「背水の陣」ということわざは、切羽詰まった状態の中、決死の覚悟で戦うことを表現する言葉。中国の書物が由来の故事成語ですが、本当の意味は少し違うとも言われています。
ここでは「背水の陣」の意味や使い方と例文について解説します。類語や英語表現について、また由来となった原文や現代語訳も紹介しましょう。
「背水の陣」の意味や由来は?
意味は「逃げ場がなく切羽詰まった状態」
「背水の陣(はいすいのじん)」とは、逃げ場がなく切羽詰まった状態という意味です。
「背水」とは水を背にすることで、「陣」とは軍隊を配置すること。川や海など水がある場所を背にして軍隊を配置するということは、後ろに逃げ場がない状態で戦うことをさしています。
そのため「背水の陣」は、逃げ場がなく困難な状態の中を決死の覚悟で目の前のことに取り組んだり戦ったりするという意味で使われます。
「背水の陣」の由来は中国「故事成語」
「背水の陣」は故事成語(こじせいご)のひとつで、古代中国の歴史書「史記」の一節「淮陰侯列伝(わいいんこうれつでん)」の物語が由来になっています。故事成語とは、中国の古い出来事や古典と呼ばれる書物が元になった教訓や戒めの意味を含む言葉のことです。
前漢の時代、名将であった韓信(かんしん)が趙(ちょう)の軍隊との戦いにおいて、川を背にして軍隊を敷きました。自軍の兵に対し後ろに逃げ場はないという状態を作り決死の覚悟をさせることで勝利をおさめたという話が「背水の陣」の決死の覚悟で戦うという意味につながっています。
ことわざ「背水の陣」の原文と現代語訳
「背水の陣」の由来となった「史記」の一節「淮陰侯列伝」は前後に物語が続いています。ここでは「背水の陣」が出てくる一部分の原文と、現代語訳例を紹介しましょう。
原文:
信乃使萬人先行、出背水陳。趙軍望見而大笑。現代語訳例:
韓信は、一万の兵を先に進ませ、川を背にして陣を敷いた。
趙軍はそれを遠方から見て大笑いした。
本当の意味は「敵を油断させ勝利すること」
「背水の陣」ということわざは、一般的に「逃げ場がなく切羽詰まった状態を表し、決死の覚悟で戦う」という意味で使われています。
しかし、由来となった「淮陰侯列伝」の物語では、川を背にして軍隊を敷くことで自軍の兵に決死の覚悟をさせただけではなく、敵である趙の軍を油断させることで勝利につなげたと続きます。そのため、本来の意味は「逃げ場がなく切羽詰まった状態と敵に見せかけ油断させて勝利する」という戦術のことだと言われています。
ことわざとしての「背水の陣」は、韓信が川を背にして軍隊を敷くことで「後ろに逃げ場はない」という状態を作り、決死の覚悟をさせることで勝利をおさめたという部分だけが意味として残ったようです。
「背水の陣」の使い方と例文
「決死の覚悟で全力を尽くすこと」を表す
「背水の陣」は、逃げ場がないため切羽詰まった状態をさし、決死の覚悟で全力を尽くす状態を表現するときに使う言葉です。
たとえば、失敗したら後がない新事業を立ち上げたときに「会社の未来のために、背水の陣で臨みます」などと表現します。後がなく決死の覚悟で全力を尽くそうとしているさまが伝わる言い回しです。
「背水の陣」は後がないことで奮起させる意味も
「背水の陣」は、後がないのだから決死の覚悟で戦おうというニュアンスでも使います。
たとえば、抱えている仕事が締め切りまでに終わらない部下に対して「背水の陣でやろう」と声をかけることで、叱咤激励の意味を表現します。また「背水の陣だよ」と言うだけでもそのニュアンスは伝わるでしょう。
「背水の陣を敷く」「背水の陣で臨む」の表現も
「背水の陣」という言葉を、全力を尽くすという意味で使用する場合には「背水の陣を敷く」や「背水の陣で臨む」といった言い回しをします。「背水の陣を敷いて取り組んだ」や「背水の陣で臨む所存です」などです。また「今回が最後なので背水の陣で挑む」などの言い回しもよいでしょう。
ときどき「背水の陣を引く」と使う人がいますが、これは誤用です。
「背水の陣」を使った例文
- 今回が最後と決めて背水の陣で挑んだ試験に合格した。
- 背水の陣を敷いて立ち上げた新事業が成功を収めて、安堵している。
- 厳しいのは承知の上ですが、退路を断って背水の陣で臨みます。
「背水の陣」の類語は?
類語1「四面楚歌」は敵の中にいて助けがないこと
「四面楚歌(しめんそか)」とは、自分に反対する者ばかりが周囲にいて味方がいないこと。敵ばかりの中で助けのない状態を表す四字熟語です。中国の故事成語が由来で、周囲を敵の兵士に取り囲まれて孤立した話が元となっています。
現代において使う場合は、物理的に敵に囲まれているというよりも周囲に反対の意見を持つ人や敵対する人が多い例えとして使う表現です。
背後に逃げ場がない「背水の陣」と似た意味ですが、「四面楚歌」は周囲に敵がいて味方がいないというニュアンスなため、さらに悪い状態をさしていると言えます。
類語2「五里霧中」は迷って何もできないこと
「五里霧中(ごりむちゅう)」とは、物事のようすや事情がつかめず迷ってしまい何もできなくなることです。周囲が霧で囲まれているという意味合いから、物事のようすがわからず判断ができなかったり先の見通しが立たないという意味につながっています。
何をしたらよいかわからない状態という意味で使われる「五里霧中」は「背水の陣」とは少しニュアンスは違いますが、「逃げ場がなく身動きができない」という意味では似た意味として使えるでしょう。
類語3「悪戦苦闘」は苦しい状況での戦いや努力
「悪戦苦闘(あくせんくとう)」とは、苦しい状況の中で必死に戦ったり努力したりすることです。「悪戦」は不利な状況をさし、「苦闘」は文字通り苦しい戦いをするという意味。自分よりも強い相手や苦手な状況で戦いを臨むようすが「悪戦苦闘」です。
決死の覚悟で戦うという部分では「背水の陣」と似た意味の言葉と言えます。
「背水の陣」の英語表現は?
英語訳は「burn one’s bridges behind one」
「背水の陣」を英語で表現するには「burn one’s bridges behind one」というフレーズが使われます。「burn」は「燃える」という意味、「behind」は「後ろの」という意味の単語。「burn one’s bridges behind one」は「背後の橋を燃やす」というニュアンスです。
背後の橋を燃やすことで引き返せない状態を表しており、退路を断つという意味からも「背水の陣」の英語表現として適しています。
「run out of option」という英語フレーズも
「背水の陣」は「run out of option」というフレーズでも英語表現ができます。
「run out of option」とは「打つ手がない」や「選択の余地なし」という意味。「背水の陣」の逃げ場がないというニュアンスを表現するのに使えます。日常会話でも使いやすいフレーズでしょう。
まとめ
「背水の陣(はいすいのじん)」は、背後に川や海などの水があることから逃げ場がなく切羽詰まった状態のこと。切羽詰まった状態のため決死の覚悟で戦うという意味で「背水の陣を敷く」や「背水の陣で臨む」といった言い回しで使います。
ビジネスシーンでも、逃げ場がない状態だからこそ大きな力を発揮し成功を収めることもあるでしょう。諦めそうな状況こそ「背水の陣を敷く」ことで、いつも以上の力が発揮できるかもしれません。