「あなた」は目の前にいる人への呼び掛けに用いる二人称代名詞です。相手を尊重して使う言葉とされていますが、相手やシーンを選ぶ言葉であります。ビジネスシーンではどのように使ったら良いのでしょうか。
今回は、「あなた」のビジネスでの正しい使い方を、敬語表現を用いた例文を用いながら解説します。
「あなた」の元々の意味と敬語表現とは?
「あなた」の意味は元々「相手を尊敬して」使う口語
「あなた」は元々「相手を尊敬して呼ぶときの口語(話し言葉)」でした。
しかし、現在では「失礼にならない」程度の表現であり、自分と対等または目下の相手を呼ぶ場合に使います。目上の人には使いません。
目上の人へは「あなた」ではなく名前や敬称を使う
目の前の人に使う代名詞「あなた」は、目上の人への使用には適しません。
目上の人に対しては、「あなた」ではなく「先生」「先輩」「役職名」などの肩書きや「山田さん」「太郎さん」のように相手の名前で呼びかけます。さらに「山田先生」「鈴木先輩」のように個人名を付けることで、親しみを込めた丁寧な表現になります。
丁寧な複数形は「あなた方」
複数の人たちに向けて「あなた」を使う場合は、語尾に複数の人を示す「方(がた)」「達(たち)」を付けて「あなた方・あなた達」といいます。複数をあらわす接尾語には、ほかにも「ども(子ども・野郎ども)」「ら(あいつら・あれら)」「たち(友達・仲間たち)」などがあり、「あんたら・あんたたち」と変化します。
この中では「方」がもっとも丁寧な言い方になり、先生やお客さまは「先生方・お客さま方」ですが、相手が「先輩」「あなた」の場合は関係性によって「方・達」を使い分けます。
ビジネスでつかえる「あなた」の敬語表現
口語や電話では「あなた様」
ビジネスシーンでは、口語や電話で相手の役職や名前がわからないときの代名詞として「あなた」に「様」をつけた「あなた様」が使われることが多いです。
- よろしければあなた様のご連絡先をお聞かせください
- あなた様あてのお品物をお預かりしております。
メールや手紙では「貴殿」「貴台」など
文書においては、「あなた」の敬語表現として「貴殿(きでん)」「貴台(きだい)」などが用いられます。
- 貴殿(貴台)におかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
- 貴殿のご意見を伺いたく存じます。
- 貴殿のご活躍をお祈り申し上げます。
もともと「貴殿」は男から男性に、女性に対しては「貴女」が用いられてきましたが、現在では性別にかかわらず使われるようになってきています。
なお、「貴台」は「貴殿」よりもより高い敬意を払った表現です。元々は相手の家や所有する建物のことで、転じて「あなた」と同義で使われるようになりました。
「あなた」に関する豆知識
元々の「あなた」は方向を表現
日本語の人称代名詞には「あなた」のほかにも「そちら」「こちら」などがありますが、よく見るといずれも方向をあらわす言葉です。「山のあなた(かなた)」のように、「あなた」は広く“向こう側のエリア”を示す言葉でしたが、次第に「あなたは」といえば「あのお方は」とあちら側の人を指す言葉(遠称)として使われるようになりました。
「あなた」が現代のように直接相手を示す二人称になったのは江戸後半になってからのことで、はじめは仲の良い男女間で使われていたようです。
「あなた」は夫を呼ぶときの敬称としても使われる
「あなた」は「そちら側」という意味から現在の「あなた」に近いニュアンスになり、やがて「あんた」と簡略化されて目の前の個人を指し示す二人称に落ち着きました。したがって、ごく親しい間柄では「あなた」も丁寧な表現になります。奥さんが夫を「あなた」と呼ぶケースは古くから見られますが、奥さんや子供に対して「あなた」を使う男性もいます。
「敬意逓減の法則」で敬意が減った
日本語の意味は日常生活の中で使われているうちに少しずつ変化しているものですが、敬語の場合は使われている間に摩耗し、敬語としてのニュアンスが次第に薄れてしまうことがあります。これを「敬意逓減(けいいていげん)の法則」といいます。
たとえば以前なら「ご連絡いたします」で十分だった敬語表現が「ご連絡さしあげます」となり、「ご連絡させていただきます」「させていただいてもよろしいでしょうか」のように、つねに新しい表現に言い換えられ、より婉曲な言い回しになるという現象です。
今ではほとんど蔑称と化している「御前(おまえ)」「貴様(きさま)」なども、本来は敬意をあらわす表現でした。中でも「お前さん」などは特に高い敬意を表していたようです。
まとめ
もともとは「そちら」をあらわし、相手への尊敬を込められた言葉だった「あなた」ですが、現在では相手に慇懃無礼な印象を与えるおそれもあります。相手を直接示す際には親しみを込めて名前で呼ぶか、役職などを言い表すことでその人の立場を認めるなどの配慮が大切です。