「そちら」は敬語として正しい?ビジネスでの使い方と注意点

日常会話の中で何気なく使われている「そちら」という表現は、一般に「改まり語」と呼ばれている言葉づかいのひとつです。自分から少し距離の離れた目の前の人(あなた)を指し示したり、手の届かないところにある「それ」を丁寧に表現した言葉ですが、正式な敬語とは区別されています。

今回はフォーマルやビジネスなどの改まったシーンで「そちら」を使うときに気を付けたいことや、具体的な使い分けの方法などをまとめて紹介します。

「そちら」は敬語として使える?

「そちら」は「改まり語」で丁寧表現として使える

「そちら」は社会人がマナーとして身に付けたい「改まり語」のひとつで、自分から少し離れたものや人を指す「それ(其れ)」「そっち」などを丁寧に言い換えた言葉です。「改まり語」とはいっても尊敬語や丁寧語といった正式な「敬語」とは異なり、日常語を耳触りよく言い換えたり、聞き違いを避けるために配慮された言葉のことを広く意味しています。日常語を敬語に変換する際には基本となる言葉づかいです。

会社で使える「そちら」以外の改まり語

「改まり語」には、たとえば「送る」「作る」などの簡単な動詞を「送付する」「作成する」のような熟語に直すことで丁寧な印象になり、聞き手にとってイメージしやすくなるというメリットがあります。また、「太った人」を「ふくよかな方・恰幅(かっぷく)のいい方・体格のいい方」と表現したり、「やせた人」を「スレンダーな方・スリムな方」といった具合に、ストレートな言い方を極力避けることで対話をスムーズにするという効果もあります。

「そちら」を漢字にすると「其方」

「そちら」の本来の意味は位置や方向をあらわすための指示代名詞です。漢字で書くと「其方」で、意味は「其(そっち)」の「方(方角)」です。日本語の一人称は「私(わたし)」ですが、英語の「you」に対応する明確な二人称は存在しないといわれていますが、唯一、二人称と思しき「あなた」も、本来の意味は「彼方(かなた)」で、やはり「あちらの方」と方向を示す言葉が由来です。

いずれも「直接相手を指すのは無作法」という日本特有の慣習が由来するもので、もとは上流階級の間で使用されていました。庶民は「此方人等・其方等(こちとら・そちとら)」と言ったようです。

指示代名詞「こちら」と「そちら」の使い分け

場所や人をあらわす「代名詞」は4つ

先述のように、直接的な表現を嫌う日本語では「そちら・こちら」のような場所を示す指示代名詞をそのまま人称代名詞として使用するのが一般的になっています。「こ・そ・あ・ど言葉」とも呼ばれる代名詞には、自分との距離に応じて4つの系列タイプがあり、まず自分に近い方が「近称(こちら)」、遠い場合は「遠称(あちら)」であらわします。「中称(そちら)」はその中間で、「あちら」ほど遠くはないものの「こちら」でもないという場合の表現です。そのいずれにも特定できないときは「不定称(どちら)」です。

「そちら」を使った「バイト敬語」に注意

人を指示代名詞であらわすだけでも遠回しですが、近年では「そちらのほうになります」「こちらが、〇〇のほうになっております」など、さらにデコラティブな言い回しも出現しています。こうした「ビジネス方言」「バイト敬語」を口走ってしまう人が絶えない理由は、表現が婉曲的になればなるほど丁寧に聞こえる・謙虚に感じられるという日本語ならではの法則を発動させてしてしまうためです。

「そちらのほう」は敬語ではなく「言葉癖」

「そちらは本日の日替わりランチの方になります(そのように称しているシロモノです)」「そちらが本日の資料的なものになっております(資料と呼べるほどのモノではありませんが)」と対象物をできる限りボカすことで謙遜をあらわしているわけですが、度を超えて腰が引けたような態度は評判が良くありません。多少自信がない場合でも「ランチです」「資料です」と短く言い切ってしまったほうが印象が良くなります。

「そちら」の使い方と例文

「そちら様」の使い方には注意が必要

「そちら様」は、「そちら」に敬称の「様」を付けることで不特定多数の相手を指し示すときに使う人称代名詞で、「あなた様」よりもさらに距離感のある表現です。本来の意味としては失礼になる要素はありませんが、「そちら」を人称に使う場合はすこし注意が必要です。

かつて希少な趣味を共有する仲間同士でありながら互いを「お宅」と呼び合う人たちが「ヲタク」の蔑称で呼ばれたように、「そちら」と「こちら」という対等な立場を保ちつつ、相手との距離を詰めようとしない態度を好ましくないと感じる人が多いためです。

電話やメールでは言い換えを使う

目の前の人や電話口の相手を二人称で「そちら」「そちら様」と呼んでも不快感を与えずに済むとすれば、初対面で相手の情報がない状態から対話を始めるような場面に限られるでしょう。その場合でも「失礼ですが、そちら様は」とクッション言葉が必要です。ある程度相手のことが分かったら「お客さま」などの親しみやすい表現に言い換えるか、名前が分かっている場合は敬意を込めて「(苗字・役職)様」と呼びかけましょう。

「そちら」を使った三人称の例文

  • この書類をそちらの皆さんにお渡しください。
  • そちらの方にマイクをお渡ししてください。
  • そちらの方を私に紹介していただけませんか。

まとめ

「そちら」は場所をあらわす指定代名詞で、人称代名詞としても使用されている「改まり語」です。モノや場所を指定する場合には敬語の基礎となる大切な言い回しですが、人称に使う場合にはすこし注意が必要です。とくに一人称として使用する場合は不遜な印象になりやすいため、へりくだるべき相手に対しては別の表現を使いましょう。