現在はさまざまな「副業」が身近になり、本業以外のスキルを学ぼうとする人も増えています。
そんな中、今回インタビューするのは、合同会社DMM.comの社員でありながら、個人事業としてもデザインコンサルタントとして活動、さらには故郷である石川県加賀市で「黒崎BASE」というゲストハウスのオーナーをしている河西紀明さん。
河西さんが取り組んでいるのは本業×副業ではなく、軸となるデザインスキルや経験を強みとして、複数のプロジェクトや組織に携わる「複業」。それぞれに責任や業務ボリュームがある中、仕事をどうこなし、取り組んでいるのでしょうか。
また、これからの働き方や、自分で仕事を組み立てていく上で大切にしていることは何かをききました。
会社員×個人事業主×ゲストハウスオーナーという3つの本業で働く理由
ー本業にプラスして副業を持つ人が増える中、河西さんは3つの「本業」ともいえる複業(複数の業種)をこなしながら、東京と石川県での多拠点生活というユニークな働き方をしていますよね。このような働き方になった経緯について教えていただけますでしょうか?
僕はもともと北陸の出版社の会社員として、デザイナーをやっていました。ただ、自分にとっての仕事の認識は、他人に定められたミッションをこなすというより、いろいろな領域の課題解決に関わって専門職能を育て成長したいという気持ちが強く、新卒時代では経験や実力が伴わず空回りすることが多かったです。
出版社の主な仕事内容は生活情報誌やWEBサービスの企画・開発でしたが、本質的には「生活を豊かにする情報のデザイン」に関わっているという認識だったので、転職した今でも根本的な思想は変わっていません。今やっている多くの仕事も、全て「デザイン行為」の一部だと思って取り組んでいます。
ーゲストハウス経営も「デザイン」に入るんですか?
個人的には「体験のデザイン」そのものと感じています。地域の文化と人を点でつなぎ、ゲストにとって地域観光滞在のプレミアムな体験価値を提供できます。コンセプト作りから日々の運用、スタッフの育成に至るまで非常に学びが多い仕事ですね。
そもそも僕がゲストハウスをはじめた原点は、田舎の祖父の家での夏休みの思い出だったり、ジブリ映画を見てスローライフに憧れるというベタな話ですが、現実的に農業だけをしているだけでは選択肢が限られてしまいます。思い描いたデザイナーとしてのキャリアとは離れていく危機感がありました。
僕ら業界のトップレベルの人材には、キャンピングカーで旅をしながらリモートワークで生計を立てるなんて猛者がいるのですが、さすがに同じようにはなれないと思ったんです。今ある条件を整理しながら「自由さとキャリアを諦めずに成長し続けられる環境づくり」を目指し、結果として会社員を続けながら、故郷である田舎に農業民泊を開業しました。
デジタルを活用したハイブリッドな働き方のスタイルとして僕自身も一つのコンテンツなり、地域の魅力を再発掘しながら「面白い人と情報が集まる仕組み」を考えました。実行・カイゼンを繰り返していくうちに、自然と僕のような考え方に共感するデザイナーやエンジニアが集まりだし、大人の秘密基地のようなユニークなゲストハウスになっていきました。
ーなるほど、全く畑違いに感じていましたが「デザインで課題を解決していくプロセス」をゲストハウスに落とし込み、取り組んだという事ですね。
そうですね。創業当初は旅館業関係者から「民泊なぞ地域の経済崩壊を招く!」と反発もありましたが、単なる安価な宿泊業でなく、地域のファンづくりという地道なブランディングを継続しました。結果、多くの観光客を加賀の地に招く実績となり、古民家再生や人口減少対策など、地域に根ざした新しいビジネスモデルケースとして自治体や地域コミュニティにもご評価いただけるようになりました。
最近では一般的にもリモートワークがスタイルとして確立され、われわれの環境づくりは奇しくも時代の流れに即したカタチになっています。実際に僕のような就労スタイルは、場所を選ばない人種は「デジタルノマド」と呼ばれる特殊な存在でしたが、今やたくさんの企業も環境整備を行なっています。地方にU/Iターンを視野に入れたワーケーション(Workation)の利用も増えつつあります。
副業での挫折と借金で学んだ「リスクをとらないようにリスクをとる方法」
ーしかし、会社員をやりながらゲストハウス運営って聞いただけでも大変そうです。そういう選択をしたのは何かきっかけがあったんですか?
さきほどお話ししたように、ゲストハウス経営の立ち位置としては僕の都合のいい働き方ができる環境の一部であると同時に、おそらく生涯をかけて育てるブランドでもあります。
はじめた一番のキッカケとして、ゲストハウスをはじめる前に会社員をしながら無鉄砲にはじめたフリーランスの仕事を、「独りの力」で考えすぎて手痛い失敗をしたことです。
前職では副業が原則全面禁止されていました。目的が単なる収入源の確保でなく、個人の成長や活躍の幅を増やすための活動なのに「規定や規則だから」という理由で制限されるのは合理的でないと思っていました。真剣に相談しても、個人の学習やキャリアを企業側が補償してくれないとわかった時点での行動は早かったです。環境を変える選択肢はあくまで自分にあります。
今だから言えますが「日常業務に支障をきたさない範囲で家業の手伝いはOK」という抜け道があったので、当時学生だった弟を代表にデザイン事務所を立てて「お手伝い」という体裁で、フリーランスのWeb制作やコンサルをはじめました。
もちろんフルタイム勤務では本業に専念していましたし、与えられたミッションに対しては誠実に応えていたつもりです。しかし、この時点では個人的な自由時間の切り売りだったので、収入面は増えましたが心身のキャパを越えたり、その影響で成果物や対人コミュニケーションの質が落ちてしまうことも増えてしまいました。かなり体力と気力任せのハードワークでしたね。
ーたくさんのプロジェクトがありすぎてコントロールが難しそうですね。工夫している点はありますか?
コントロールはできませんでした(笑) 。破綻を迎えたのはわりと早い段階です。ある日、本業でトラブルが発生したときに、運悪く同時にある案件でWEBサイトのシステム障害が起こりクライアントの損失がうまれてしまったんです。
契約内容などを曖昧にしていたので、損害賠償として借金を背負うことになりました。よくよく考えればどちらも大切な仕事なのに、主/副と優劣をつけるのはクライアントにはかなり不誠実ですよね。この一件からは契約面を改め、明確に「複業」と位置づけました。
この一件を反省して、その後のいろいろな仕事は基本的に「僕だけがデザインすることをやめる」ようにしたんです。僕は稼働工数や存在自体がプロジェクトの致命的なネックになることを避け、デザインのプロセスや意思決定基準、ノウハウなどを全部オープン化しました。
また同業種の方とのパートナーシップを結んだり、顧客の組織体に同様なデザインができる人材を育てたりマネジメントすることで、僕自身が仮にリスクに晒されたりしても、クライアントやチームに期待される貢献を裏切らない契約体制や仕組みづくりを心がけました。
僕がそのチームにいついなくなっても「デザイン」という仕事がまわるようにシステムをつくることが、この頃からの仕事の大半です。
それからしばらくは会社員をやりながら、借金を抱えて組織運用しながら働いていましたね。体力的にもメンタル的にもこのままじゃよくないなという状態が続き、会社勤めの時間外での仕事ぐらいは楽しみながら仕事したいっていう思いから、ゲストハウスをはじめたタイミングとしてはちょうどこの時期です。
スローライフな住まいとデザイン事務所を兼ねて、ついでに面白い人や仕事のパートナーが集まる環境づくりです。単純に隠居して個人事業主ではなく、自分自身がワークライフを楽しみながら勝手に来てくれる仕組みをデザインしたいなと。DMMに転職して東京都の多拠点がはじまったのもこの時期ですね。
ーゲストハウスは、民泊としての機能を持ちながらそういう目的もあったんですね。
はい、ですが僕が単なるプレイヤーとしてのデザイナーを続けていただけでは実力のある方々に相手もされないでしょうし、わざわざこんな田舎に会いに来てくれるなんてあり得ないでしょう。なので僕自身は地域性を活かしたコンテンツを発信したり、環境を整備したり、デジタルプロダクトを作れる人を増やしたり生み出したりすることに前のめりです。
その行為自体が打算的であっても、自身の成長にもなると思っているからです。
最近では個人事業もかなり定着して仕事も増えていたんですけど、「いつどこで外的な要因で、仕事もお金も飛ぶかわからない」と過去の経験もあったからこそ、リスク分散を考えて現在の選択をしています。
自由な働き方を体現しながら会社員を続ける理由
ー個人事業主と、ゲストハウスがリンクしていることはわかったのですが、会社員を現在も続けているのはなぜですか?
それに関しては、会社の理念やブランディングが僕と似ているからでもありますね。僕自身も「なんでもやるし、なんでもはじめる河西さん」で、会社も「なんでもやってるDMM.com」。会社も僕のような働き方を許容し、支援してくれます。
DMM.comという会社は全容が見えないミステリアスさも残しながら、データやテクノロジーを基盤にいろいろな可能性に着手しはじめています。そんな中、ちょうど会社的にも次のステージに向けて「なんでもやってる」ブランドから「なんでもやりきる」の組織 / 個人の実行力が必要になってきたんです。
うちでも多様な事業を展開されていますが、一般的にデザイナーやエンジニアは単一のサービスに所属することが多く、与えられるミッションや業務のみをこなす日常ではそのカテゴリに関することしか学ぶ機会がありません。
これが長く続けば会社としても個人としても「○○だけしかできない人」を作り出すのはリスクにつながりますし、仮にその事業なくなってしまった場合、誰がその人の未来を考えるんでしょうね?
だから、個人が自らの意思で仕事を見つける姿勢を身につけること、複業を通して新しい分野への知見やスキルを育てるチャンスを増やしていくことで、急激な組織変革や環境の変化に対応する自力が身につくのだと考えています。
軸となる職能を起点に、生業(なりわい)の幅を増やすことでリスクに備える。これは昔の日本のお百姓さんやお侍と同じ考えであって、終身雇用が続いた日本文化の欠点なのかもしれませんね。
そのためにも、相手にとって魅力的に見える経験やスキルを日常的に言語化していかないといけないと思います。人や経験に触れる環境をつくっていくことも、自分をデザインすることなんです。
ー会社員も、ひとつのことだけをしていたらいいわけじゃないんですね。
会社に雇用されて、一つのことをコツコツやり続けることも立派なことです。しかし与えられた作業やミッションに盲目的になると、思考はそこで止まってしまいます。人それぞれの組織や社会への属し方の価値観も多様なのでとやかく言うつもりはないですが、人生100年時代とか世の中の状況がゴリゴリ変わっていくのに、特定の会社が自分たちのことを大事に守り切れるとは思いませんね。
会社員でも、個人事業主でも、求められるのは「与えられたコトを時間いっぱい使ってやる人」ではなく、「その時々で新しい課題を発見して実行に移せる人」や「仕組み作りがうまい人」に変化していくと思います。
副業でも複業でも成功するために必要な3つのこと
ー同時に複数の仕事をこなすためのコツはありますか?
基本的に、マルチタスクは効率が悪いと思っています。仕事のバランスを保つために、全力で計画設計(作業の優先度や期待値調整)したうえで業務に取り組んでいます。ただ、仕事が予定通りにいくことはあまりありませんので、基本的に都度のMTGで物事を決めるのでなく、途中成果物の評価やアウトプットを中心にチームで対話をするようにしています。
また、さきほども紹介したようにチームワークとして僕が最悪その場にいなくても、デザイン業務の意思決定を妨げたり進捗が滞る状況を避けるための仕掛けをすることですね。日々の業務に学習目標も組み込みながら、チャットなどでの非同期のコミュニケーションでメンバー同士が頼ったり頼られやすい雰囲気づくりを働きかけます。
あとは普段から僕自身がいろいろな仕事を抱えて、パッと見「忙しいだけの人」にならないよう、「この人に相談したらなんとかしてくれそう、ヒントをもらえそう」な人に見えるよう意識して自分をデザインしています。それは、新しい選択肢を増やす可能性につながることがあるので。
ー「このひと面白そう」という雰囲気を出しておくことは、個人事業主に必要な「自分デザイン」かもしれませんね。
もう一つ意識しているのは、目の前のことに好き・嫌いだけじゃなく、興味を持つこと。興味がなくても、「知らないことを知りたい」という軸で取り組んでいます。表面的な雰囲気の共感ベースではなく、課題感や目的に対して賛同できるそうかという点で、日々自分の考え方を発信する習慣をつくることです。
取り組む仕事の領域に前のめりに経験しておくと、積み重ねで「なんでもやってる人」になれて、「こいつは自分たちにとってメリットのある人だ」と相談してもらえることが増えます。そうやって守備範囲を広くしておいて、仮にひとりで解決できない課題を抱えてもいざというときに頼れるパートナーシップのパイプを築いておくことで、突飛な仕事依頼にも期待値に合わせて受けられるようになりました。
ー環境を整えることで「なんでもやってる」河西さんが窓口となり、仕事を仲間に割り振ることで仕事の幅を広げられるんですね。
僕の会社はある種のギルド化していて、距離や場所に関係なくパートナーシップを持っていますし、仕事の価値観や方向性が近い人たちがいます。なのでテンションの上がる仕事がきたら「こういう案件があるからやるぞー!」ってタッグを組めるんです。報酬もありきですが課題解決の難易度によって得られる経験の幅も増えます。
なので僕の「デザイナー」という肩書も、取引先や対話する相手に合わせて変えています。僕という人材が、相手にとってどのような利用価値を持つのかという客観的な見せ方の工夫ですね。会社員をやりながらこのスタートアップの支援を受けるリモートワーカー、地方拠点から世界とつながってデザインの仕事を行い、新しい働き方や半農ぐらし体現しながら生活している「デザイナー河西」として、いろいろな角度から役割や仕事がうけられます。
ーあえて肩書を固定せず「なんでもできる」自分をデザインしているんですね。ほかに何か大切なことはありますか?
あと、複業や個人事業主で一つだけ大事なことは、「ちゃんと稼ぐこと」です。稼ぐは単純に金銭の話ではなく、価値のある経験や学習を伴うかという点を含めてです。個人事業主は特に依頼主から社会的立ち位置やコスト面で値踏みされやすい傾向として、自分自身の仕事の見積もりを苦手としている方が多いことが要因として上げられます。
だからお互いに最初はしっかり契約として、役割と期待値の話をすること。必要な成果物や費やす時間、知的労働の範囲などを言語化することは相互理解そのものです。
生業(なりわい)を増やして「稼ぎたい」と考えるなら、仕事を通して他の組織やパートナーと成長しあえる関係性は大切で、再現性の高い知識や技術の引き出しを持つことの価値は非常に高いです。今は、オンラインでも発信やコミュニケーションツールの選択肢が多いのでアプローチの仕方は無数に存在するでしょう。
メインと副業でも、複業でも、仕事を掛け合わせることで自分が成長し、どちらの仕事にも、雇用主にもいい効果をもたらすのが理想だと僕は考えています。そうやって経験を重ねたうえで、さらに社会に接続すると、業界や社会に役立つ存在にもなれるんです。
インタビューを終えて
仕事を相談しやすくなる「自分をデザイン」し、さらに「複数の仕事が回るように仕組みを設計」して複数の仕事を掛け合わせることで、仕事と自分の可能性を広げている河西さん。
「黒崎BASEでは現在インターン生を年で10名程度受け入れて、日中は農業体験をして、夜は僕のweb関係のレクチャーをする機会を設けています」と話してくれました。
この仕組みで、学生は現在DMM.comの新卒研修の講師もやっている河西さんのもとで、DMM.comの講習と同じレベルのことが学べます。また企業も、これから将来を選ぶ会社採用候補の学生と出会う機会が生まれるそうです。
これぞ、インターンの学生、DMM.com、河西さん3方にメリットのある仕事の掛け算。一見ばらばらに見えることでも「デザインによる課題解決」を目指し設計することで、きちんと価値が生まれることには驚きました。
ワーケーションや複業に興味のある人は、一度河西さんの本拠地「黒崎BASE」に泊まりに行ってみるのもおすすめです。
DMM.comの社員でありながら、ゲストハウス&ワーケーションスペース黒崎BASEのオーナー人をしている毎日がサバイバルな半農デザイナー。
DMM VPoE室 Experience Des & Dev / 事業開発から組織設計まで泥臭く支援するユーティリティな働き方を体現。
複業・多拠点3年目(金沢・加賀⇄東京)。好きなことはスタートアップのお手伝いとmakita。
HP:黒崎BASE
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