おかあさんが小さい子供に苦手なものを食べさせようとして、「野菜も食べないと大きくなれないよ」「たくさん食べた子にはサンタさんがご褒美をくれるらしいよ」といった他愛のない作り話をすることがありますが、そんな風にすこしだけ事実とは違う「罪のない嘘」のことを「嘘も方便(うそもほうべん)」といいます。今回は、わたしたちが渡世術としてほぼ無意識に使っている「嘘も方便」について掘り下げます。
「嘘も方便」の意味と間違えやすい言葉
「嘘も方便」の意味は「便宜的な手段」
「嘘も方便」の意味は、「便宜的な手段」です。「ものごとがスムーズに運ぶためには、嘘が必要なこともある」とか、「大きな善行を成し遂げるためなら、小さな非行は許される」という意味のことわざです。つまり「目的を達成するための使う便宜的な手段」をあらわし、あくまでも相手の利益になることを前提に、やんわりと嘘を肯定している表現です。
「方便」と「詭弁」の違い
「嘘も方便」は、「詭弁(きべん)」と混同されることがありますが、詭弁をひとことで言うと「こじつけ」とか「無理な言い訳」という意味で、本来筋の通らないことを無理矢理に正当化することです。「嘘も方便」の意味は「嘘も目的を達成する手段のひとつ」なので、互いに異なる意味の言葉です。
「嘘も方便」には2つの由来がある
「嘘も方便」の由来① 仏教用語
「方便」はもともと仏教から生まれた言葉で、「仏でも衆生を教え導くためには嘘をつくことがある」との言い伝えを由来としています。一般に、嘘は「本当でないこと・正しくないこと・事実でないこと」で、社会通念上はもちろん良くないことですが、もう一方の「方便」は単なる嘘ではなく、「真実でもないが嘘でもない」というとても微妙なものです。
「方便」の語源は「ウパーヤ(upaya)」
「方便」の語源はサンスクリット語の「ウパーヤ(upaya)」で、「(目的に)近づく」という意味にあとから漢字を当てたものです。
「ウパーヤ(方便)」は、解脱(悟り)のために必要な仏の智慧「般若(はんにゃ)」を体得する手段として欠かすことができないものとして、位置づけられています。
「嘘も方便」の由来② 「有相 方便(うそう ほうべん)」
「嘘も方便」は、同じく仏教に由来する「有相方便(うそうほうべん)」という言葉を茶化したものだともいわれています。「有相」とは形あるものという意味で、対義語は形をもたない「無相(むそう)」です。仏が伝えようとする真理は形のないもの(無相)なので、そのままでは人間が理解することはできません。それを言語や絵画、仏像などの目に見える形(有相)にしたものが、真実ではないが真実に近い「方便」です。
「嘘も方便」の類語と対義語
「嘘も方便」の類語は「嘘は世の宝」
「世渡りのためには嘘をつくことも大切」と教えることわざは多く、「嘘も誠も話の手管(てくだ)」「嘘も追従も世渡り」などのほかに、「嘘は世の宝」とまで言うものもあります。現在では「敢えて本当のことを言わない」と「事実と違う偽りを語る」は同じ「嘘」ですが、古くは使い分けられていたという説もあります。
「嘘も方便」の対義語は「嘘は泥棒のはじめ」
「嘘は泥棒のはじめ(嘘はどろぼうのはじまり)」とは、簡単に嘘をついていると、そのうち人のものを盗むことも簡単にできるようになるよという戒めの言葉です。
「嘘も方便」の実際の使い方
「嘘も方便」は相手の心配を他に逸らせることが目的で使われる
わたしたちは日ごろから結構な頻度で「嘘も方便」を使っています。
「大丈夫です」「そんなことないです」「秒で終わります」「あと5分寝かせて」「残念ですが先約があって」「また連絡するね」などはその典型で、とりあえず相手の批判や心配をほかに逸らせることが目的です。このように、嘘とまでは言えないが真実とも少し違うのが「嘘も方便」で、「モノは言いよう」などと表現されることもあります。
「嘘も方便」は映画の中にもたくさんあります。中でもとくに代表的な人気作「La vita è bella(邦題:ライフイズビューティフル)」は第二次世界大戦下のホロコーストを舞台にしたイタリア映画で、家族を恐怖心と絶望から守るために方便を使う父親が主人公の物語です。
「嘘も方便」を使った例文
「嘘も方便」を使った例文をご紹介しましょう。
- 我が家では、夫が私の初恋の相手ということになっている。夫婦円満のキーワードは「嘘も方便」だ。
- カノジョいわく、女性に「いつもきれいだね」と言うと本当に美しくなるらしい。まさに嘘も方便ってやつだ。
「嘘も方便」の英語表現
「嘘も方便」の英語は「A lie is often expedient.」
- The end justifies the means.(結果は手段を正当化する)
- A lie is often expedient.(嘘はしばしば方便である)
いずれも慣用句で「嘘も方便」とほぼ同じ意味です。「expedient」は「便宜的な手段」という意味の単語で、その場しのぎ、ご都合主義、功利主義といった批判的なニュアンスもあることから、より「嘘も方便」に近い印象です。
まとめ
「嘘も方便」とは言いますが、嘘と方便は別のものです。「方便はどこまで許されるか?」と議論されることがありますが、違法行為は論外としても、真実から離れているという点では嘘も方便も違いはありません。ただ咎めることのできない嘘のことを、わたしたちは「方便」と呼ぶのではないでしょうか。「嘘も方便」をより良い人間関係と豊かな人生のためにお役立てください。