「アジテーション」の意味や使い方とは?医療語やプロパガンダも

「アジテーション」は「プロパガンダ」とともに使われることが多い言葉ですが、過激な政治活動が行われなくなった現代の日本では、その意味を知っている人は少なくなったようです。

この記事では、「アジテーション」の意味や語源の英語の意味、加えて使い方やプロパガンダの意味との違いについて解説します。

「アジテーション」とは?

「アジテーション」の意味は”扇動・ある行動を起こすように煽ること”

「アジテーション」の意味は、“扇動・ある行動を起こすように煽ること”です。英語の「agitation」を語源とするカタカナ語です。「扇動」とは、人の気持を焚きつけたり、煽り(あおり)立てたりして、ある行動を起こすようにしむけることをいいます。

特に、政治的意図を持って大衆に向けて強い調子で演説を行ったり、そのような文章を書くことによって人々を扇動したりする行動について、報道や新聞などにおいて「アジテーション」の表現が用いられます。

単なる「演説」との違いは、大衆の不満などに訴えかけて気持ちを揺さぶり、行動を起こすように「煽る・焚きつける」といった側面が大きいことです。

医療用語では「認知症に伴う行動障害」を指す

「扇動」の意味で使われるアジテーションの語は、医療用語では全く別の意味で使われています。英語の「agitation」には、「扇動」の意味のほかに”動揺・興奮”という意味もあり、医療用語のアジテーションは後者の意味に由来しています。

特に認知症に伴う行動障害である「興奮」や「不穏(ふおん)」の症状をアジテーションと呼びます。具体的には、行動が過剰で落ち着かない状態や、気持ちが不安定で危険をはらんだ状態です。

語源の英語「agitation」の意味は「扇動・興奮」

アジテーションの語源である英語「agitation」の意味をまとめて確認しておきましょう。「agitation」には”扇動”と”興奮”の2つの意味があります。人々を焚きつけたり感情を煽ったりすることを目的として行う活動を表現するときのアジテーションは「扇動」の意味から派生したもので、認知症による興奮状態を表現するときのアジテーションは「興奮」の意味から派生したものです。

「アジテーション」の使い方と例文とは?

大衆の不満を煽るような演説を「アジテーション」と表現する

「アジテーション」とは、人の気持ちを煽りたてる扇動の意味を持つ言葉であることを説明しましたが、具体的には、大衆の不満を政治的な意図のもとに煽ったり、意見の対立する相手を挑発するような演説や発言を行うことを「アジテーション」と表現します。

例文をあげると、「かの国の大統領の演説はまるでアジテーションだ」「あの政治家の発言はアジテーションに他ならない」などと主に文語的表現として使います。

口語では「アジる」と動詞化されて使われる

アジテーションを行うことをかつては口語で「アジる」と表現することがありました。アジテーションの「アジ」を動詞化した言葉です。

「アジる」は、戦後の安保闘争や1960年代に盛んとなった全共闘運動などの時代に、学生運動の盛り上がりとともに多く用いられました。たとえば、扇動演説を行いに出向くことを「アジりに行く」と言ったり、扇動活動のことを「ビラをまいてアジる」などと表現しました。

近年は過激な学生運動や政治活動が行われなくなったことから、アジテーションが身近なものではなくなり、「アジる」というような表現も使われなくなりました。

「アジテーション」と「プロパガンダ」の違いとは?

「プロパガンダ」とは”政治的意図を持つ宣伝”の総称

「アジテーション」に似た意味を持つ言葉に”プロパガンダ”があります。英語「propaganda」を語源とするカタカナ語で、”政治的意図を持つ宣伝や主義・思想などの宣伝”のことをいいます。

具体的には、政治的な考えや思想、特定の主義や宗教的背景を持つ教義などを一方的に喧伝し、個人や集団に影響を与えて意図した方向へ誘導しようとする活動を総称する表現です。

「プロパガンダ」が「政治的意図を持つ宣伝」を総称する言葉であるのに対し、「アジテーション」はプロパガンダの一環である扇動のための演説や文章を書く行為に対して使われる表現です。

まとめ

「アジテーション」とは、一般的には「扇動」の意味で用いられ、特に政治的・思想的意図を持って大衆を煽る目的で行われる演説のことを指します。過激な発言に対して、「それではまるでアジテーションだ」と批判的・比喩的に用いられることもあります。

語源の英語「agitation」には、「扇動」のほかに「興奮」の意味もあり、医療用語としては「認知症による興奮状態」を指す言葉としても使われています。

また、過激な学生運動や政治活動が盛んだった1960年代には、「アジテーション」を行うことを「アジる」と表現することもあり、「アジ」は身近な言葉でした。しかし時代の流れとともに、「アジテーション・アジ」とも、現代ではあまり使われない言葉となっているようです。