あなたの敬語は「貴台」?ビジネスでの正しい使い方

「あなた」は目の前にいる人への呼び掛けに用いる二人称代名詞の話し言葉です。しかし、不特定多数を対象としたアンケートなどで「あなたの好きな休日の過ごし方は?」のような文章を目にすることはあっても、面と向かって「あなたは…」と話しかけられることは意外と少ないのではないでしょうか。今回は、日本人が日常会話で「あなた」を使わない理由や、ビジネスで使う場合の注意点をまとめました。



「あなた」の意味と使い方

意味は「相手を尊敬して」使う口語

「あなた」の意味を辞書で調べてみると、「相手を尊敬して呼ぶときの口語(話し言葉)」「対等な立場の相手や目下の者に対して用いる丁寧な言葉」とあります。しかし、目の前の相手から「あなた」と呼びかけられて敬意を感じる日本人は少ないでしょう。むしろ、場合によっては不快に思う人も少なくないので使い方には注意が必要です。

昭和の映画などでは若者が目上の人を「あなた」と呼ぶシーンを見かけることもありますが、現在ではどう適切に使っても「失礼にならない」程度の表現であり、場合によっては慇懃無礼(いんぎんぶれい)な印象になることもあるため、お客さまや上司に対して使うことはできません。

もともとの「あなた」は方向をあらわす

日本語の人称代名詞には「あなた」のほかにも「そちら」「こちら」などがありますが、よく見るといずれも方向をあらわす言葉です。「山のあなた(かなた)」のように、「あなた」は広く“向こう側のエリア”を示す言葉でしたが、次第に「あなたは」といえば「あのお方は」とあちら側の人を指す言葉(遠称)として使われるようになりました。「あなた」が現代のように直接相手を示す二人称になったのは江戸後半になってからのことで、はじめは仲の良い男女間で使われていたようです。

「敬意逓減の法則」で敬意が減る

日本語の意味は日常生活の中で使われているうちに少しずつ変化しているものですが、敬語の場合は使われている間に摩耗し、敬語としてのニュアンスが次第に薄れてしまうことがあります。これを「敬意逓減(けいいていげん)の法則」といいます。

たとえば以前なら「ご連絡いたします」で十分だった敬語表現が「ご連絡さしあげます」となり、「ご連絡させていただきます」「させていただいてもよろしいでしょうか」「よろしかったでしょうか」「という方向でよろしかったでしょうか」のように、つねに新しい表現に言い換えられ、より婉曲な言い回しになるという現象です。

今ではほとんど蔑称と化している「御前(おまえ)」「貴様(きさま)」なども、本来は敬意をあらわす表現でした。中でも「お前さん」などは特に高い敬意を表していたようです。

日本語に英語の「YOU」は存在しない

独特の「察し文化」が根強い日本では、あまり好ましくない場面で指名されることを「名指し」といって敬遠したり、あえて主語を省略することで婉曲に表現したりするなど、伝統的に相手を直接示す表現を避ける傾向にあります。場合によっては「あなた(あんた)」と呼びかけられただけで指を指されたような不快感を覚える人もいるほどです。

では、「あなた」を言い表すときはどうすれば良いのかと考えてしまいますが、日本には敬意をあらわすべき相手を「あなた」のような二人称代名詞で呼ぶという文化がなく、英語の「you」にあたる呼称が日本語には存在しません。

女性が夫を呼ぶときの敬称

「あなた」は「そちら側」という意味から現在の「あなた」に近いニュアンスになり、やがて「あんた」と簡略化されて目の前の個人を指し示す二人称に落ち着きました。したがって、ごく親しい間柄では「あなた」も丁寧な表現になります。奥さんが夫を「あなた」と呼ぶケースは古くから見られますが、奥さんや子供に対して「あなた」を使う男性もいます。

複数形は「あなた方」

複数の人たちに向けて「あなた」を使う場合は、語尾に複数の人を示す「方(がた)」「達(たち)」を付けて「あなた方・あなた達」といいます。複数をあらわす接尾語には、ほかにも「ども(子ども・野郎ども)」「ら(あいつら・あれら)」「たち(友達・仲間たち)」などがあり、「あんたら・あんたたち」と変化します。

この中では「方」がもっとも丁寧な言い方になり、先生やお客さまは「先生方・お客さま方」ですが、相手が「先輩」「あなた」の場合は関係性によって「方・達」を使い分けます。

「あなた」を敬語で使うなら

名前や敬称で呼びかける

会話の中で目の前の「あなた」に直接呼びかけるときは「山田さん」「太郎さん」のように相手の名前を呼ぶことで敬意をあらわすことができます。親族名称(お父さん・お母さん・お兄さん)や先生、先輩、上司(役職名)など、ふさわしい名称がある相手にも、「あなた」ではなく肩書きで呼びかけるのが一般的です。さらに「山田先生」「鈴木先輩」のように個人名を付けることで、親しみを込めた丁寧な表現になります。

「あなた」を使った例文と言い換え

あなた様・貴殿・貴台など

相手との距離が近くなったことで敬語としての意味が薄れている「あなた」に尊敬語の「様(さま)」を足すことで、再び距離感を稼いでいるのが「あなた様」という表現です。

「貴殿(きでん)」は男性から男性に呼びかける際の手紙言葉です。「貴台(きだい)」は相手の家や所有する建物のことで、転じて「あなた」と同義で使われます。同じく男性が使う言葉として一般的です。いずれも書き言葉なので堅苦しい印象ですが、比較的よく使われている表現です。「汝(なんじ)」は目下の相手や親しい者に対して使う二人称代名詞で、同じくもともとは尊敬の意味があったようです。

「あなた」を使った例文

  • よろしければあなた様のご連絡先をお聞かせください。
  • 当サイトではあなたからのリクエストや感想をお待ちしています。
  • あなた様あてのお品物をお預かりしております。

まとめ

もともとは「そちら」をあらわし、相手への尊敬を込められた言葉だった「あなた」ですが、現在では相手に慇懃無礼な印象を与えるおそれもあります。相手を直接示す際には親しみを込めて名前で呼ぶか、役職などを言い表すことでその人の立場を認めるなどの配慮が大切です。