必要とする企業がなくなるのを食い止めるために、広く県外からも後継者候補を募集する事業承継の取り組みを始めました。
現在しいたけ農家や、旅館の将来の幹部候補など、10件程度が募集しています。事業承継系はネットに情報が出ないところも多いので、今年の春は前年と比べて問い合わせが20倍くらいきましたね。
—地方移住のあたらしい形としてニーズが高まってきそうですね。
事業承継で問い合わせされる方も移住の相談に来られる方も、まだ人生の方向性をどうするか考えているレベルの人が多く、時間はかかると思います。今僕らにできるのは、時代の変化に合わせて、地域を知ってもらう、見てもらうきっかけをいかに作るかだと思います。
例えば、観光も地域と関わる部分を増やすなど、観光のあり方も変化していく必要があります。自分たちの住むまちに光をあてる。それを見に来る人が増える状態にすることが大事ですね。移住の促進・推進も、それ自体もなんのためにやるか、目的を考え続けることが大切です。
「何もない」と言うんじゃなくて、「あれもこれもまずはやってみよう」というチャレンジするまちは魅力的です。地方に目を向ける方が増えつつある中で、七尾市に限らず、地方の側の意識も将来を見据えて、変わっていかなくてはいけないと思っています。
七尾まちづくりセンターの「移住コンシェルジュ」太田殖之さんのお話を伺って
能登の移住コンシェルジュを勤めながら、全国の仲間と全国的な移住計画にも取り込んでいる太田さん。
移住は、地方の抱える課題解決のひとつの手段で、根本的な問題と向き合ったとき、教育や観光の部分も変えなければいけないと気づいたという。「なにもない」と言いがちな田舎でも、課題ときちんと向き合うことで、逆に注目を集めるイベントや事業をつくることもできるという発想は目からうろこでした。人が幸せに暮らすまちをつくるために、太田さんたちが次に何を仕掛けていくのか楽しみです。
さかもとみき
1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、ライター・恋愛コラムニストをしています。
七尾街づくりセンター 移住コンシェルジュ
太田 殖之
東京都出身。グラフィックデザイン、イラストレーション、WEBデザイン等フリーランスのデザイナーを経て、ウェブシステムの構築、地域活性化プロジェクトを担当。ICTを活用した地域課題解決モデルの構築、地域メディアの研究開発・啓蒙活動、社会的企業の創業支援の他、まちづくり施設の立ち上げ・運営に従事。
2014年、妻の実家がある七尾市へ移住。(株) ぶなの森(地域づくりプランナー)、(一社)能登定住・交流機構(事務局長)にて能登地域の移住支援・雇用創出に取り組む。2017年、七尾市への移住者2名と地域の活性化を目的に株式会社おやゆびカンパニーを設立。代表取締役に就任。活動の第一弾として七尾市高階地区にゲストハウス&カフェ「ろくでなし」を開業。同年、株式会社七尾街づくりセンターにて「移住コンシェルジュ」に就任。「能登半島・七尾移住計画」を立ち上げ、先輩移住者らと移住のサポート、イベント企画を行っている。