相手が激怒したことを「逆鱗に触れる」と表現することがありますが、「逆鱗」とは一体どのようなものなのでしょうか?この記事では「逆鱗」の意味を、出典の漢文から現代語訳とともに解説します。あわせて「逆鱗に触れる」の使い方や例文、および類語と英語表現も紹介しています。
「逆鱗」とは?
「逆鱗」の意味は”目上の人を激しく怒らせること”
「逆鱗」の意味は、“目上の人を激しく怒らせること”です。「逆鱗に触れる」という言い回しで用いられます。
「逆鱗」の読み方は”げきりん”
「逆鱗」の読み方は“げきりん”です。「ぎゃくりん」ではありません。
「逆」を使った二字熟語は「逆襲(ぎゃくしゅう)・逆上(ぎゃくじょう)・逆説(ぎゃくせつ)」など、「ぎゃく」と読むことが多く、「げき」の読み方は珍しいといえます。
「逆鱗」の出典は中国古典『韓非子』
中国戦国時代の思想家「韓非」が著した『韓非子(かんぴし)』「税難篇(ぜいなんへん)」に、「逆鱗」のもととなった次のような記述があります。
竜はやさしい動物だが、のどの下にある逆さに生えた鱗(うろこ)「逆鱗」に触れると、竜は怒って人を殺してしまう。同じく君主にも逆鱗と言うべきものがある。君主に意見を述べる人は、逆鱗に触れることがなければ成功できる。
このことから、君主を怒らせることを「逆鱗に触れる」と言うようになり、現代では目上の人を怒らせることを指します。
『韓非子』は、人民は君主に奉仕すべきとする法治主義を説いた思想書です。「逆鱗」は、当時の処世術を指南した処世訓です。
「逆鱗」の出典となった箇所の原文と書き下し文、および現代語訳は次のとおりです。
原文:夫龍之為蟲也、柔可狎而騎也。 然其喉下有逆鱗径尺。 若人有嬰之者、則必殺人。 人主亦有逆鱗。 説者能無嬰人主之逆鱗、則幾矣。
書き下し文:夫れ竜の蟲たる、柔なるときは狎らして騎るべきなり。 然れども其の喉下に逆鱗の径尺なる有り。 若し人之に嬰るる者有らば、則ち必ず人を殺す。 人主にも亦逆鱗有り。 説く者能く人主の逆鱗に嬰るること無くんば、則ち幾からん
現代語訳:そもそも龍という生き物は、おとなしい性格で、飼いならして乗ることもできます。しかしその喉元には長さが一尺ほどの鱗(うろこ)が逆さにうわっています。もしこれに触れたなら、必ず殺されてしまいます。同様に君主にも逆鱗というべきものがあります。意見を述べる人は、君主の逆鱗に触れるようなことがなければ、成功が期待できます。
竜は長いひげをたくわえ、喉の下には一尺四方の逆鱗があり、宝珠を持つ姿とされていました。竜の逆鱗は、逆さに生えていることから、竜が触れてほしくない弱点だったのです。古代中国の「竜」は、神獣であり、皇帝のシンボルでもありました。
また、「竜」は「龍」の略字であり、もともとは「龍」の字を書いていました。
「逆鱗に触れる」は「逆鱗に嬰る(げきりんにふる)」とも書きます。「嬰る」とは触れるということです。
「逆鱗」の使い方と例文とは?
「逆鱗」の使い方と例文を紹介します。
目上の人の怒りを誘発してしまったとき「逆鱗に触れる」と表現する
「逆鱗」は「逆鱗に触れる」の表現で使われます。故事では激怒するのは君主でしたが、現代では、目上の人の怒りをなんらかのきっかけにより誘発してしまったときに用います。触れてはいけないタブーに触れられて激怒した、という意味を持つこともあります。
「部下の逆鱗に触れた」「子供の逆鱗に触れた」などと目下の人に対してや、自分が怒ったときに用いるのは誤用です。
「逆鱗に触れる」を使ったビジネス例文
「逆鱗に触れる」を使ったビジネス例文をご紹介しましょう。
- 無用な反論をしたことで、上司の逆鱗に触れてしまった
- 意に沿わない意見を述べて社長の逆鱗に触れないよう、おとなしくしているのが得策だ
- 部長は批判的な発言で社長の逆鱗に触れ、地方に飛ばされてしまった
「逆鱗」の類語とは?
「逆鱗」の類語を紹介します。
「地雷を踏む」の意味は”触れてはいけないものに触れる”
「地雷を踏む(じらいをふむ)」とは、触れてはいけないものに触れるという意味です。失言により相手を怒らせてしまったり、火に油を注ぐようなことをしてしまったときに使います。「地雷を踏む」は目上の人だけでなく、目下の人に対しても使えます。
「不興を買う」の意味は”相手を不機嫌にさせる”
「不興を買う(ふきょうをかう)」とは、自分のせいで相手を不機嫌にさせてしまったときに用いる表現です。「不興」とは、興ざめという意味です。「不興を招く」とも言います。
「不興を買う」は、「逆鱗を踏む」のように相手を激怒させるのではなく、機嫌を損なうほどの意味合いです。目上の人に対して用いるということは共通しています。
「逆鱗」の英語表現とは?
英語では”bring a superior’s wrath”や”infuriate your superior”など
英語では、「逆鱗」の意味である、「目上の人を激怒させる」という意味の単語はありませんが、「bring a superior’s wrath」「infuriate your superior」などの表現ができます。
例文:
- 「部長は無用な発言で社長を激怒させた(社長の逆鱗に触れた)」
The manager infuriated the president with useless remarks. - 「部下はボスの逆鱗に触れないよう発言を控えている」
The subordinates refrain from speaking to avoid bringing the boss’s wrath.
まとめ
「逆鱗」とは、目上の人を激怒させるという意味の故事成語です。春秋戦国時代の『韓非子』に書かれた処世訓が出典で、もともとは竜が喉の下に持つ、触れると殺されてしまうという逆さの鱗を、君主もまた持っているので、君主に意見を述べるときは逆鱗に触れないようにすることが成功への道だ、という意味でした。竜や君主であっても、触れられたくないタブーを持っているから、注意しなければならないということを教えています。
「逆鱗」は、現代でいうなら上下関係や出世の知恵を述べたものだともいえます。理不尽な上司の激高も、「逆鱗」というもののせいだと考え、触れないように穏便に過ごすことが大切だと心得るのがよいかもしれません。