今回インタビューしたのは、新潟県三条市で「家具工房treebe(ツリーべ)」を営む鳥部伸二さんと希美子さん夫妻。テーブルやイス、什器、カッティングボードなどを手がけるほか、“金物のまち”の特製を活かした「無垢の木×ステンレス金属のオーダーキッチン」の評判が厚く、全国から注文が殺到しています。
夫は職人(つくる人)、妻は設計・広報(かんがえる人)と役割分担をすることで、「“自分たちらしい働き方”ができています」と話すお二人。現在のスタイルにたどり着くまでには、数々の試行錯誤があったそうです。夫婦がめざす理想の働き方、暮らし方についてお話を伺いました。
下請けからの脱却、自分たちらしい商品づくりをめざす日々
――家具工房treebeを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
伸二 もともと僕は建築デザイン出身で、新卒入社した建設会社で設計を担当して、その後は木製雑貨メーカーに転職しました。こちらで設計から製作までの一連の流れ、金属の溶接を経験しましたが、とある事情で退職することになりまして。一通り仕事ができるようになっていたので、それならば起業してみようと、 2004年に自身の家具工房を立ち上げました。
希美子 私もその木製雑貨メーカーで働いていまして、彼(現在の夫)に出会ったんです。設計やパンフレット制作を担当していましたが数年後に退職して、2006年に彼の家具工房を手伝うことにしました。
――工房の立ち上げ当初は、どんな仕事をしていましたか?
伸二 建築会社や知り合いからの依頼で、什器や家具をつくっていました。でも、現在のようなオーダー家具の依頼はほぼなくて、下請けみたいな感じです。あまりやりがいのある仕事とはいえませんでしたね。
希美子 私が加入してすぐの頃、他社との共同事業で大きなトラブルに見舞われたこともありました。その痛い経験があったことから、他社とのコラボや下請けではなく「自力で注文をもらう方法」を本気で考えるようになりました。カッティングボードなどのオリジナル商品の販売を始めてクラフトフェアに出展するなど、当時は試行錯誤していましたね。
――現在の工房の主力商品「オーダーキッチン」を作り始めたきっかけはなんでしょうか?
希美子 2009年頃、建築会社からの依頼で、キッチン家具の一部を作ったことがきっかけです。その時に担当したのは木製の収納部分のみでしたが、自分たちでオーダーキッチンをイチからすべて作れるのではないかと思いつきました。
そこで、独学で無垢の木×金属のキッチンをどう作るかの研究を始めたんです。工房のある燕三条地域は“金物のまち”として有名ですし、夫は前職で金属溶接を扱っていたので、「これは上手くいくかも!」と手ごたえを感じました。初めてのシステムキッチン作りに悪戦苦闘しつつ、材質の特徴を考えながら寸法やおさまりを配慮した設計を行うことで、素材の質感を活かした個性的なキッチンを生み出すことができました。
――オーダーキッチンを手がけることで、仕事にはどんな変化があったのでしょうか?
希美子 キッチンを完成させるために、IH・ガスコンロ、シンク、蛇口などにも徐々に詳しくなっていき、ドイツの高級家電ブランド「ミーレ」の食洗器やオーブン、コーヒーメーカーの取り扱いも始めました。お客さんの描くイメージを伺いながら“いいモノ”を作って提供することが、仕事として定着したのは何にも代えがたく嬉しかったですね。
夫婦の性格は正反対。お互いに補い合える良きパートナー
――ご夫婦の性格は正反対と聞いています。お互いどんな性格なのですか?
伸二 僕は昔からモノをつくるのが好きで、得意な方だと思います。その代わり、どう売っていきたいかを考えるのは苦手。だから、ひたすらモノづくりに向き合っていたいです。
希美子 私もモノづくりは好きなんですけど、夫からは「ちょっと雑だよね」と言われます(笑) でも、いろんなことに興味があって、キッチン家具制作を始めてから、独学でテーブルコーディネートを学んだり、庭づくりをしたり、器や調理道具を集めたり、暮らしをステキにするための知識とスキルを高めてきました。
これは意外と言われますが性格的なことをいうと、私はネガティブでおうち時間を楽しみたいタイプ。夫はポジティブで華やかな場所に行くのが好きなタイプです。
――お互いの得意分野を活かして、役割分担をしているんでしょうか?
伸二 そうですね。僕がモノを作る、妻は設計して売り方を考える。お互いが得意なことを活かすのが家具工房treebeのスタイルです。
希美子 木製キッチンの魅力を伝えるために、いろんな仕掛けをしているんですよ。例えば、自宅に併設したモデルルームではお菓子や料理教室を開催しています。レッスンをしてくれる先生を探して、お声がけするのも私の仕事の一つ。テレビ番組の撮影場所として、モデルルームを貸し出したこともありました。
――逆に夫婦で共通する部分はなんですか?
伸二 私たちに共通するのは「仕事が好き」ということ。子供が生まれる前は、ひたすら仕事優先で過ごしてきました。県外へ納品に行くときは、時間が許す場合、器のお店を見つつ各地をめぐるなど、旅行と仕事を絡めることは多いです。
希美子 旅行というより常にワーケーションですね。移動の車中、お客さんからの問い合わせ対応で忙しいのはいつものことです。
キッチン周りにとどまらず住環境をトータルでサポートしていきたい
――4歳の息子さんがいらっしゃるそうですね。お子さんと一緒に暮らすなかで仕事に影響はありましたか?
伸二 小さな子どもと暮らすなかで、「木製家具って大らかに使っていいんだな」と改めて感じました。事実、わが家の生活の中心にある木製テーブルは、子どもの落書きがあるし、水や牛乳をこぼした跡もあります。でも、小さい子供がいる家庭だと、傷一つなく使うって難しいことですよね。木製家具はヤスリで削って何度でも補修できるので、気楽に使えるのがいいんですよ。
うちには子どもだけでなく犬もいるので、完璧にきれいに使うのは不可能。それでも日常になじんで気持ち良く使えるのが木の良さです。
――お二人とも愛犬家でもあるそうですね。ワンちゃんとの生活は長いのでしょうか?
希美子 愛犬のジョリーとは、一緒に暮らして10年目になります。ゴールデンレトリバーで、人懐っこい性格の頼れる看板犬です。プライベートはもっぱら犬ざんまいで、ドッグカフェに行ったり、犬コミュニティのオフ会に参加したり、犬専用ケーキを手作りしたりもするんですよ。
伸二 ジョリーを迎え入れる前にも別のゴールデンレトリバーを飼っていて、家族のように大切な存在でした。私たちにとって、「犬と心地良く過ごすこと」は長年生活の一部として溶け込んでいます。
――息子さんやワンちゃんと一緒に暮らすご自宅が素敵です。どのようなコンセプトでつくったのですか?
希美子 私がこだわったのは「犬と一緒に暮らしやすい家」。庭にドッグランをつくったり、床に水がしみ込まないリノリウムタイルを貼ったり、ジョリーが室内を自由に回遊しやすい設計にしました。
伸二 木製キッチンや木製家具と周りがなじむように、できるだけ内外装をシンプルにしたのもこだわりの一つです。小物や植物が多いわが家ですが、ナチュラルにまとまっているのではと思います。また、DIYで壁や床にタイルを貼ったり、内壁の漆喰を塗ったりと手仕事も楽しんでいます。
――DIYを自分たちで行うとは!さすが器用ですね。
希美子 はい、でも実は自宅が完成してから7年経ちますが、いまだに壁の塗装が未完成で……。ただ意外なことに、このDIYの「途中」がお客さんに喜ばれているみたいです。キッチンにこだわる方は家づくり全体にもこだわりがあり、DIYで自分好みに仕上げたいと希望をもっていることが多いです。そんな方々に、わが家のカスタマイズ方法を伝授すると喜んでもらえるんですよ。
伸二 僕が過去に建築デザインを学んできた知識が、今まさに活かされていると感じています。木製キッチンの制作にとどまらず、住空間のアドバイスをできるようになるとは、開業当初には考えもしませんでした。子供や犬と暮らしながら、夫婦で気ままに好きな仕事や趣味を楽しむ――この生活スタイルに惹かれて、「うちもこんな住まいを手に入れて、自分らしい生活をしたい」と共感してくれるお客さんが増えたことはありがたいに尽きますね。
――最後に、今後の目標を教えてください。
伸二 自由度が高く、好きなものを作れる今は最高です。会社を大きくしたいという野望は特にないので、今後も妻と二人三脚で“自分たちらしい木製品”を作っていきたいです。
希美子 夫の言う通り、今のところ未来に具体的な目標はないですが、たぶん仕事を淡々とこなしていくなかで、「次はこれにチャレンジしてみたい!」と思えることに出会える気がしています。自由度を保ちながら仕事をしているからこそ、きっと柔軟に変化していけるはず。あとは仕事にばかり目を向けず生活も楽しみながら、私たち夫婦らしい時間の使い方をしていきたいです。
家具工房treebeを営む鳥部夫婦のインタビューを終えて
「私たちは正反対の性格です」と語るお二人でしたが、根本に流れている「自分たちらしい生き方をしたい」という考え方はかなり似ていました。
息子さんやワンちゃんとの生活を大切にしながら、仕事への妥協は一切なし。世間の常識や組合などへの従属に捉われず、ひたすらマイペースを貫いているのに憧れてしまいました。
木製キッチンが映えるご自宅兼モデルルームは、まさに「こんな場所に住んでみたい!」とうっとりしてしまう空間。これがDIYの手作りだからこそ予算内で叶えられると聞けば、住宅の相談をしたくなるのもうなずけます。気さくなご夫婦とおしゃべりしていたら、時が過ぎるのはあっという間。理想の生き方や暮らし方についてのヒントがもらえた貴重な時間でした。
渡辺まりこ
新潟県在住の取材ライター兼ブロガー。通算取材は500件以上。ヒト、暮らし、まち、趣味など多岐に渡るジャンルの記事を執筆中。取材時の感動を読者に届けられるような記事づくりを心がけている。
ポートフォリオ:https://www.watanabemariko.com/
家具工房treebe
鳥部伸二(つくる人)鳥部希美子(かんがえる人)
2004年に家具工房(屋号は現在とは異なる)を開業。2019年「家具工房treebe(ツリーべ)」に屋号を改め、新たなスタートを切る。
看板商品は完全オーダーの木製キッチン。無垢材などとステンレス金属を組み合わせ、温かさと無機質さを兼ね備えた唯一無二のキッチンを制作。全国各地から注文が絶えず、納期は6カ月以上の人気を誇る。その他、テーブル、チェスト、リビングボードなどあらゆる木製品を手がけている。
HP:https://www.treebe-f.com/