今回インタビューするのは、明治18年創業の和倉温泉の旅館「多田屋」で働く課長職の4名。料飲課の堀上明達(ほりかみめいたつ)さん、営業課の鈴木寛子さん、予約課の清水亜衣さん、総務課の山上理恵さんです。
コロナ禍が続く現在、旅館での仕事は顧客に何を求められ、どう変化してきたのでしょうか。
旅館を支える管理職たちの働き方について、料飲(接客)、営業、予約、総務の各課長にお話を聞きました。
旅館の4つの働き方と変化し続ける管理職の仕事とは
ー旅館で働く皆さんはどんなお仕事をしているのですか?まずは前職で建築の仕事をしていた堀上さんからお願いします。
堀上:私は、多田屋のHPにアップされている能登名所・観光ガイド「のとつづり」の素晴らしさに惹かれて2015年に客室係として入社しました。
2021年から料飲課課長となり、飲料の管理だけでなく、客室係への接客指導やPOSシステム(販売時点情報管理)の運用、経営幹部として自社メディアのリニューアルやブランディング面も積極的に提案しています。
ー旅館内の仕事を手広くやっているんですね。前職とガラッと変わったキャリアも印象的です。
前職のスキルを活かすこともあります。例えば、売店「えんいち」のリニューアルには設計を、地元出身の建築家で、学生時代卒業制作で日本一を取ったこともある岡田翔太郎さんと一緒に行いました。入社のきっかけにもなった「のとつづりの世界観」を体現する空間を売店で表現できたのは嬉しかったですね。
旅館は、昔ながらのことを大事にしている様なイメージも多いですが、多田屋では新しいことを取り入れたり、見せ方やこだわり方にたくさんの幅が持てることで、やりがいを感じますし、誇りも持てます。
鈴木:堀上くんは色んな事ができて周りからの信頼も厚いよね。私は営業として入社し、2022年で11年目で、営業課の課長を務めています。
コロナ前は、団体を主に担当し、旅館の年末年始の忘年会や宴会の提案・段取りを主体にお客様ファーストで仕事をしていました。ちなみに清水さんも、同期入社の11年目です。
清水:そうなんです。私も11年前にフロントとして入社し、予約課に異動して、現在は課長を務めています。
キャリアの中では、1年の育児休暇も取得させていただき、職場復帰して働いています。その時に総務課にお世話になりました。山上さん、その節はありがとうございました。
山上:旅館は女性も多い職場なので、育児休暇は私の入社前から活用され、清水さんで7人目となりました。
ー働きやすい環境を整えてくれているのが総務部の山上さんですね。
山上:はい。最初に配属された部署は総務で、入社当初は事務全般を行っていました。
現在は給与計算、人事(中途採用)関連を担当しています。入社15年目で、皆と同じく2021年8月から総務部課長になりました。
現在は、コロナの濃厚接触者になる従業員のシフト調整や有休の件とも向き合っています。
コロナ禍の変化と社内改革「減らすと磨く」
ー多田屋でキャリアアップしてきた皆さんですが、コロナ禍を経て働き方は変わりましたか?
堀上:大きく変化しましたね。料飲課課長になったのは、コロナ禍真っ只中でした。丁度、2020年から多田屋の社長が会社として掲げていたのが「減らすと磨く」というテーマだったんです。そこで、社内の不必要なサービスやオペレーションを見直していたところでした。
「無駄な仕事を止めて、磨くところに集中しよう」と、飲み物のラインナップも商品を絞って個人のお客さんに特化しました。コロナ禍前までは団体も多かったので商品を減らせませんでしたが、時代の変化も手伝って変更しました。
料飲課では個人のお客様に向けたサービスを考え「利き酒セット3種類」やオリジナルドリンクを開発して提供するようになりましたね。
この「減らすと磨く」の革命の中でも一番大きなところは、料理ランクを全室統一したものに変わったことだと思います。
「能登のものを使う」にシフトして、より多田屋だから味わえるものを提供できるようにしたんです。料理のリニューアルに踏み切るときには、社長と料理長、スタッフ数人で農園にアポイントを取り、取引先を開拓しました。
ー料理変更はすんなり受け入れられたんですか?
堀上:難しかったですね。「変えたくない人」と「変えたい人」で分かれてしまうので、説得していく作業は大変でした。でも、結果がでてくると認めてもらえるようになります。
今回の料理も、調理担当さんが1種類の料理コースに徹底的に集中できることで、できるだけ既製品に頼らず手作りが増やせるというメリットがありました。
客室係も、能登の食材や料理を自信を持っておすすめできるので気持ちものり、それがお客さんにも届いた感じがしています。
清水:このご時世、プランの値上げはよくあります。しかし、物価上昇で料金が高くなっても実際に価格帯の高い旅館を選ぶお客様は、目が肥えているのでサービスの質が伴わないと納得しません。
ですから、多田屋が「お客様を満足させていきたい」「能登を感じてほしい」という方向にシフトしていくのはいいことだと思いました。方向性が明確になることで「うちはこれだ」って自信を持ってやれるようになると思います。
鈴木:今旅館に求められてるのは応用力かもしれません。多田屋だから感じられる「能登は優しさ土までも」という優しい気持ちを随所で感じられる宿にして、お客さんと両思いになれるようにしていきたいですね。
ー営業が減ってしまって、鈴木さんの働き方は変わりましたか?
鈴木:はい。コロナ禍で営業の団体の予約がほぼなくなりました。営業課長ですが今は、電話営業をメインに、月に1〜2回ほど旅行会社に行って営業しています。
あとはインターン生の受け入れやリクルート活動をしながら、予約の仕事を担うなど、柔軟な働き方になりましたね。
ただ、営業が好きなので「お客さんに会いたい・喋りたい」という気持ちでいっぱいです。私のやりがいであり、生き甲斐でした。
「鈴木さんがいるから来る」と話してくれるお客様に多数めぐまれ、多田屋内でも、一体感を持っておもてなしをするチームプレーが好きでした。お帰りの際スタッフ皆でお客様をお見送りする瞬間は、達成感で胸がいっぱいになり、忘れられません。
しかし、団体の二次会がなくなるなど、深夜までスタッフを残すことがなくなり働き方改革がすすんだのもコロナ禍での変化かもしれません。
堀上:そうですね、ベテランの接客係の方には引退された方も大勢います。しかし、現在は引退しても会社として次のフィールドを用意してあるんです。
山上:接客係と総務で面談を行い「週どのくらい働きたいか」「体力的にどうか」などご本人の希望を伺います。
その上で客室案内だけを行ったり、調理補助で盛り付けを行ったり検討します。やめるか続けるかの2択から、次の段階として、自分たちの体力に合わせながら無理なくできる仕事を選べるようになりました。
堀上:客室係も、コロナ禍以前と比べ、現在は1ヶ月の勤務時間が短くなるように調整されています。中抜けはどうしても仕事上仕方ないのですが、夜も朝も休憩時間がだいぶ長くなり、年間休日ももうたっぷりあります。
従業員ファーストな変化で、会社としてもすごい良い変化だなと感じています。
旅館での仕事にやりがいを感じるとき
ー予約課ではどんな時にやりがいを感じますか?
清水:ここ数年、自分が企画したプランでお客様が予約しやすくなったり、予約課でもサービスを提供しやすくなったことにやりがいを感じましたね。
代表的なのは、お誕生日などのケーキ付きプランをリリースしたことです。同じように「還暦」や長寿お祝いプランもあります。
以前も希望があれば提供していましたが、プランにすることで「ケーキを付けられるんだ」と、選ぶ側も自分に合ったプランを選びやすくなったと思います。
ー見せ方ひとつで双方にメリットがあったんですね。総務では、どんなことがやりがいに繋がりますか?
山上:総務課のやりがいは、従業員の方が楽しそうに仕事に取り組んでいる姿を見ることです。みんなのモチベーションが上がるポイントにアンテナをはって「多田屋で働いて良かった」と従業員に喜んでもらえると嬉しいですね。
最近は、育児休暇や介護休暇について、復帰後の働き方など相談を受けることが増えてきました。
総務の仕事の難しいポイントは会社の意向、従業員の要望のバランスを取れるように努めることです。会社と従業員、両方の立場から話を聞くポジションですね。その中で、従業員の人生に寄り添い、働きやすい環境作りを行うのも会社の責任だと考えています。
迷ったり悩んだりもします。それでも「冷静に物事を判断する」「以前に起きた失敗は今後の教訓にして繰り返さない」「従業員にはみな平等に接する」を目指して総務課一同、従業員の働きやすい環境を整えていきたいと考えています。
鈴木:会社が働きやすさを考えてくれるのはありがたいですね。私は、少し前まで仕事人間でしたが、体調を崩して、現在も薬を飲んだり通院しながら働いているんです。
病気をきっかけに、家庭での時間や身体を大事にしようとライフワークバランスや人生を見直しました。
自分たちの働き方も変わる中、旅館でのサービスはどれぐらい戻すのかを含め、課題を柔軟に解決しながら、お客様と再会したり、関わる場面を増やせたら嬉しいですね。
これから多田屋で叶えていきたい事
ー課長となり、今後やっていきたいことはありますか?
堀上:僕は2つあります。まず、会社として価格帯の底上げをするためにも、部屋のランクを徐々に上げていくようなリニューアルや改修をしていきたいです。
その一環として現在は、補助金を活用した宿の高付加価値改修プロジェクトで客室のリノベーションと外観の改修に取り組んでいます。
もう一つは、「みんなができるように」を目指し、広く代替がきくような仕組みを作りながら人を育てていきたいですね。
去年料理に合わせた日本酒を提供する「ペアリングプラン」を提案してみて気づいたのは、日本酒が好きじゃない人にとっては学ぶのも苦痛だということでした。
そこでまず日本酒を「美味しい」と感じてもらえるよう「香箱蟹に合うお酒食べる会」を企画し、みんなで蟹を食べながら日本酒を6種類ぐらい用意して、どれが合うか話し合いました。
従業員が興味を持って学んだり、共有したり、お客さんに提案するまでをできる動線がないと、プランを企画しても成立しないことがわかったんです。
今後も、多田屋に入ってきてくれた子たちの目線に合わせて、仕組みを整えていきたいなと思っています。
鈴木:私が会社でやりたいことは、みんなのモチベーションを上げることです。特に若い子の仕事を見るのはもちろん、フラストレーションや不満を吸い上げて、各課長や上の方と話して、我慢させるのではなくサポートしていきたい。
同時に私も今、いろんな人に会いたいです。新しい気持ちで人と関わっていけば新しい関係がつくれるし、視野がひろがります。そしてその出会いが、自分や多田屋とお客さんのためになるのが理想です。
清水:私は人が集まることに抵抗がなくなったら、多田屋でイベントを行えたらと思っています。高めの旅館って「自分も行っていいのかな」と気が引ける部分がある人もいると思うんです。
だから多田屋を知ってもらったり、1回来て足を踏み入れるきっかけになる多田屋が主宰のイベントがあってもいいんじゃないかな、と考えました。地域の親子が多田屋の雰囲気や冒険気分を味わえる様なものを企画してみたいですね。
山上:素敵ですね。私は、社員を大切にすると同時に、家族を大事にしながら働ける環境を考えていきたいです。
実は、多田屋の人気の福利厚生に、年に1回多田屋に無料でご家族と宿泊できる福利厚生があります。従業員の方には実際にお客様になって多田屋を見ることができる利点、従業員のご家族にとっては家族の職場をよく知ることができる利点があり、とても良い福利厚生だと思っています。
今後は従業員の子どもや孫が、親や祖父母の働く職場を見学できる制度があれば楽しそうだと考えています。新入社員や若いスタッフがアテンドすれば、将来自分が家族をもっても多田屋で働き続けられるようなイメージが持てるんじゃないでしょうか。そんな制度を展開していけたらいいなと思ってます。
インタビューを終えて
若手が増え、ドリンクの注文もモバイルオーダーを取り入れるなどデジタル化がすすみ、老舗旅館ながら、時代のニーズを取り入れた接客を日々すすめている多田屋。
同時に宿を支えてきてくれた接待係たちの新しい働き方を模索し、雇用を維持するなど、働き方でも時代に合った革命をすすめているんですね。
従業員の成長と共に、「お客様の満足」を高めたいと常にバージョンアップしていく多田屋に泊まりに行きたくなります。能登の魅力を宿でも感じたい方は、石川県七尾市和倉温泉の多田屋を是非訪れてみてください。
2011年営業として入社
2021年 営業課 課長
入社時は、旅館の仕組みを教わりながら、主に、企業・役所・医療系・介護系・学校関係の外回りをメインに営業。コロナ前は、団体を主に担当し、宴会の段取りを主体に営業。現在は、県内の旅行代理店がメイン。
ピーク時は宿泊代、飲み代、コンパニオン等総額3000万円(コロナ禍前2016年)を越える売上げを誇る営業マン。
明るく前向きな仕事ぶりと、面倒見の良さを買われ、2013年からはリクルートの仕事にも着手し、学生のインターンシップ受け入れも行う。
2011年フロントとして入社
2021年 予約課 課長
入社時はチェックイン・アウト・手板作成や喫茶コーナー等をメインに担当。
その後予約課に異動。
現在は主に予約受付・プラン企画等を担当。
2008年 総務として入社
2021年 総務課 課長
入社当初は事務全般(仕入れ買掛管理表入力、支払い、書類ファイリング、お品書き作成など、コーヒーコーナー仕入れ)を担当。
当時の総務部長の退職をきっかけに給与計算をすることになり、現在は労務人事関連で中途採用を担当。
2015年 客室係として入社
2016年 客室係チーフ
2018年 料飲課チーフ
2021年 料飲課 課長
「のとつづり」の素晴らしさに惹かれ日本仕事百貨を通して入社。
入社時は客室係として接客をメインに働きながら前職の経験を活かし食事会場など館内施設のリニューアルに携わる。
その後客室係チーフを経て、料飲課に配属。基本業務としては館内飲料の売上・仕入管理、ラインナップ・メニューの作成等。並行して売店えんいちの立ち上げに携わり「のとつづり」の世界観を体現する空間を目指しリニューアル。
仕入れ先開拓や商品のセレクション、ディスプレイのデザインを行う。現在は、料飲課課長として客室係への接客指導やPOSシステムの運用・管理を行う傍ら経営幹部として自社メディアのリニューアルやブランディング面にも積極的に提案を行う。
直近では補助金を活用した宿の高付加価値改修プロジェクトを担当、現在進行中。