今回インタビューするのは、富山県の生地温泉「たなかや」若女将の田中花星(たなかかほし)さん。
富山県の生地温泉は上杉謙信が発見した湯という言い伝えがあり、そこに宿をかまえる「たなかや」さん。詩人の田中冬二ゆかりの宿でもあり、約5千坪ある広大な日本庭園と、料理長でもある若旦那こだわりの会席料理が楽しめます。
そんな老舗旅館に関東から嫁ぎ、若女将となった田中さんに、コロナ禍によって変わったことや、宿を続けるために取り組んでいることなどを聞きました。
休館日を設けることで気づいたプラス要素
—今回のコロナ禍で、飲食業界や旅行業界は様々な変化を求められるようになりました。Go To トラベルが始まったり、中止になったりと、おちつかない年だったと思います。たなかやさんでは、どんな点に変化がありましたか?
コロナ禍にはいり、休館日を設けるようになりました。今は、火水木に休んで、金~月までの営業に切り替えています。それでも、思ったよりもお客様が来てくれて少しほっとしていますね。
私たちのようなサービス業で働く人の課題として「休みが少ない」ところがあります。「やりがいはあっても、休みがない」ことで働く人が疲弊してしまう。休みがあっても、例えば同僚と遊びに行く時に「シフトが違う場合は誘いづらい」など自分も悩んできました。
しかし、休館日を設けることで、従業員のお休みも確保できて、みんなで一斉に休むことがモチベーションUPに繋がると気づけました。私も従業員も、お休みの前にはテンションもあがってくるし、休み明けはリフレッシュしているのがよく分かります。まとまって休みをとることは、すごく意味があることだなと感じました。(コロナ後は週2回連休予定)
そんな風に、コロナそのものは良いことではないのですが、経営体制の見直しという点で考えると「いい機会だな」と思える部分もありました。
もちろん、お客様が来てくれると嬉しいのですが、お客様が多いと忙しくなって、ハード面やソフト面でも悩みが出てきてしまいます。でも忙しい状態がずっと続くと、その問題と向き合うことが難しいんです。
これから若い人を雇用するにあたっても、休館日の仕組みは必要かなと、考えるようになりました。
—旅館業は休みがあまりないイメージでした。週休3日となると、従業員のリフレッシュもかないそうですね。しかし、そのぶんお給与への影響はありますでしょうか?
今は雇用維持の助成金もでていますので、賃金に関しては一部カバーされている部分もあり、私の宿に関しては下がっておりません。
—Go To トラベルが止まると大変なのかなと思っていましたが、きちんと補填されている部分もあるんですね。
はい。厚生労働省の補助金も出ています。宿の大きさや従業員の規模によっては、苦しい旅館もあるかと思いますが、私たちの旅館に関しては、コロナ禍は、立ち止まって考える機会にもなっています。コロナ禍がなかったら、今まで通りいってしまってたんだろうなって。
この状態がいつまで続くかわからないですが、インバウンドや団体のお客様のような大きな流れが止まってしまうリスクがあることを実感できて、これからのことを考える機会にもなりました。コロナ禍がおちついても、新しい生活習慣はしばらく残るんじゃないかなと思っていて、継続してこれからのことを考えています。
団体客から個人客へのコミット
—団体のお客様が減ることで受けたダメージみたいなものは、あるんですか?
まさに、うちは団体のお客様も多かったんです。通年、1月はあえてネット予約をおさえて、地元の新年会など団体様にご利用いただくことで、売上を維持していました。しかし、今はコロナ禍なので団体様を一切受けない決断をしています。
現在、個人のお客様しかとらざるを得ない状況になって、量をこなすより、質にコミットできるようになりました。お客様の担当の接待も、より丁寧にできるようになりました。
料理の面でも、現在は1日6組位しかお受けしていないので、天ぷらも揚げたてを、焼き魚のお料理も焼きたてを提供できています。
もともと、たなかやはレストランではなく、食事処の個室に移動してもらって食べていただく形となっているので、コロナ禍でお客様にもその点を評価していただけました。今まで団体のお客様を多く受け入れていましたが、もともと個人向けなつくりでよかったなと感じました。
コロナ禍がなければ「団体のお客様をとらない」などの決断はできませんでした。旅館業界は、バブル以降は団体のお客様をとることで売上をのばしてきた部分もあります。地元でも昔から団体でお客様が利用してくれていて、そんな地域との関りも大切だと思ってきました。
だからコロナ禍までは、旅館を増築してきた流れもあり「本当はお客様ももっと入れなきゃいけない」と思っていました。しかし、コロナで団体に対応できなくなったことで、宿の規模を縮小して運営していくなど、今までにない発想もでてきました。売上をのばしていくことが理想でしたが、規模を拡大する方向で運営していくのはリスキーとも感じています。
規模をおさえることで、従業員も、お客様側にもプラスになる部分が見えてきたのはちょっとした発見でした。
—時代やトレンドにも合わせて、旅館も変わらなければいけない部分があるんですね。
現在の旅館業界のニーズはもちろん、これから利用される若いお客様向けにも様々な提案もしていかなければいけないと感じました。
インバウンドが再開した時に求められるのはどんなことか、年代によって宿や旅に求めるものが変わっていくのかなどをいつも考えています。
例えば、今は若い世代でも洗練されたような部屋を好むお客様が多いなど、ハードをすごい重視している人も今は多いイメージです。そこに関しては、老舗旅館であるうちは少し弱い部分があるかなとは思います。
私は、旅館の本当にいいところは、「人のあたたかみがあるところ」だとずっと信じてお仕事をしてきました。しかし、これからは「人のあたたかみだけで、満足度をカバーできる時代」ではなくなるのではないか、と現在最も課題として感じています。
もちろんお客様ごとに違うんですが、今は若い方などは「過剰なサービスや雑談」を求めてないのかなとも思ったり。適度な距離やご提案は、常に模索しながら行っています。
旅館でSNS戦略が強化できない理由と、コロナ禍での変化
—変わらない良さもあるとは思いますが、時代に合わせて変わっていかなければいけない部分もありますよね。田中さんは若女将として「たなかや」にやってきて、新しい取組みなどはされているんですか?
日々の業務はもちろん、こんな時期だからこそホームページやSNSなど低コストでできることを工夫しなきゃいけないなと思っています。
でも、うちに関してはホームページやSNSなど、実務に直結するのが見えにくいものはコスト後回しにしがちです。実際、専門の企業に依頼すると、ホームページの更新やリニューアルだけでもお金も時間も手間もすごくかかってしまいます。そこで、今はホームページも自分で作ってしまおうかなと思っています。
既存のホームページはありますが、私の目線で見ると、たなかやの魅力が伝わりづらいなと思う部分がありました。また、文章が画像データに埋め込まれているので、せっかく「上杉謙信」「田中冬二」にゆかりがある宿なのに、キーワードがWEBの検索でヒットしないつくりなどデメリットがあります。
2020年5月くらいには、プログラミングの勉強をHTML5やCSSなどから始めて、設計図を作り、悩みながら直したりしていました。ただ、そんな中、Go To トラベルなどが始まって、お客様への対応が優先になってしまって、現在は練り直し中です。
—ホームページなどは専門の企業に頼んでいる旅館も多いのですね。知識0からホームページ作成に取り組もうというのは驚きです。若女将って、なんでもやるんですね。
若女将の仕事は、現場の仕事が多くて、現場で働かないと従業員さんの信頼も得られません。現場との仕事の両立をはかりつつ、ホームページなどは強化したい部分なので取り組んでいます。
—女将さんや若女将って、旅館の看板や顔というイメージもありますが、ブログやSNS運用はどうしているんですか?
「看板若女将」的なブランディングは、自分には難しいなと思っています。現在、ブログを更新できてないし、Twitterもできていない。難しいと感じている部分の一つが、「SNSなどのツールごとで発信する内容を変えていく」などの使い分けです。
今までは、「とりあえずやらなきゃいけない」という感覚でなんとなくやってきました。でも、趣味のツールとして使ってきた意識のままで、自分は「発信する側じゃないという」気持ちもあり、なかなかSNSの運営できていませんでした。
しかし、そのなかでも写真が好きなので、Instagramをがんばろうと優先順位を上げて取り組んでいます。今までは現場の仕事が優先で後手後手になってしまい、成果がでるまで続きませんでした。館内仕事を全部やって「空いた時間に」という形で、優先順位は最後でした。
今は、あとからできるものはあとにして、「今」撮りたいものは調理場に入って撮るなど、優先順位を上げました。結果、2週間位でInstagramのフォロワーも100人くらい増えて、やりがいも出てきました。
—若女将自らInstagram運用をしているんですね。
毎日投稿するのと、「料理」などある程度テーマを意識して動画や写真などをあげるようにしています。あとは人気のあるハッシュタグを利用するのではなく、自分の宿や出すお料理を中心としたタグをつけて、自分達の宿の強みを見てもらい、集客につながるよう狙いを決めて投稿するようにしています。
広告もInstagramなら、一日数百円でできます。数値で分析も出るので、「3日間やって、〇千人にリーチして、そのうち〇%はホームページにアクセスしてくれてる」というのを社長に、数値で示せるところも便利です。
そうやってInstagram経由でホームページに来てくれる人もいます。Instagramを強化しつつ、ホームページでも宿の魅力が伝わりやすいようリニューアルしていきたいなと思っています。
—人のあたたかみ以外にも、SNS運用で宿の魅力を届けられるのも「たなかや」の強みになっていきそうですね。
はい。Instagramは、来てくれたお客様がフォローしてくれることもあります。今までは、お客様へのアプローチといえばダイレクトメールやはがきでした。
しかし、Instagramで投稿すると、「またいきたい」というコメントが入ったり、季節のお料理にいいねしてもらえたりリピーターの獲得にも役立ちそうだなと実感できます。
それ以外にも、InstagramのDMでアレルギーや迎えの相談などもしてもらえるのもありがたいですね。今までだと硬い文章で、パソコンに座れる時にメールでやりとりしなければいけなかったので、即レスポンスを返すのが難しかったんです。けど、スマホで「できますよ」ってすぐに返せるので良い機能だなと思っています。
SNSやホームページは入り口としてしっかり運営し、現場ではあたたかみを感じていただける宿にしていきたい。北陸富山にくる機会があれば、ぜひお立ち寄りください。
田中花星さんのインタビューを終えて
コロナ禍で旅行や団体での行動が制限される中、窮地に立たされているとばかり思っていた旅館業界。たなかやさんのように宿によっては、今までの団体で利用できるシステムを見直したり、従業員の勤務形態を見直すなど、運営の転換期にもなっていました。
コロナ禍でも、若女将が新しいことに挑戦し、SNS上でリピーターさんとの関りを深め、新しい顧客獲得に向けて取り組んでいるのを聞いて、私も宿を訪れてみたくなりました。
さかもとみき
1986年高知生まれ。広告代理店や旅館勤務を経て、ライター・恋愛コラムニストをしています。
たなかや 若女将 田中花星
千葉県市川市出身。和倉温泉で旅館勤務を経て、2016年に生地温泉「たなかや」に嫁ぎ若女将になる。趣味はカメラ、Nikon D750を愛用。
HP:https://www.ikujionsen.com/sp/
Instagram:https://www.instagram.com/ikujionsen_tanakaya/?hl=ja