「をば」とは古語の一つですが、「失礼をば」「ご連絡をば」という言い方を現代でも聞くことがあります。「をば」とはどのような意味を持つ言葉なのでしょうか?
この記事では「をば」の品詞や意味を解説し、現代の使い方や訳し方を紹介します。あわせて、古文における「をば」の使われ方を、『万葉集』の短歌などから例文として紹介します。
「をば」の意味と使い方・訳し方とは?
「をば」の意味は”「を」と同じ”
「をば」の意味は、“「を」と同じ”です。格助詞「を」に、係助詞「は」の濁音「ば」が付いた連語です。動作や対象のものなどを、特に取り立てて強調する意図で用います。短歌の五句体を整えるためや、小説の文章のリズムを整えるためにも用いられます。
格助詞(かくじょし)とは、主に名詞・代名詞などの体言に付き、その語が文の中で持つ意味の関係(格)を表す助詞のことをいいます。
係助詞(かかりじょし/けいじょし)とは、文中または文末に用いられて、問題や強調、疑問となる点などを示す助詞のことをいいます。
「をば」は古語の一つだが、現代語でも使われる
「をば」は古文や文語の詩歌に用いられた古語の一つですが、現代でもあえて古風な言い方をして印象を強めるために口語、文語ともに使われることがあります。例えば、「失礼をばいたしました」は、「大変に失礼をいたしました」といった意味で使われます。
「をば」は格助詞「を」に言い換えて訳す
「をば」が使われた古文を現代語に訳すときは、「を」に言い換えることができます。ただし、強調の意味合いやリズムが失われるときには、前後の文脈に応じて、そのまま残しても差し支えないといえます。
古文において「をば」が使われる例文を紹介
実際に「をば」は古文においてどのように使われているのでしょうか?『万葉集』や古い短歌などの例から紹介します。
『万葉集』の短歌の例文
八世紀末ごろに成立したとされる日本最古の和歌集『万葉集』から、「をば」が使われている歌を紹介します。仁徳天皇の皇后である磐姫皇后(いわのひめこうごう)が天皇を思って作った短歌です。
巻二(八七)原文:在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
読み下し:ありつつも 君をば待たむ 打ち靡く わが黒髪に 霜の置くまでに
(ありつつも きみをばまたむ うちなびく わがくろかみに しものおくまでに)現代語訳:このままこうしてあの方をお待ちしよう。豊かになびく私の黒髪が、霜が置かれるような白髪にかわるまで。
「あなたを」という意味で「君をば」が使われています。五・七・五・七・七の五句体の調子を整えるために使われ、君の語も強調されています。
藤原道長の短歌「望月の歌」
藤原道長(966年~1027年)が宴会の席で即興で詠んだとされ、「望月の歌」とも呼ばれる有名な短歌は「この世をば」から始まります。
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば
(この世は私のためにあるようなものだ。望月(満月)のように、何も足りないものはないのだ)
ここでも「この世をば」の「をば」は、五句体の調子を整えるために使われています。
森鴎外『舞姫』からの例文
森鴎外が、ドイツに1884年から4年あまり留学した時に執筆した『舞姫』の文章から、「をば」を用いた記述を抜粋してみます。小説の舞台は19世紀末です。
- 鍵をば入り口に住む靴屋の主人に預けて出でぬ
- 君を思ふ心の深き底(そこひ)をば今ぞ知りぬる
- 文をば否という字にて起こしたり
- 帽をばいつの間にか失ひ
- 「かくまでに我をば欺き玉ひしか」(セリフ)
「をば」は、「鍵をば入り口に」「帽子をばいつの間にか」など、現代語の「を」と同じ意味で使われています。
音を反復させてリズムを整える「をば」の使い方の例文
一つの文章の中で、「をば」を反復させて使うことにより、リズムが生まれている文章の例文を紹介します。
天をば黄金色ならしめ、海をば藍碧色(らんぺきしょく)ならしめ、海の上なる群れる島嶼(とうしょ)をば淡青(たんせい)なる雲にまがはせたり。
これは森鴎外が翻訳した『即興詩人』の中の一節で、大正から昭和前期の歌人である斎藤茂吉の『ヴエスヴイオ山 』にも、良い文章だと引用がされています。
「天をば… 海をば… 島嶼をば…」と繰り返すことによりリズムが生まれ、前に置かれたそれぞれの言葉が強調されています。
また、明智光秀(1528年頃~1582年)の有名な言葉にも「をば」が繰り返して使われています。
仏の嘘をば方便と言ひ、武士の嘘をば武略と言ふ。是を以て之を見れば、土民百姓は可愛きことなり。
(仏の嘘も武士の嘘も許されるのに、年貢をごまかした百姓だけを罰するのはおかしい。百姓の嘘など可愛いものではないか)
上記の言葉は、短縮されて「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う、百姓は可愛きことなり」と書かれることもあります。
まとめ
「をば」とは、格助詞「を」に、係助詞「は」の濁音「ば」が付いた連語で、動作や対象のものなどを、特に取り立てて強調する意図で用います。古文や短歌において使われる古語の一つで、リズムを整えるために繰り返して使われることもあります。意味としては「を」と同じ意味です。
現代でも「をば」を使うことがあり、「失礼をば」と止めて使うときは「失礼をいたします」の略語として使われ、「〇〇をばさせていただきます」などと言うときは、前の言葉を強調する目的で使われます。