今回インタビューするのは、新潟県佐渡島の郷土食「いごねり」を作っている株式会社早助屋(はやすけや)の四代目見習い、山内三信さん。
海藻と水で作られている添加物を一切含まない「いごねり」は、主に佐渡や新潟で流通しています。テレビ放映されたり、最近では人気漫画『ゴールデンカムイ』内に登場するキャラクターの地元として佐渡やいごねりが注目されると、島外の方達から注文が集中して入ることもあるといいます。
もともと横浜でホテル業をしていた山内さんが、新潟の佐渡島のソウルフード「いごねり」を生業にした経緯や、いごねりのつくり方を教えてもらいました。
都会のサラリーマンから離島のいごねり屋に転職移住した理由
—山内さんは横浜出身とのことですが、なぜ新潟県の佐渡島に移住し、郷土料理のいごねりをつくることになったんですか?
結婚した人が早助屋の娘だったんです。ホテルマンをしている頃に彼女と知り合って、結婚して横浜でおちついていました。このタイミングでは、いごねりの仕事につくとは思っていませんでした。
—なるほど。最初は横浜で暮らしていくスタンスだったんですね。なぜ佐渡にきて、お嫁さんの実家の家業を継ぐことになったんですか?
最初の子どもができる頃、勤め先の親会社が少し傾いて、先が見えなくなってきたんです。このまま夢見ていたホテル業でサラリーマンとして登っていくのか、子どもの環境も考えて嫁の実家のいごねり屋で手に職を持つかというターニングポイントが訪れたので、後者の道を選びました。
—都会から離島で暮らすことに不安はありませんでしたか?
学生時代に、ハワイに4年間留学していたんです。現地で生活していく中で島に暮らす日系人と仲良くなって、人との繋がりの濃さやローカル感が好きになりました。アイランドライフが自分には合っているなと。
また、結婚する前から佐渡島にも遊びに来ていて、佐渡のあたたかい人柄にも触れていたんです。だから不安はなかったですね。
佐渡の郷土食「いごねり」とは
—いごねりについて詳しく教えて下さい。新潟の佐渡では日常的な食材なんですか?
はい。スーパーで日常的に購入できます。古くは、福岡の海藻加工食品「おきゅうと」の文化が発祥ではないかと言われています。「おきゅうと」は天草をブレンドしている、ところてんの様な食べ物です。江戸時代に北前舟で北にあがってきて、新潟以北に広まったのではないかという説が濃いようです。
「いごねり」は、いご草と水のみで作られる至極シンプルな食品です。100g8キロカロリーと、とてもヘルシー。水溶性食物繊維の塊なので、お通じなどにもよく、女性にも人気の食材です。つるっとした食べ応えなので、佐渡では帰省の時期や春~夏にかけてよく食べられます。
もともとは、秋~春の終わりごろまで作っていた食べ物なんです。冠婚葬祭で「人集まるし、いごねり作らんなん」と、各自宅で作って食べる習慣がありました。
—今とは、多く食べていた時期が違うんですね。
いごねりは、19度以下の環境でないと固まらない。だから、秋~春の始めまでが一般家庭でつくるには合う環境なんです。
ただ、家でつくると煮るのに1時間くらいかかりますし、濾すのにも時間がかかり、一度つくると量もできる。今それが、うちのような小売店で通年つくるようになり、エアコンの進化と共に、夏に食べやすいと食べるシーンがシフトしていった。そんな歴史のある食べ物でもあります。
—どこに流通していますか?また、その割合はどうなっていますか?
およそ6割が佐渡島内、3割が佐渡以外の新潟県内、残りの1割はアンテナショップに直送しています。
ちなみに、新潟にもいごねりに似た食べ物の「えご」の文化があります。新潟は原料がえご草と呼ばれ、四角い形。佐渡はいご草と言い、巻いているという違いはあります。新潟だけでなく、秋田や山形くらいまでえごを食べる文化がありますね。
いごねりのつくり方
—海藻と水だけでつくるという伝統的な食品、いごねりの製造過程を見せてください。
こちらが「いご草」です。このいご草は、7月の終わり位から8月の頭ごろに一番とれます。
海藻にからみついて育つ、日本海にしか生育しない海藻なんです。似た性質だとところてんの原料である天草に似ていますが、天草は全国でとれます。天草に比べていご草が取れる量が少ない希少価値の高いもの(キロ5千円程)で、値段もその年にもよりますが、4~10倍くらい高くなります。
いごねりは、このいご草を配合してつくります。
—いご草を配合するんですか?
海藻の産地、同じ産地でも海藻によって香りが違います。自然に育つものなので、野菜の若芽のものと熟成したものが違うように、いご草も成長段階によってものに差が出やすいのです。今は、7箇所位の草を合わせて1鍋分になるように測って使用しています。
この作業がその日の海藻の良し悪しの全てをきめるのですが、ただ、出来については製品にならないとわからないところがあります。ですから伸ばして、「今日は固かった」「粘り気が少なかった」というのがわかったら配合を変えたり、量を調節するなど、毎日工夫しながら行っています。
—シンプルな食材ゆえ、繊細さがあるんですね。原料もご自身で取りに行くんですか?
いご草の収穫は漁師さんが行います。今は、ほぼ島の漁師さんから仕入れをできる年が続いていますね。乾燥させたいご草の在庫は1年以上確保しています。ここからが、うちの仕事です。まず、このいご草を洗浄機で30分ほど洗います。乾燥していたいご草を洗うことで水分を戻しつつ、貝や汚れ、他の海藻を取り除きます。
水分のもどったいご草がこちら。
草などよりは少し深いところで育つ草なので、海藻にしがみつくことができるよう、くるくると巻いています。
次に、戻したものを鍋で煮ていきます。水を入れて沸騰させた鍋に、いご草をいれますが、とろみがあるのでコゲないように和菓子屋さんのあんこを練る器械のようなものがついた鍋で、30分ほど混ぜながら煮詰めます。そしてとろとろに煮あがったものを、濾していきます。
最後に、濾したものを板の上にのせて、伸ばしながら形を整えて、棚に入れていきます。
1鍋分伸ばし終わったら、最初にのせたものは固まっています。固まったものを巻いて、袋に入れてシールをし、金属探知機に通して出荷できる状態になります。
使命は食文化を繋いでいくこと
—現場を詳しく見せてくれてありがとうございます。いごねりの販促面ではどんなところに力をいれているんですか?
まずいごねりを知って欲しいし、楽しんで欲しい。だからいろいろな食べ方を料理の専門家に提案してもらっています。YouTubeで新しい美味しい食べ方を発信することもはじめました。
販売でいうと、島外への販路開拓のために「チーム佐渡島」という連携組織を設立しています。いごねりと魚、野菜など佐渡の美味しい食材をバリエーション豊かに直接お店に届けることができるんです。
他にも、いごねりは、佐渡の介護施設でも好まれています。嚥下食にもなるし、嬉しいことに「いごねりだけは食べられる」という高齢者の方も大勢いらっしゃるそうです。添加物のない、安全で懐かしい味で、食物繊維として体にもいいので、同じような文化のある新潟でも広がればいいなと思っています。
—いろいろなニーズがあり、また食べ方の提案や、お店が利用しやすいよう工夫されているんですね。
あくまでもうちはいごねりを守り継ぐのが大事だと思っています。提案などは料理人たちに任せて、自分達は「いごねり」を原材料としてつくっていく。
需要の拡大よりも、原料に限りがあるものなので、いつもそこで悩んでいますね。今後もどんどん全国へ、海外へ、というよりは「繋がりのあるエリアや、出身の人たちに届けば十分だな」と思っている部分もあります。
生産者として、せっかく江戸時代から伝わっている食文化を続けていきたい。そして「原材料や製法、味を守る」ことを軸に、食べ方や味を楽しんでもらいたいなと思っています。
山内三信さんのお話をお伺いして
1950年ごろまでは魚の加工屋で、1970年頃にいごねり専業になった早助屋。四代目見習いとして15年以上いごねりを作り続ける山内さん。「面白そうでしょ」と話しながら、作業過程や社員さんとの掛け合いを全て見せてくれました。
また、作業中に「最近『ゴールデンカムイ』というアニメの影響で、試し買いが入っているようだ」と話していると、ちょうどアニメの聖地巡礼に訪れた女性が、いごねりを買いに来るという偶然もありました。(漫画、ゴールデンカムイの第149話のタイトルは「いご草」、キャラクターのひとり、月島基が佐渡出身であることから、いご草の話や「えご草ちゃん」というキャラクターもでてくる)
「いろいろなつながりから、佐渡やいごねりを知って好きになって欲しい」と、笑顔でできたてのいごねりを渡していた山内さん。地元の人の「あたりまえ」の食文化は、こうやって時代を超えて受け継がれていくと感じた取材でした。
さかもとみき
1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、ライター・恋愛コラムニストをしています。
横浜出身の元ホテルマン、現在は佐渡の伝統食品「いごねり」の専業店早助屋の四代目見習い。佐渡のゲストハウス、「on the 美一」や「THIRDPLACE(サードプレイス)」も経営。