自分にとって誰よりも大切な人や愛する誰かを、ある物事がきっかけで突如として憎んでしまうことはありませんか?「可愛さ余って憎さ百倍」とは、人間の心理が真逆に働いてしまうことを皮肉にうたった表現ですが、正しい意味や使い方を知っておけば、日常生活でも適切に使うことができます。
ここでは「可愛さ余って憎さ百倍」の意味や使い方の注意点、類語や心理について解説します。
「可愛さ余って憎さ百倍」の意味とは?
意味は「可愛いと思えば思うほど憎しみが強くなる」
「可愛さ余って憎さ百倍」とは、相手を可愛いと思えば思うほど、相手への憎しみが膨らみ強まっていくことを例えた言葉です。
相手に対し、今までは可愛いと思う感情が強かったのに、一度憎しみの念が心に宿ってしまうと、ことさらその憎しみの度合いが強まることを表す言葉です。
「可愛さ余って憎さ百倍」は真逆の心理が関係することわざ
「可愛さ余って憎さ百倍」には「可愛いと思う気持ち」と「憎いと思う気持ち」の二つの真逆の心理が同時に存在しています。これは、愛情と憎しみは表裏一体であることを表し、ある物事や事象が要因となって、人の心理はいくらでも変わることがあることを示しています。
つまり、今まではずっと何より「可愛い」と感じていたものでも、一度「憎い」という心が生まれることで、その大きさは想像以上に膨れ上がっていく、という激しい感情の上下を象徴することわざでもあります。
「可愛い」は外見や見た目という意味ではない
「可愛さ余って憎さ百倍」での「可愛い」とは、「目が大きくて可愛い」「デザインが可愛い」という外見や見た目での「可愛さ」という意味ではなく、誰かに対する「愛情」や「大切に思う気持ち」というニュアンスを持ちます。
つまり、このことわざの「可愛い」が意味するところは「キュート」では、なく「ラブ」の方です。
「可愛さ余って憎さ百倍」の使い方と例文
子供・恋人をはじめ同僚や部下に使われる
「可愛さ余って憎さ百倍」がよく使われるのは、子供や恋人など、自分が心から愛する気持ちを持つ人に対して、という場合が多いです。しかし、プライベートでは大切な友人に対して使われたり、職場での同僚や部下に対して用いることもあります。
「可愛さ余って憎さ百倍」を使う時の心の状態は「いつもは可愛いと思う人」「ずっと愛している人」というように、第三者的な人ではなく「特別な愛情を持つ人」です。そのため、愛情を持って接してきた恋人や友人、また会社の仲間など対しても使うことがあるでしょう。
「憎しみの方が何百倍も強い」という意味で使わない
このことわざの使い方で注意したいのは、可愛いと思う気持ちよりも、憎いと思う気持ちが何百倍も強いというように、相手に対しての強烈な憎しみだけを強調する意図で使わないということです。
「可愛さ余って憎さ百倍」という心理が働くスタート地点は「いつもは可愛いと思っていること」で、憎悪の念や嫌いだという感情ではありません。「愛情」があるからこそ、憎しみもその分強くなるという感情の上下を表す言葉であるため、「相手への愛情はあるが、憎しみはその何百倍もある」という意味で使わないようにしましょう。
「可愛さ余って憎さ百倍」を使った例文
- 5年も付き合っていた彼に浮気されたら、突如として憎悪の念が湧いてきた。これって、可愛さ余って憎さ百倍のことだよね。
- 可愛さ余って憎さ百倍とはいうけど、愛する我が子が学校でいじめをしていると聞いて、怒りの念が込み上げてきた。
- 入社から可愛がっていた新人がミスをしてしまった。可愛さ余って憎さ百倍ではないが、「何てことをしてくれたんだ」という怒気に溢れたのは言うまでもない。
「可愛さ余って憎さ百倍」の類語は?
「可愛さ余って憎さ百倍」の類語は「愛憎は紙一重」
「愛憎は紙一重」とは、愛と憎しみの境がほとんどなく、ごく僅かな隔たりによって重なっていることを意味します。つまり、愛が突如として憎しみに変わることがあることをたとえた言い回しです。
「可愛さ余って憎さ百倍」は、愛があるからこそ、憎しみが百倍にも膨れ上がるといっった心理の逆作用を表す時に使われますが、「愛憎は紙一重」は愛と憎しみは切り離すことができないというニュアンスで使われます。
- 昨日は愛してる、今日は嫌いという彼女。愛憎は紙一重である。
- 愛憎は紙一重というように、妻に焼きもちをやかせてはいけない。
「逆恨み」も「可愛さ余って憎さ百倍」の類語と言える
「可愛さ余って憎さ百倍」の正式な類語ではありませんが、愛が憎しみ変わるプロセスを表す言葉には「逆恨み」「方恨み」などがあります。
相手への思いがあるからこそ、「逆恨み」や「方恨み」といった心理が働くと考えれば、これらの語句も類語に近い感覚で解釈できそうです。
- 彼女を裏切ってから、逆恨みが始まった。
- 方恨みもいいところだ。ちょっと仲間と飲みに行っただけなのに。
まとめ
「可愛さ余って憎さ百倍」は、愛と憎しみは表裏一体であり、愛するが故に憎さや憎悪の念が増す人の心理を表したことわざとなります。
ずっと可愛がっていた人や心の底から愛していた人に、裏切られたことはありませんか?その時の感情のドロップダウンは凄まじいものです。しかし、可愛いからこそ、大切にしているからこそ、憎しみの心が増してしまうと考えれば、愛されているという実感が湧いてくるかもしれません。