「囚人のジレンマ」とその例は?ゲーム理論やナッシュ均衡も解説

ビジネスの戦略的意志決定や社会問題を論ずる場面で「囚人のジレンマ」という言葉が使われることがあります。ゲーム理論のモデルの一つですが、「囚人のジレンマ」とはどのような意味を持つのでしょうか?

この記事では、「囚人のジレンマ」の意味や日常例を解説し、「ゲーム理論」や「ナッシュ均衡」「繰り返しゲーム」など、囚人のジレンマを理解するために必要な理論についてもあわせて解説します。

「囚人のジレンマ」とは?

「囚人のジレンマ」とは”ゲーム理論”の一つ

「囚人のジレンマ」とは、経済学から生まれた”ゲーム理論”の中の理論モデルの一つです。ゲーム理論の中でも最も有名な理論が「囚人のジレンマ」で、「社会的ジレンマ」とも称されます。1950年に数学者のアルバート・タッカーが考案しました。

「囚人のジレンマ」は、別々に拘束された二人の囚人が、それぞれが合理的な選択をしたにも関わらず、お互いにとって望ましくない結果となるというジレンマを寓話によって説明したものです。

「ゲーム理論」における「囚人のジレンマ」は、経済学や社会学、政治学のみならず、哲学や文学、心理学にも大きな影響を与えました。「ゲーム理論」については、のちほど詳しく説明します。

「囚人のジレンマ」は二人の囚人の寓話で説明される

「囚人のジレンマ」とは、次のような寓話です。

共同で犯罪を犯した二人の人間が逮捕され、刑務所に拘留されています。警察は十分な証拠を持っていないため、取引を持ちかけます。二人は別室に隔離されており、お互いに相談することはできません。警察からそれぞれに提示された取引内容は次のとおりです。

  • 二人とも自白しなければともに1年の禁固刑となる。
  • 一人だけが自白したら、自白した者はすぐに釈放されるが、もう一人は5年の禁固刑となる。
  • 二人とも自白したら、ともに4年の禁固刑となる

この提案に対して、二人の囚人は「黙秘すべきか」「自白すべきか」という問題に突き当ります。相談ができれば二人とも自白せずに1年の拘留を選ぶのが合理的ですが、相手の出方がわからないため、相手が先に自白すれば自分だけが禁固5年となる恐怖にかられ、結局二人とも自白することになります。

相手を信頼できないため、お互いの協調を実現できない「囚人のジレンマ」

相手を信頼できないため、お互いの協調を実現できないジレンマが「囚人のジレンマ」です。

また、それぞれが自分の利益だけを追求すると、お互いにとって合理的な結果とならないこと、あるいは、個人が合理的に行動すれば社会はうまく回るはずだといった、素朴な合理性に対する矛盾を説明した「囚人のジレンマ」は、社会のあらゆる場面で起こりえます。

さらに、囚人のジレンマは、先に自白すれば、あなただけ無罪にしますよ、という人間心理の弱さをついた司法取引であるとも言えるため、人間の弱さを説明するために囚人のジレンマを用いることもできます。

「囚人のジレンマ」と同じ構造を持つ”共有地の悲劇”

社会的状況の中で起こった「囚人のジレンマ」は「社会的ジレンマ」と呼ばれます。社会的ジレンマの代表的なモデルに「共有地の悲劇」があり、その構造は「囚人のジレンマ」と同じです。

「共有地の悲劇」の原話は、羊(または牛)の放牧の寓話です。複数人の村人が共有地で羊を放牧し、羊をお金に換えていました。誰もがたくさんの羊にたくさんの草を食べさせようとしたため、やがて共有地には草が生えなくなって羊を飼えなくなり、全員が破産してしまいました。

共有地全体のことを考えて羊を減らす人がいると、羊を減らさなかった人の羊がたくさん草を食べて太るため、私利を優先した人が得をします。誰もが私利を優先したため、結果として誰もが利益を失った利得構造は囚人のジレンマと同じです。

このような社会的ジレンマは、地球の温暖化問題や、地球資源の枯渇問題など、地球という環境を共有する世界規模で起こる問題に適用できます。

「囚人のジレンマ」の例とは?

囚人のジレンマが生ずる例をいくつか紹介します。

経済活動の例:ファストフードの格安競争

客を獲得するために、ファストフードが格安競争に陥ることも「囚人のジレンマ」です。

相手より自分が価格を安く提供すると、客を増やすことができます。しかし相手も価格を安くすると、客数はどちらも高値のときと同じになり、お互いの利益は減少します。

環境問題の例:プラスチックのゴミ問題

近年話題となっているプラスチックのゴミ問題も「囚人のジレンマ」だといえます。誰もが便利で快適な使い捨てプラスチックの恩恵にあずかりたいのですが、環境問題を解決するためには脱プラスチックへの舵取りが必要です。

しかし脱プラスチックにはコストがかかります。そのため、企業側は値上げによる顧客損失を危惧します。消費者側は少しでも安いものを買いたいのが本音です。結果として誰も行動しなければ、事態は最悪となり、莫大な環境保護コストを全員が負担することになります。

身近な例:家族の家事分担

身近な例では、家族の家事分担にも当てはめることができます。例えばお風呂掃除を家族全員で分担している時、自分の時だけサボってしまうと、まじめにしている人の負担が大きくなります。最後には誰も掃除をしなくなり、家族全員が快適に過ごせない結果となります。

「ゲーム理論」とは何か?

「囚人のジレンマ」が提唱された「ゲーム理論」とはどのようなものなのでしょうか?ゲーム理論の概要と、その中で基本となる「ナッシュ均衡」と「繰り返しゲーム」についても紹介します。

「ゲーム理論」とは、ゲームに勝つための戦略的思考の理論

「ゲーム理論」とは、戦い(ゲーム)に勝つための、戦略的思考の理論です。経済や政治、社会などにおいて、互いの行動を予測しながら意思決定を行う様子がゲームに似ていることから、この名前が付けられました。具体的には、複数の人間や組織における意思決定を予測し分析します。

1944年に、数学者フォン・ノイマンと経済学者モルゲンシュテルンが『ゲームの理論と経済行動』を出版し、ゲーム理論に関する理論的枠組みを初めて提唱しました。

1994年にはジョン・ナッシュがゲーム理論の研究によってノーベル経済学賞を受賞し、2005年にもオーマンとシェリングが同賞を受賞しました。

さらに2002年にはジョン・ナッシュの伝記映画『ビューティフル・マインド』がアカデミー賞を受賞したことから、「ゲーム理論」のブームが起りました。翌年には日本でも一般向けの解説書が多数出版されました。

「ゲーム理論」はあらゆる戦略的意思決定が対象

自分の利益が自分自身の行動だけでなく、他者の行動にも依存する状況において意思決定を行う「戦略的意思決定」のすべてがゲーム理論の対象となります。

経済学においては独占市場を除くすべての分野に、また法学、生物学、社会学などあらゆる分野に応用できます。個人の社会生活においては、夫婦関係や恋愛、買い物や就職などに、また企業においては、M&Aや契約交渉、企業間競争に応用できます。国家の場合は環境問題や軍事競争、貿易交渉など、あらゆる場面が対象です。

囚人のジレンマを解決するためのゲーム理論

「ナッシュ均衡」によりゲームの結果を予測する

ナッシュ均衡は、ゲーム理論の中の基本的な概念です。お互いが最良となる戦略の組み合わせをナッシュ均衡と呼び、ゲームの解決策と考えます。戦略を立てる際に、ナッシュ均衡を使ってゲームの解の予測を立てることができます。アメリカの数学者ジョン・ナッシュが、1950年に論文で均衡の定義を発表しました。

「囚人のジレンマ」における「ナッシュ均衡」

「囚人のジレンマ」の例では、二人とも自白しない場合はナッシュ均衡ではありません。相手が自白する可能性があるならもう一方も自白した方がよいからです。

同様にどちらかが自白してもう一方が自白しないのもナッシュ均衡ではありません。どちらにも最良の結果ではないためです。二人とも自白する状況は、相手が先に自白するなら自分も自白しておいた方がよいということから、「お互いが最良の反応」であるということになります。

つまり、囚人のジレンマのナッシュ均衡による予測は、「二人とも自白する」です。しかし囚人のジレンマにおけるナッシュ均衡は、最適な結果ではないため、「ジレンマ」となります。

ナッシュ均衡やそれを発展させたモデルは現在も研究が積み重ねられています。

「囚人のジレンマ」を”繰り返しゲーム”によって解決する

「囚人のジレンマ」を解決できる方法が「繰り返しゲーム」です。囚人のジレンマのように、1回限りのゲームでは、先に説明したナッシュ均衡が最適の状態を達成できませんでした。しかし、無限回(あるいは長期間)ゲームを繰り返すことによって、お互いに協調する状態になり、ゲームを解決できることがわかっています。

「繰り返しゲーム」のポイント

仕入れ価格に連動して販売価格が頻繁に変更されるような、ガソリン販売を例に考えてみましょう。

仕入れ価格が上昇したときにA社だけが販売価格を据え置くと、同じ町のB社は客をA社に取られてしまいます。そこで仕入れ価格が上昇したときは、競合の相手と協力して同価格の値上げを行い、相手が協力する限りは協力を続けるが、相手が一度でも協力しなかったら(値上げを据え置きなど)、二度と協力しないという協調関係を保つことで解決を図るのが「繰り返しゲーム」です。

繰り返しゲームのポイントは、戦略的決定の基準を1回のゲームだけでなく、長期に累積する利得に焦点を当てることです。

まとめ

「囚人のジレンマ」は、経済学のゲーム理論の中で生み出された理論ですが、哲学的、倫理的な問いも含んでいます。他者を信頼することが双方の利益になる可能性が示されたとしても、人間は往々にして他者への不信感や目先の利益への誘惑から、他者を裏切る選択をしてしまいます。

また、自分のみの利益を求めることが、結果としては自己および全体の破滅に向かうことが多いことが論理的に説明できることも、人間や社会の本質をついていると言えます。

囚人のジレンマやゲーム理論の枠組みを使って、相手の出方を予測したり、社会問題の分析をしたりすることで、今まで見えていなかった人間の意思決定の誤謬や世界の構造が見えてくると言えます。