「たらしめる」という言葉から、どんな印象を受けますか?意味は文脈から何となく把握しているけれど、詳しい意味となると「?」という人も多いのではないでしょうか。今回は強い響きが特徴的な「たらしめる」の使い方や「ならしめる」との使い分けなどを、豊富な例文と併せて紹介します。この機会にぜひマスターしましょう。
「たらしめる」の意味と用例
「たらしめる」とは「そのようにさせる」こと
「たらしめる」とは「~とさせる・そのようにさせる」という意味です。ひとことで言えば事物をそのように決定づけている要因を指すときの表現です。たとえば、「あのイチローをイチローたらしめるもの」といえば、「天才的な野球センス」「超一流プレイヤー独特の個性」「ストイックなトレーニング」などの言葉が後に続きます。
文法は「たり(完了・存続)」+「しめる(使役)」
「たらしめる」は、「たら」と「しめる」から成る連語です。もとは文語ですが、現在では話し言葉としても使われています。「たら」は完了・存続・断定などの意味をもつ助動詞の未然形で、終止形「たり」は現代語の「だ・です」にあたります。
続く「しめる」は未然形の後に接続する使役表現で、意味は「~させる」です。助動詞「しむ」の連体形「しむる」が口語の「しめる」になったもので、かつては「自覚せしむる」「精神を会得せしむる」のような書き言葉でした。使役なので目的語には助詞の「~を」を付けて、「〇〇を〇〇たらしめる」が定型です。
「たらしめる」は漢字で書かない
「たらしめる」に漢字表記はなく、書くときは「ひらがな」というのが決まりです。漢文では「しむる」を「使(ムル)」と表記することから「たら使める」と書けないこともないのですが、現代日本語としては誤りです。また、少し語感が似ている「女たらし」の「たらし(誑し)」とはまったくの無関係なので、「誑しめる」もNGです。
「たらしめる」は類語・言い換え
2つの助動詞で構成された「たらしめる」には類語がありませんが、その代わりに「〇〇が〇〇である所以(ゆえん)」「今の〇〇があるのは〇〇の結果だ」のように言い換えることができます。言葉の定義である「そのようにさせる ・ ~の状態にする」をそのまま使って言い表すこともできますが、話し言葉としては少し不自然に感じられます。
そもそも、現代語にわざわざ「たらしめる」という堅苦しい表現を使うのにはある狙いがあります。「社会人たるもの」「慎むべし」のように、敢えて文語体を使うことで言葉にアクセントが生まれ、伝えたいことをより印象付けることができるのです。厳めしい古語を使うことで、使い慣れた言葉よりも強いインパクトが感じられるためです。
「たらしめる」に似た短文の使い方
次に、「たらしめる」と似た用法で今も使われることの多い表現を挙げてみます。中には「たらしめる」よりも一般的で、聞き慣れた言い回しもありますので、併せてチェックすることで理解を深めましょう。
「ならしめる(ならしむる)」の意味と使い方
「ならしめる」は、「たらしめる」の「たら」が「なり(也)」の未然形「なら」に変わった表現です。「なり」「なら」はほぼ同じ意味で、体言(主語)の後に付いて対象物を断定し、「その状態にあること」を示します。この2つを使い分ける際のポイントは、用言(述語)の後に付いて形容動詞になった場合に語尾を「なり・たり」と切り替えることです。以下で例を挙げてみます。
「静かなり(静かに)」「愚かなり(愚かだ)」のように、語幹の後に「に・だ」を付けても通じる用言は、後に「なり」が続く「ナリ活用」です。和語に多く見られます。同じく「タリ活用」には後に「と」を付けて意味が通じる「堂々たり(堂々と)」「悠々たり(悠々と)」などがあり、こちらは漢語が多いのが特徴です。
「可能ならしめる」の意味と使い方
「可能・ならしめる」は「可能にさせる」という意味で、「彼の勤勉さがすぐれた業績を可能ならしめ、今の名声を確固不動たらしめた」のように使います。また、「ならしめる」は「強制的にさせる」という意味合いで使用されることもあるようなので、「可能となるように仕向ける」と解釈することもできます。
後者は「為る(なる・なさる)」から発展した用法と思われますが、強制でなければ「可能たらしめる」と変化するのかは不明です。外からの働きかけで「そのようにならせる」という場合、少なくとも戦時中まで読まれていた「教育勅語」では、使役の助動詞「す」の未然形に「しむ」が付いた「~せしめる(せしむる)」が使われていました。今も「見せしめ(る)」などが残っています。
「言わしめる」の意味と使い方
「あの差別主義者をして理解不能と言わしめた男こそ、悪名高き独裁者ヒトラーだ」「私をして言わしむれば~(私に言わせれば)」のように、「~をして〇〇と言わしめる」は、「~に〇〇と言わせる」という意味です。「~をして」には使役表現とセットで主体を強調する働きがあり、本来は別の人に指示して行わせることを指します。省略して「~に〇〇と言わしめる」とすることもできます。
「知らしめる」の意味と使い方
「未然+しめる」を使った短文の中ではもっともポピュラーな表現ではないでしょうか。こちらも同じように「認知させる」という意味で、「その才能を広く世に知らしめる結果となった」「この事実を世間に知らしめることこそが、今回の会見の狙いです」のように使います。
「たらしめる」を使った例文
主語・述語+「たらしめる」
- この国をモノづくり大国たらしめた気風は、もはや失われつつある。
- 人間を真に愕然たらしめるのは、戦争ではなく己の弱さだ。
- その芸術家は、個性的な作風と強烈な人間性をもって世間を唖然たらしめた。
- 過去をして過去たらしめよ(過去は過去として、いつまでも囚われるな)
「たらしめる所以」で根拠・理由を示す
- 彼らをして被害者たらしめる所以とは何か。
- 日々の積み重ねこそ、彼を一流たらしめた所以だろう。
- そんなささやかな愉しみが、彼女を常にハツラツたらしめる所以です。
「たらしめる」の英語表現
- It is what makes us human.(それこそが、人を人たらしめる事柄である)
- What exactly makes something jazz?(ジャズをジャズたらしめる要素とは?)
まとめ
「たらしめる」はわざわざ古典的な言い回しで厳然たるムードを醸し出している言葉ですが、それほど厳密に古典文法が残っているというわけでもなく、後世になって使いやすいように変化している感があります。普段それほど見聞きすることのない表現ですが、現代語とは少し違うリズム感も魅力のひとつです。ぜひ覚えて使ってみてください。