下呂の名物喫茶店2代目・野村祐貴さんが語るコーヒー哲学。豆一粒ずつに込めるこだわりとは

今回インタビューしたのは、コーヒーのスペシャリスト・野村祐貴さん。1975年に父親が岐阜県下呂市で開業した喫茶店「緑の館」の敷地内に、2014年新たにコーヒー焙煎所をオープンさせました。自宅で喫茶店の味が楽しめる焙煎コーヒーは本格派で、通の舌をうならせています。

コーヒーをこよなく愛する野村さんが考える‟おいしいコーヒー”の定義やこだわりの工程、仕事の楽しさについて聞きました。

40年以上続く喫茶店に変化を起こし、自家焙煎所をオープン

ー喫茶店「緑の館」で自家焙煎コーヒー豆の販売を始めたきっかけを教えてください。

40年以上前に父が始めた喫茶店「緑の館」は、この辺りではめずらしい本格派コーヒー専門店です。温泉街である下呂という土地柄もあいまって観光客に愛され、コーヒー通のお客様からも好評のお店として定着しています。

幼い頃から父の背中を見て育った私は、その跡をついでコーヒーにたずさわる仕事がしたいと自然と思うようになりました。そして喫茶店としてさらにオリジナリティを出すために、自家焙煎コーヒーの提供や豆の販売にもチャレンジしてみたいと思ったんです。

そこで、まずはコーヒー豆の知識を深めようと、地元を離れてコーヒー豆卸売会社に入社し、焙煎豆販売のノウハウを習得しました。その後、地元に戻り、店で出すコーヒーを家庭でも味わっていただきたいと、2014年「緑の館」の敷地内に焙煎所をオープン。念願だったコーヒー豆の販売をスタートしました。

以前からお客様に「豆、買えないの?」とお声をいただくことがあり、それに応えたい想いがあったのも、コーヒー豆販売を始めた理由の一つです。

ー喫茶店と同じ味のコーヒー豆を販売したら、お客様は自宅で飲むコーヒーで満足してしまう可能性もありますよね。お店に来てもらえなくなるのではと不安に感じませんでしたか。

確かに、初めてコーヒー豆の販売を始めたときは不安もありました。

しかし、お店に訪れてくださるお客様は「喫茶店で過ごす時間」そのものを楽しんでいて、自宅で飲むコーヒーとは別の良さがあるとわかってもらえました。

実際、コーヒー豆の販売を行ったところ、お客様には喫茶店と自宅でのコーヒーのどちらも楽しんでもらえたので、焙煎所をやって良かったと思っています。

スッと飲めて気づいたらカップが空になる、それが理想のコーヒー

ーコーヒー豆を販売することの難しさはなんですか?

インスタントでも缶コーヒーでも、今やコーヒーはどこにでもあふれています。そのなかで、「緑の館」の焙煎豆ファンを増やしていくことは難しさがあります。

父が40年以上営んで築き上げた店への信頼感があるのは、正直ありがたいです。コーヒー通である常連のお客様たちが「この店の焙煎豆なら間違いない」と太鼓判を押してくれたからこそ、豆の販売を順調にスタートできたと思います。

しかし一方でプレッシャーがあるのも事実です。店の看板を背負っている手前、レベルが低いものは絶対に出せません。ですので、いっさいの妥協をせず、私自身が納得できるクオリティーの焙煎豆だけを提供するように心がけています。

ー「納得できるコーヒー」にするためにどんなことを工夫していますか?

常に「コーヒーは農産物」の意識をもち、品質の高いコーヒー豆の仕入れに全力を注いでいます。実際、コーヒーの味わいは9割方、素材の良し悪しで決まるんです。

例えば、同じく農産物である野菜が低品質だったら、料理人の腕がいくら良くてもおいしい料理にはなりませんよね。コーヒーも同じで、最高のコーヒーをつくるためには豆の品質が一番大切といえます。

私はコーヒーの産地である中米のグァテマラやホンジュラスに実際に足を運び、自らの目で豆の品質を確かめてきました。そして現地の人々の生活や食べ物など、コーヒー豆を栽培する国のバックグラウンドを知り、その苦労とありがたみを体感してきました。

このようなストーリーをお客様にお伝えすると、感動して味わってもらえます。また、栽培地を訪れて培った感覚は、自分のコーヒーに対する意識をより高めてくれたと感じています。

ー仕入れたコーヒー豆を商品にするときに工夫していることはありますか。

コーヒーは農産物であることから、高品質な豆を仕入れても欠けていたり色合いが均一でなかったりする「欠点豆」の混入は避けられません。これらを一粒ずつ地道に取り除くのも大切な作業です。

この地味な作業は、「緑の館」のこだわりが強い常連さんもちゃんと気づいてくれるんですよ。袋を開けた瞬間に、豆の色合いや質感の良し悪しがわかってもらえるようで「ここの豆はすごくきれい!」とお褒めの言葉をいただくことがよくあるんです。

すべての人においしいと言ってもらうのは理想ですが、実際には人それぞれの好みがあります。それでも私自身が納得いくコーヒーを提供し続けていくことで、「『緑の館』のコーヒーが好き!」とファンになってくれるお客様が少しずつ増えていけばと思っています。

ー豆の状態は季節によって違いますよね。焙煎や調合を変えて調整しているのでしょうか。

そうですね。コーヒー豆は農産物なので毎年品質が異なりますし、同じ畑の豆でも時期によって状態は変わってきます。そのため、商社から送られてくる豆のサンプルでコーヒーを淹れて試飲し、味や香りの特徴を把握することが大切です。

ストレートコーヒーの場合は、同じ品種でも時期によって味わいが微妙に異なるのは仕方がありません。しかしオリジナルブレンドコーヒーの場合は「緑の館」が求める味を作り上げる必要があります。

その時期にある豆の特徴を考慮しながら、オリジナルブレンドの味に調整していくのは大変です。しかも人間のやることなので100%同じ味にはなりません。

どうしても味に多少のブレが出ますが、なるべく品質が一定になるように調整するのが腕の見せどころですね。私自身が納得したブレンドのコーヒーのみ提供しているので、お客様から「味が違う」と指摘されたことは一度もありません。

ー野村さんが考える“良いコーヒー”とはなんでしょうか?

雑味がなくて飲みやすいのが“良いコーヒー”の条件だと考えています。品質の良いコーヒーは飲むのに苦にならず、気づいたら飲み干してしまうんですね。

実際、「緑の館」のコーヒーを飲んで「後味が良かったわ」と絶賛してくれるお客様は多いです。私自身も、コーヒーの知識抜きにスッと飲めて、感覚的に「おいしい」と思えるコーヒーが好きですね。

コーヒーは不思議な飲み物で、そこにあるだけで、考え事がスムーズに進んだり、その場の会話が弾んだりします。私にとってコーヒーは、常にそこにあるもの、なくてはならないものだと思っています。

地域に根付いた専門店としてコーヒーの魅力を伝え続けたい

ーコーヒーに関わる仕事の楽しさについて教えてください。

ここ最近、下呂市の中で本格派コーヒーの人気が高まっていると感じています。以前は「コーヒーなんてどれも同じでしょ」という声が多かったですが、焙煎所オープンをきっかけに「やっぱり違うね」とコーヒー好きなお客様が増えてきたようです。

こだわりのスペシャリティコーヒーや自家焙煎豆がお客様に喜ばれ、コーヒー好きがじわじわ増えているのは最高に嬉しいです。コーヒーに興味をもったお客様には、ぜひ他店でもコーヒーを飲んで味わいを比較してみてほしいです、そうすることで、さらにコーヒーの奥深い世界が見えてくると思います。

また下呂という土地柄、数年ぶりに来店するお客様も多くいますが、久しぶりであっても私にとっては常連のお客様です。お店を応援してくれる常連様との出会いが毎日あるのも仕事の楽しさですね。

ー現在、新しい商品ラインアップも増やしているそうですね。

最近はカフェオレベース、デカフェ、コーヒーに合うお菓子などの新商品が加わり、オンラインショップや焙煎所で販売をしています。色々な商品が生まれた経緯はお客様の声からです。最初は豆しか商品がない状態でしたが、お客様の声を聞きながら徐々にラインアップが充実してきました。

今後も変わらずに、この場所でお店を続けていけたらと思っています。コーヒーを飲むお客様の顔が見えるなかで、やり取りするのが私にとって最大の喜びです。今後もこの下呂という地域にしっかりと根付き、コーヒーの魅力を伝えていきたいです。

野村祐貴さんのインタビューを終えて

「良いコーヒーは気づいたら飲み干している」というお話が印象的でした。

私自身もコーヒーを飲むときを思い起こしてみると、おいしいコーヒーは気づいたら飲み干していたということが確かにあります。そんな‟良いコーヒー”には、豆一粒ひとつぶにこだわりがあると伺い、作り手の並々ならぬ熱意に感銘を受けました。これからコーヒーを飲むときに、忘れられない一言になりそうです。

地元で愛されるコーヒーの名店の秘密が垣間見られたように感じます。下呂市を訪れる際には、喫茶店でゆっくりとコーヒーを楽しみ、焙煎所で野村さんとコーヒーのお話をしてみたいと思います

野村祐貴さんプロフィール

下呂市で40年以上の歴史を持つ喫茶店「緑の館」の隣に2014年よりオープンした緑の館コーヒー焙煎所の店長を務める。

コーヒーの産地である中米まで訪れ、自らの目で選んだコーヒー豆を焙煎し、スペシャリティコーヒーのおいしさをお客様に届けている。

 

HP:珈琲豆販売|自家焙煎珈琲・コーヒー通販のお店『緑の館』 (midorinoyakata.com)

この記事を書いた人

ヤマモト

 

1988年岐阜県生まれ。ブログでライティングすることが楽しくなり、取材ライターの世界にも飛び込む。体を動かすこと、食べることが好き。