「是々非々」の意味と由来は?ビジネスでの使い方と類語・反対語も

「是々非々」という四字熟語があります。「是」と「非」を使う表現には「是非」や「是非是非」また「是が非でも」などがありますが、意味の上でどのような違いがあるのでしょうか?

ここでは「是々非々」の読み方や由来のほか、ビジネスを中心とした使い方とその例文を紹介します。また類語や英語フレーズについて解説しましょう。

「是々非々」の意味と読み方とは?

「是々非々」の意味は「物事の良い悪いを判断すること」

「是々非々」とは「物事の良い悪いを適切に判断すること」を意味します。良いことは良いと認め、同様に悪いことは悪いと認めることを表します。

日々の生活の中には、道理にかなうことや正しいこと、そして不正や間違っていることが存在します。それらを個人の感情を抜きにして、客観的に「良い、悪い」と判断することが「是々非々」です。

そもそも「是々非々」の「是」は「道理にかなうこと」「一般が良いと認めること」、「非」には「道理に合わないこと」「正しくないこと」を意味します。この二つの言葉を強調の意図を含め「々」を使って綴る四字熟語が「是々非々」となります。

「是々非々」の読み方は「ぜぜひひ」

「是々非々」の読み方は「ぜぜひひ」です。一般的に広く使われる「是非=ぜひ」という言葉と同じく「ぜぜひひ」と繰り返し発音します。「是々」を「これこれ」、「非々」を「ひび」などと誤読しないように気を付けましょう。

「是々非々」の由来は「荀子」

「是々非々」は「荀子(じゅんし)」を由来とする言葉です。「荀子」は戦国時代の高級官僚で、思想家としても活躍した人物でもあります。そして「荀子」の著作に同名の「荀子」があり、ここで中心的に唱えた「性悪説」が「是々非々」の語源と言われています。

そもそも「性悪説」とは「本来の人の性は悪で、それが善になるのは努力の結果」という主旨を綴ったもので、孟子の「性善説」に対して唱えられた一説です。ちなみに「性善説」は「人は本来的に善であり、努力によってそれが開花する」というものであるため、完全なる逆説というには語弊があるかもしれません。

「是々非々」は「荀子」でまとめられた内容を土台にして生まれた言葉です。「善は善、悪は悪」「正は正、不正は不正」という極限なる分別を明らかにした一説だとも言えます。

「是々非々」の使い方と文例

「是々非々」は公平な姿勢を示す時に使われる

「是々非々」は私的な感情を挟まず、世間一般的に公平で、偏りのない判断を行う時に使われます。周囲との絶ちがたい関係やしがらみなどにとらわれず、客観的な観点でものごとの善悪を公表する時に使うのが適切です。

たとえば、職場で仲の良い同僚が部下に対してハラスメント的な行為をしたとします。自分と同僚とは信頼関係もあり、互いに助け合ってきた仲間でもありますが、第三者から見ても善の行為とは言えません。

本心としては苦楽を共にした同僚をかばうために、目をつぶりたいところでしょう。しかし、同僚が行ったことは道理的に見ても客観的に間違っています。このようなシーンで「是々非々」を使うことで、公平な態度を周囲に示すことができます。

「是々非々」はビジネスリーダーに求められる姿勢

ビジネスシーンでは、会社の経営者をはじめ、リーダーや上司に必要なスキルとして「物事を公正を見極め行動する」という点が挙げられます。ビジネス環境において利己的に考えたり、道理に背いて活動することは決して良いとは言えないからです。

「是々非々」を使う状況は、物事の判断を求められた際や自分の立場、周囲の雰囲気、他人の意見や評価などに流されないという態度を表す時です。

「是々非々」は企業において重要なポジションにある人、また一般的なビジネスリーダーが掲げる姿勢でもあるため、日々心がけたい事柄として挙げることがあります。

「是々非々」は非は非であると認めること

人というものは私的な感情が入ると、良いことを良いと認めなかったり、非を非と認めなかったりすることがあります。中世的な立場を忘れて、ついつい自分の趣向に偏って結果を導きたるなるからです。

一般的に、良いことや正しいことはそうだと認めることが多いでしょう。しかし「非」や「不正」に関しては、正直なところ認めたくないという場合もあります。

「是々非々」は主に「非は非であると認めなさい」ということでもあり、そうするべきだという教えでもあると言えます。そういったことから、誤りや間違いから逃げず、非を受け入れて正しなさいというメッセージとして使うことがあります。

「是非」や「是が非でも」との違いを理解する

「是々非々」と似たような表現に「是非」や「是が非でも」があります。しかし、これらは「是々非々」と異なる意味を持つため、正しく使い分けることが大切です。

まず「是非」は相手に物事を頼む時に「強調の意図で使われる」表現です。そのため「是々非々」が持つ「善悪を公平に判断する」という意味は含まれていません。

また「是が非でも」は「善悪に関わらず」「何が何でも」という意味があります。つまり「是が非でも」は「良かろうが、悪かろうが関係ない」というニュアンスを持つ言葉です。

誤用の比較

〇 是非、契約を結んでいただけないでしょうか?
× 是々非々で、契約を結んでいただけないでしょうか?

〇 是が非でも、志望校に合格したい。
× 是々非々で、志望校に合格したい。

このように、使い方を誤ってしまうと相手に意味が通じなくなってしまいます。誤解や混乱を避けるためにもそれぞれの意味を正しく理解しておきましょう。

「是々非々」を使った文例

  • 政治の世界では、どのような立場にあっても是々非々を貫くことが重要である
  • 子供が学校でイジメにあったので、親としても是々非々の対応を求める姿勢だ
  • しがらみの多い社会で是々非々の態度で臨むのは、非常に勇気のいることだ

「是々非々」の類語とは?

「信賞必罰」は「賞や罰を厳正に行うこと」

「信賞必罰(しんしょうひつばつ)」とは、「賞や罰を厳正に行うこと」を意味します。優秀な成績や輝かしい功績を挙げた人には「賞」を与え、罪や不正をおかした人には「罰」を与えるという意味があります。

つまり、「事実に基づいて正しく評価する」「私情を挟まず公平に賞罰を行う」という意味で使われます。

「厳正中立」は「厳しく公正を守ること」

「厳正中立(げんせいちゅうりつ)」とは「厳しく公正を守ること」を意味します。どのような状況であっても両社のどちらかに偏らず、中立な立場をとって行動することを表します。

「厳正中立」は「是々非々」に比べて「物事の良し悪しを判断する」というニュアンスが薄く、むしろ「両社の真ん中に位置する」という意味合いが強いです。「是々非々」と同様に、物事を公平に判断する時に取る姿勢の一つでもあります。

「公明正大」は「不正や隠し事がないこと」

「公明正大(こうめいせいだい)」とは「不正や隠し事がないこと」を意味します。私心を挟まず、客観的に見て明らかで隠し立てのないさまを表します。

「公明正大」が主に意味するところは、公平であることに加え、姿勢や態度が堂々としている点です。何かを評価したり、物事を品定めする時に、明確で偽りのないことを示す時に使われます。

「是々非々」の対義語・反対語とは?

「専断偏頗」は「自分一人で勝手に決めること」

「専断偏頗(せんだんへんぱ)」とは「自分一人で勝手に物事を決めること」を意味します。客観的な考えを持たないまま自分勝手に物事を判断したり、一人で良いと思い込むことを表します。「是々非々」の反対語として使える四字熟語でしょう。

「独断と偏見」は「自分の趣向のみで物事を決める」

「独断と偏見(どくだんとへんけん)」とは、「自分の好みや考えだけで物事決めること」を意味します。物事の選考や判断基準が公正を期したものではなく、あくまで個人の好みによって決められることを表します。

多くの場合「自分の嗜好のみで決める」という意向を、周囲や相手に断る目的で使われます。

「是々非々」を英語で表すと?

「是々非々」は「fair」を適切に使うのが鍵

「是々非々」を一言で正確に表すことは難しいですが、「公平に判断する」という点に着目してセンテンスを組み立てると良いでしょう。ここでの鍵は「fair(公平)」という単語を適切に使うことです。たとえば、「fair judgement」の意味は「公平・公正な判断」となります。

その他、「fair」の部分を「equitable(公正な)」「unprejudiced(偏見のない)」などに言い換えることもできます。

「是々非々」を使った例文

  • It is important that they should stick with the spirit of fair judgement in politics.
    政治の世界では、是々非々を貫くことが大切である。
  • I was surprised how equitable my boss has been when it comes to the judgement.
    部長の是々非々の姿勢に驚いた。

まとめ

「是々非々(ぜぜひひ)」とは「物事の良い悪いを公平に判断すること」を意味します。自分の置かれた立場や世間体、周囲の雰囲気や多数決などにとらわれず、正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると公表することを指します。

「是々非々」の類語である「厳正中立」や「公明正大」も物事を公平にとらえ、良し悪しを判断する場面で使われます。あわせてマスターしましょう。