今や、日本の食卓に強く結びついているサーモン(鮭)。今回お話をお聞きするのは、そんなサーモンの養殖を行っている弓ヶ浜水産(株)養殖部新潟課佐渡事業所で働く岩原慶郎さんです。
新潟県佐渡市で生まれ、島外に出て出版社で働いていた岩原さんは、一度離れることで地元の良さを再確認し、佐渡に戻ってきました。就いた仕事は全く畑違いのサーモンの養殖会社。岩原さんは、この仕事を行う中で、現在は「養殖サーモン戦国時代」にあり、養殖サーモン事業のことをもっと知って欲しいと思うようになったといいます。
今回は、岩原さんが語る「養殖サーモン戦国時代」について、そして具体的に佐渡事業所の何がすごいのか、これからのサーモン養殖の未来について教えてもらいました。
養殖サーモン戦国時代!なぜ盛り上がっているのか
—養殖サーモン戦国時代って言葉がすごく気になります。どういうことですか?
それを説明するために、日本のサーモンの自給率、養殖の需要と供給、近年のサーモン養殖の傾向からご説明しますね。サーモンの自給率って、ご存じですか?
—そうですね…3割ほどでしょうか?
日本国内サーモン自給率は約45%程度です。実は50年ほど前、日本のサーモンの消費量は15万トンほどで、自給率もほぼ100%でした。その後、国内消費量が伸び続け、2013年には年間消費量が40万トン程と、半世紀ほどでサーモンの消費量が倍以上に増えたのです。その結果、輸入量が増加して、自給率は50%以下になってしまいました。
—消費に合わせて輸入が爆発的に増えたんですね。
はい、ちょうど日本のサーモン消費量が増えてきた時期、海外でサーモン養殖が本格的に始まったのです。チリでは1978年にギンザケの養殖が開始され、ノルウェーでは1960年代からすでに養殖が始まったとされています。
特に、ノルウェーではアトランティックサーモンの品種改良を行い、1978年に国が養殖業者販売組織を設立して、高い品質の保持に力を入れ出しました。そして今ではこの2カ国が、世界の養殖サーモンで代表されるアトランティックサーモン・サーモントラウト・ギンザケの約8割の生産量を誇っています。
—確かによくチリやノルウェー産のサーモンをスーパーで見かけます。季節によって魚の顔ぶれが変わる中、サーモンは年中買えますね。
昨今、日本では魚離れにあると言われていますが、生食用サーモンの人気は大きな上昇が見られます。「人気お寿司ランキング」でもサーモンが総合第1位、「すしに関する調査」では、女性部門で第1位を獲得(出典:LINEリサーチ)しています。
また、天然魚とは違い、養殖サーモンは1年を通して安定した品質・量・金額で購入できます。だからお店も養殖サーモンを使用しやすいんですね。
—確かに、サーモンはお寿司屋さんでも鉄板メニューですね。
国内産は安心感があり、積極的に使っている回転すし店もあります。ただ、日本国内の養殖だけではまかなえず、海外からの輸入に頼っているのが現状です。
今も、世界のサケマスの天然漁獲量は横ばいですが、養殖生産量は右肩上がりになっています。
そして近年、日本でも養殖事業に新規参入する会社が増えてきたんです。その結果、国内では2018年2月時点で100種類以上のブランドサーモンが登場しているといわれています。
まさに“養殖サーモン戦国時代”と言っても過言ではないのです。マグロは大間、ブリは氷見など突出したブランド魚がある中、サーモンはまだ突出したブランドがない。ここからどう抜きんでていくかですね。
近年のサーモン養殖の傾向
—たくさんのブランドサーモンがあるんですね。びっくりしました!図は、まさに養殖サーモン戦国時代ですね。この戦いのポイントは何になるんでしょうか?
陸上養殖などをはじめとする養殖技術の向上、コストの削減などですね。
海上養殖に関して、欧州などは環境規制でこの先の大きな増産が難しいことから、近年は環境負荷の少ない陸上養殖に注目が集まっています。そこで現在、商社や投資ファンドが殺到し、サーモンの陸上養殖が日本、そして世界に広がっているんです。
つまり、技術の進歩や効率化を測り、これから陸上養殖を制していくことが、群雄割拠のサーモン戦国時代を乗り切るために重要になっているのです。
こんなにハイテク!国内サケ養殖現場
—岩原さんの弓ヶ浜水産(株)佐渡事業所にはどんな強みがあるんですか?
独自の給餌システム(特許取得)があります。また、佐渡事業所は国内で唯一3魚種(サクラマス、トラウト、ギンザケ)を水揚げしているんです。
独自の給餌システム(特許取得済み)
—まずは特許を取得しているという「独自の給餌システム」について教えてください。
海上養殖では、サーモンへの餌の量やタイミングが育成に大きく影響します。また、過剰な餌やりは無駄なコストにつながるだけでなく、海を汚す原因にもなるため、当社では、沖合いの自動給餌機に給餌制御システム「Aqualingual(アクアリンガル)」を内蔵しています。
このアクアリンガルは、親会社である日本水産(株)が特許を取得したもので、パソコンやスマーフォンを使って遠隔操作で給餌管理ができるのです。
何分~何時間おきにどのくらいの餌を何回に分けて落とすか、数字を入れるだけで、給餌ができるようになっています。また給餌機には水中カメラや食欲センサーも付いており、魚の状態をつぶさに把握できます。
—食欲センサーで、どうやって鮭のお腹の減り具合が分かるんですか?
この食欲センサーの先には疑似餌が付いており、餌だと思った魚がどれくらい引っ張った(食い付いた)かによって、空腹度を数値化し、給餌量調整の1つの指標として活用しています。引っ張ったら引っ張った分だけ餌が出る設定もできるので、魚の食欲に合わせて餌を与えることもできるんです。
—なるほど、実際の魚の反応を見ながら調節できるんですね。
そうなんです。ネット環境さえあれば、いつでもどこでも操作ができ、水中カメラの画像もスマホからでも見ることが可能です。今まで生簀まで行って手撒きで餌をあげていたことを考えると、格段に作業の効率化や省力化が向上しました。
さらに餌は、サーモンの成長に合わせた大きさの配合飼料(EP/エクストルーダーペレット)を使用しています。これは、従来の飼料(生餌)と違って水に溶けにくいため、海洋汚染の軽減にもなっていますし、アニサキスの心配を減らし、生食を可能としています。
—サーモン養殖の課題が明確だからこそ、それに合わせた工夫ができるんですね。
国内で唯一3魚種(サクラマス、トラウト、ギンザケ)を水揚げしている佐渡事業所
—日本で唯一3魚種育成しているのも佐渡事業所だけなんですか?
私が知る限り、1つの企業が1カ所で3種類のサーモン(サクラマス、トラウト、ギンザケ)を養殖し、水揚げしている所は、この佐渡事業所をおいて日本国内には存在しません。ちなみに当社のこだわりは、毎日水揚げする魚すべてを活け締め出荷していることです。
—活け締め(いけじめ)は一般的ではないんですか?
通常、国内では「氷締め」と呼ばれる水氷の中に魚を入れて窒息死させ出荷する手法がスタンダードです。「活け締め」は、特殊な器具を使って生きている魚の延髄を刺し、血抜きを行う手法の1つですね。活け締めをすることで長時間高い鮮度を保ち、臭みの無い商品に仕上げることができるのが特徴です。
なぜ活け締めがスタンダードではないかというと、暴れる魚1尾1尾に活け締めを行うことは非常に大変で、多くの手間や人手が必要なのです。当社では、水揚げ時に電気鎮静化台を使い、全ての魚を痺れさせ大人しくさせてから行っています。
ちなみに、全量活け締め出荷を始めたのは日本では当社が最初だと聞いています。
—鮮度を保ち臭みを消すためにそんな工夫があったんですね。3種のサーモンの中で養殖が大変なのはどの種類なんですか?
養殖が難しいのはサクラマスですね。実は、サクラマスは日本固有の在来種で、準絶滅危惧種に指定されているんです。希少価値が高く、天然物では高い時でキロ単価5,000円になることもあります。当事業所では、水揚げ時に育ったサクラマスを数百尾選別し、再び淡水養魚場にて飼育。そして成魚になった後、卵を取り出し、また次の年の稚魚として飼育・出荷するサイクルを行っています。
—高く売れたとしても、とても手間暇とコストがかかる養殖ですね。力を入れているのには何か理由があるんですか?
自然界のサクラマスは非常に数が少ないのです。だから、当社が行うサクラマスの完全養殖は天然資源を枯渇させないための重要な事業だと捉えています。この事業所で養殖したサクラマスは、オール新潟で取り組む佐渡島発のブランドサーモンとして「佐渡満開さくらます」と命名し、3年目を迎えた2020年は過去最高の水揚げ量を記録しました。
国産サーモン養殖のこれから
—現在の課題とこれからの展望を聞かせてください。
当事業所では、たくさんのお客様に安心してサーモンを食べていただくため、しっかりとした量を生産すること、佐渡島内への販路拡大の2つを課題としています。昨今、世界の魚消費量はどんどん増えています。そんな中、魚の漁獲量は30年前と比べて半減し、獲れないもしくは獲り
魚が獲れない時代だからこそ、魚を作る時代へ。私は特に需要の高いサーモンは、より一層養殖業が重要になってくると考えています。
このサーモン戦国時代、佐渡事業所は来年も、より一層美味しい「佐渡養殖サーモン」を全国のサーモン好きの皆様にお届けできるよう頑張っていきます。美味しさは僕が保証するので、ぜひ皆さんに召し上がっていただきたいと思います。
弓ヶ浜水産(株)で働く岩原慶郎さんのお話をうかがって
インタビューで「自身の夢は?」と聞くと、「佐渡の魚といえば何と聞くと、『佐渡サーモン』『佐渡満開さくらます』などが地元の人の口からすらっと出てきてくれること」と語る岩原さん。
前職が出版社勤務という経歴を活かし、ポスターやのぼり、チラシを作成して、島内の街頭や取り扱い店舗に設置し認知を高めるPRや、島内の飲食店やスーパーにも営業を行い、販売数を伸ばす努力も行ってきました。
毎日の食卓やお店で気軽に食べるサーモンがこんな身近で養殖され、最先端の技術が使われていることを、地元の人もまだまだ知りません。そんな中、昨年はのぼりを見た地域の小学4年生が、職場見学の希望を出し、実際に現場に来て、水揚げしている様子や魚を見てもらうことができたといいます。
最先端技術を取り入れ、日本の食と水産資源を守る取り組みで、未来をつくっている弓ヶ浜水産。ぜひ、この養殖サーモン戦国時代を制し、日本中に美味しいサーモンが拡がって行くことを願っています。
※鮭&マス&サーモンと呼び方は違うが実は全て一緒、サケ科魚類。なお海に降りると、ニジマス→トラウト、ヤマメ→サクラマスと呼ばれる。
※エクストルーダーペレットとは:原料を化合・加熱・
※「佐渡満開さくらます」の由来は2つ。①自然の桜が散ってシーズンが終わったとしても、佐渡満開さくらますは、いつでも満開で、シーズンなんて関係ない・終わらないということ②食べた人すべてに満開の笑顔の花を咲かせるくらい美味しい
さかもとみき
1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、ライター・恋愛コラムニストをしています。