「ある人に私淑する」という言い回しがありますが、「私淑」の意味を勘違いして間違って使われることもある言葉です。
今回は「私淑」の意味と由来とともに、「私淑」の使い方と例文やよくある誤用について解説します。また「私淑」の類語や英語表現も紹介します。
「私淑」の意味と語源とは?
「私淑」の意味は”直接会わずに学ぶこと”
「私淑(ししゅく)」の意味は、“師と仰ぐ人と直接会って指導を受けたわけではないのですが、その人が著した著作などを通して学ぶこと”です。私淑する相手のとなる人は、師や先生などの肩書がある人とは限りません。尊敬したいと思える人が私淑したい相手となります。
そして私淑する相手に直接会えないというのも私淑の大切な意味のひとつです。直接会えない事情はいろいろありますが、会えない代わりに、私淑する相手の著作や作品などを通して考え方や思想、方法などを学びます。
「私」とは”秘密”、「淑」とは”慕う”という意味
「私淑」の「私」とは自分のことを指すのではなく公然ではないことや秘密であることという意味です。また「淑」は「慕う」という意味です。このような意味の漢字が連なって「私淑」という言葉ができていることから、「私淑」の意味を理解するときには、私淑する相手を慕っていて公然にはできない状態であることが大切になります。
「私淑」の語源は中国の儒学者”孟子(もうし)”の言葉
「私淑」は中国の儒学者である孟子(もうし)が発した言葉に由来すると言われています。孟子は儒学者で、儒教を学ぶための儒教の祖と呼ばれる孔子から儒学を学びたかったそうですが、孔子がすでに故人であったため直接教えを乞うことができませんでした。
その心境を言葉にしたのが次の通りです。
「子は私(ひそ)かにこれを人よりうけて淑(よ)しとするなり」
(『孟子』離婁下より)
この表現から「私淑」という言葉が生まれ、その意味は直接会えない師から学ぶという意味になりました。
「私淑」の使い方と例文とは?
「私淑する」で”会えないが師と仰いで学ぶ”
「私淑」を動詞化した「私淑する」という使い方はよく見聞きされます。直接会えない師と仰ぐ人から学ぶという意味で使い、遠方にいて会えない師から、または故人となった人を尊敬して、その人の作品や著作などの著したものから学ぶときに使われる表現です。
「私淑」のよくある誤用
「私淑」の間違った使い方として、ある人と向かい合って直接、指導を受けた場合に「私淑」を使うことです。
「私淑」の意味は師と仰ぐ人や尊敬している人の著作など間接的なものを通して学ぶことです。そのため直接会って指導を受けた場合に「私淑」は用いられません。
「私淑」を使った例文
「私淑」を使った例文をご紹介しましょう。
- 「ドイツの文豪ゲーテに私淑する」
- 「ドラッガーに私淑してきたものの、私の経営能力はまだまだ彼に及ばない」
- 「私は○○先生に私淑している。いつか会ってみたいものだ」
「私淑」の類語と例文とは?
「私淑」の類語として考えられるのは、師と仰ぐような立場の人から学んだことを意味する言葉です。ただし「私淑」のように直接会わないで学ぶという意味の言葉はないことから、「私淑」という言葉の特異性がわかります。
「私淑」の類語① :規範
「規範」とは、行動や判断をする上での基準という意味です。「規範」とは、ある一定のグループの中で行動や判断をするための基準のことですが、状況によっては、基準でなく理想型ともなり、規範として決められている通りに行動や判断をしようとします。
「私淑」の類語②:模範
「模範」とは、見習うべき手本という意味の言葉です。「模範にする」という使い方で模範となる対象から習い、時には真似などして学ぶことを説明します。
「模範」は直接的な指導の有無に限らず、学ぶ対象が見習う手本となればどのような状況でも「模範」が使えます。
- 「模範解答」
- 「模範を示す」
「私淑」の類語③:手本
「手本」とは、見習うべきことという意味で、規範や模範に共通する意味です。字を習うときなどに用いられて、手本となる字の通りに書いてその字の形を学びます。
「先生の字をお手本にして習字する」
「私淑」の対義語とは?
「私淑」の対義語は”親炙”
「私淑」の対義語は”親炙(しんしゃ)”です。「親炙」とは”親しく接して感化や影響を受けること”で、「私淑」同様孟子の言葉が由来となっています。
「而(しか)るを況(いわ)んや、これに親炙(シンシャ)する者に於いてをや」
(『孟子』尽心下より)
聖人の言葉は百代以上後の世代の人にも影響を与えるほどだから、「親しく接した人ならその影響はなおさらだ」という一節です。
「私淑」の英語表現と例文とは?
「私淑」は意味から英訳する
「私淑」を一語で表せるような英単語はないため、「私淑」を英語で表すときにはその意味を英訳することになります。
例えば、”learning through the works of the person whom I respect”(和訳:尊敬する人が著した著作などから学ぶこと)や”being influenced by the person through his works”(著作などから影響を受けること)などです。
「私淑」の意味を考えてかみ砕き、そのかみ砕いた言葉を英語に置き換えるようにして訳してみましょう。
”I am learning through the works of the person whom I respect”
「私は私淑する」
まとめ
「私淑」とは会って直接指導を受けたことはないが、その人の著作などを通して学ぶことという意味です。ただ尊敬する人から学ぶという意味ではなく、会えない相手から学ぶという点がポイントです。
「先生に言われたことを生活の規範にして行動する」