今回インタビューしたのは福岡県糸島市で「天然パン工房楽楽」を営む石原貴さん。自身のアトピーをきっかけに、「安心できるパンを食べたい」と国産小麦と天然酵母のパン作りに挑戦したことが始まりでした。現在では全国各地にパンを届け、食物アレルギーの子どもを持つママたちから、厚い支持を得るお店となっています。
実は石原さん、もともとは関西出身で情報通信会社の営業マンでしたが、アトピーなどの体調不良で会社を退職。その後、糸島に魅了されて移住し、パン屋を開業した行動派です。想いを込めてつくるパンは、国産小麦の風味が濃く、おコメ由来の酵母の風味が豊かに広がる滋味(じみ)深い味わいです。熱いパンへの情熱とこだわりについてお話を伺いました。
糸島産小麦を使用、香りと風味を楽しむ天然酵母パン
――「天然パン工房楽楽」では材料にこだわっているそうですね。
はい、一番のこだわりは、農薬や化学肥料を使わない国産小麦を使うことです。今から15年前にパン屋を始めた頃、「小麦ってどうやって作るのかな?」という探求心で、手まきで小麦づくりを始めてみました。地元の農家さんに教えてもらい、試行錯誤しながら育てると、風味豊かな小麦ができて「これはスゴイ!」と感激しましたね。現在は質や量を安定させるために、契約農家さんに栽培をお願いしています。
――パンの材料である小麦は、どんな種類を使っていますか?
「楽楽っ粉・伊都のみのり(強力粉)」「糸島ブラン(ふすま)」「伊都のかおり(中力粉)」などオリジナルに開発した小麦を使っており、これらは粉の販売もしています。無農薬なので草刈りなど地道な手入れは大変ですが、しっかりと愛情を傾けた分、おいしい小麦に育ちます。製粉も地域の製粉所で行っているんですよ。
国産小麦は強力粉といえどもたんぱく質が少なく、市販のフワフワパンとは異なる食感になります。噛みしめるようなずっしりとした質感があり、小麦の風味がふわっと広がる、味わい深さが特徴です。
――パンに使用する野菜も自家栽培しているそうですね。
パンに自家製野菜ペーストを練り込んだパンも販売していまして、これらの野菜はなるべく自家栽培のものを使用しています。カボチャ、サツマイモ、紫イモ、小松菜、バジルなど、季節のいろんな野菜を農薬や化学肥料なしで育てているんですよ。
畑作業をするのは、パン生地を仕込んだり発酵させたりしている間。大変といえば大変ですが、それよりも土に触れることが、私自身のエネルギーとなるので楽しいですね。
――なぜ糸島の材料にこだわるのでしょうか。
やっぱり顔が見える生産者がつくった材料の方が安心できるじゃないですか。できれば、私自身が作った小麦や野菜を使用したいですし、それが難しければ信頼できる農家の方々にお願いしています。すべてを糸島産にするのが理想ですが、できる範囲で安心できる材料を使うことを心がけています。
あと、パン作りによく豆乳も使いますが、実はコレも手作りなんです。大豆を浸水させて、ミキサーにかけて絞れば豆乳が完成!最近は、大豆の自家栽培も始めたんですが、無農薬ですから虫よけ対策が難しいですね……。試行錯誤しています。
食物アレルギーでもOKのオーダーメイドパンを開発
――オーダーメイドのパンにも力を入れているそうですが、始めたきっかけはなんでしたか?
お店を始めてまもなくの頃、とある子育て中ママからの依頼がきっかけとなりました。乳・卵アレルギーの息子さんが、大好きなキャラクターのパンを食べたいとのご要望で、これはなんとかしてあげたいと思いましたね。試作をくり返して、息子さんにパンをお送りしたところ、大喜びでパクパク食べたそうで、パン屋をやっていて良かったと思った瞬間でした。この依頼をきっかけに、楽楽のパンはすべて乳・卵不使用にしています。
――これまでにどんなパンを作ってきましたか?
例えば、糖質制限をしている方には、砂糖をまったく使わないパンを考えました。小麦アレルギーの方には、米粉のパンやピザを作ったところ、喜んでいただけました。給食用に卵・乳不使用のコッペパンやねじりパンをお届けしたこともあります。これらは現在もオーダーを受けて、お届けしています。
結婚式の席での特別なパンとしてサッカーボールに見立てたビッグサイズのパン、また小さな男の子の誕生日用の電車型パンを焼いたことは、私にとっても楽しい経験となりました。
――試作の苦労話を教えてください。
塩分制限をされている方から、塩抜きパンのオーダーがあった時は難しかったですね。パン生地の形を保つには塩は必須材料ですし、味的にも塩がないとおいしくなりづらいです。なんとか作りましたが、時には難しいオーダーが入ることもあります。
通常のパン屋さんは生地が3種類くらいに、いろんな成形や具材のトッピングで、数十種類を販売しているんですが、うちはその逆。いろんな生地でパンを焼くのは、たぶんめずらしいでしょうね。もちろん手間はかかりますが、その分喜んでもらえるので、やりがいはじゅうぶんにあります。
――パン作りを続けて嬉しかったことはなんでしょうか?
やっぱりお客様からの「ありがとう」の言葉が一番のご褒美ですね。嬉しいことに、お客様から感謝のお手紙が届き、そのなかには「子どもが大好きで毎日食べても飽きません」「食べる時に『これだ!』と満足して味わうことができます」「近くにお店があれば毎日でも買いに行きたいです」といった声もいただいています。私にとって、これらの一言一言が、パンを作り続ける原動力となっています。
夢は自給自足、「食の大切さを伝えるパン屋」でありたい
――奥さまと二人三脚でパン屋を切り盛りしてきたそうですが、どのような役割分担をしているのでしょうか?
開業以来、私はパン焼きと農作業、妻はパンの包装や発送を担当してきました。16年前に糸島に移住してきたわけですが、実は妻ははじめから脱サラしてパン屋になることを応援していたわけではありませんでした。初期の店舗がなかった頃は、直売所に出荷したり、当時小学生だった息子と一緒に地域のイベントで販売をしたりで、なんとか生活していましたね。
縁もゆかりもない土地で、山あり谷ありでここまでいろいろありました。糸島のあたたかい人たちの支えもあって、現在はパートさん4人(製造2人、包装2人)の助けを借りながら、たくさんのお客様へパンをお届けできるように励んでいます。
――現在、パン職人をめざす研修生の受け入れもしているそうですね。
将来自分のお店を持ちたいと夢を持っている方のために、パンの仕込みや焼成、包装、販売などを学べる場を提供しています。期間は半年以上で、小麦や野菜作りのお手伝いもお願いしていますが、けっこうハードではありますね。
――ちなみに、石原さんの一日のスケジュールはどのような感じでしょうか?
私の生活リズムは、まず深夜2時に起床して、前日に仕込んだパンを成形して焼きます。作業が落ち着いたら仮眠をとり14時頃に生地の仕込みを行いゆっくりと発酵させ、合間に畑作業をしつつ、21時には翌日に備えて眠ります。ハードなのかもしれませんが、この生活に慣れているので、何とかやっています。
――一今後、新たにチャレンジしたいことを教えてください。
いまパン作りと並行して、農業にも力を入れています。私がパンを通して伝えていきたいのは「食べ物の大切さ」。自らの手で作物を育てることで、そのありがたみをより深く感じられるようになったと思います。現在チャレンジしている大豆栽培が成功したら、味噌や醤油も手作りするつもりですし、自給自足ができたら最高だなと考えています。
親御さんやお子さんたちにも食べ物の大切さを知ってほしいと、数年前から「お米作り体験会」も開催しており、みんなで田植えや稲刈りをしています。自然と触れ合う体験を通して、食の大切さに目を向ける機会をつくる――一見、パン作りとかけ離れているように見えるかもしれませんが、共通して私が生涯をかけて取り組んでいきたいことです。
インタビューを終えて
石原さんは、ただパンを作るだけの職人ではありません。そこには、「地域の食に目を向けてほしい」「国産小麦の良さを知ってほしい」といった、食への想いがあり、食物アレルギーに悩む方でも安心して食べられる“やさしいパン”を作り続けています。
その味は、一言で表現すると“体になじむ味”。日本人にとってご飯とみそ汁の滋味(じみ)深さがほっと安心するように、石原さんのパンはじわじわとうま味が広がる日常の存在。そこには食べる人への愛があり、まるで家族が作ってくれたようなあたたかい味がする、そんなパンなんじゃないかなぁと、エネルギッシュな石原さんに取材をしながら思いました。
渡辺まりこ
新潟県在住の取材ライター兼ブロガー。通算取材は500件以上。ヒト、暮らし、まち、趣味など多岐に渡るジャンルの記事を執筆中。取材時の感動を読者に届けられるような記事づくりを心がけている。
天然パン工房楽楽 パン職人
2004年、関西から福岡糸島に移住してパン屋を開業。契約農家が作る地粉、自家栽培の野菜を使用するなど素材にこだわったパンを製造。卵・乳を使わないパンは、食物アレルギーやアトピーに悩む人にも喜ばれている。給食用のパンや砂糖不使用など、好みにカスタマイズできるオーダーパンも人気。日本全国に発送可能。
HP:https://rakurakupan.com/