「三つ子の魂百まで」の意味とは?例文・類語や脳科学との関係も

「三つ子の魂百まで」ということわざは、子供のしつけに関してよく見聞きすることが多いでしょう。「幼い頃に体得した性格や性質は、一生変わることがない」という、情操教育においても軸となる考え方のひとつです。

ここでは「三つ子の魂百まで」の意味と使い方、類語、英語と中国語表現を含めて紹介しましょう。豆知識として、脳科学や心理学の視点で分析しながらの解説も記載します。

「三つ子の魂百まで」の意味とは?

「三つ子の魂百まで」の意味は「幼い頃の性格は一生変わらない」

「三つ子の魂百まで」の意味は、「幼い頃の性格は一生変わらない」です。

「三つ子の魂百まで」は「三つ子」は本来「3歳児」を示しますが、転じて「幼い子供全般」の意味で使われています。

海外でも「子供が育つ環境や経験は大事」だとされている

海外でも幼い頃に子供が育つ環境や経験は大切であるとされています。幼少時に体験したものは、成人し大人になってからも変わることはなく、さらには100歳の御年を迎えても本質は同じであるという考えがあります。

人格形成に最も重要な時期が生まれてから幼少期であるという考え方は、日本でも海外でも変わりはないようです。

「三つ子の魂百まで」の使い方

「三つ子の魂百まで」は心や性格を示す場合にのみ使う

「三つ子の魂百まで」は「幼い頃の性格や性質そのものは、年老いても変わらない」という意味がありますが、これは「幼い頃に体得した心や性格など」を示すもので、水泳や書道などの習い事で得たスキルや技を指す意図はありません。

たとえば、「三つ子の魂百までと言うから、幼い頃にピアノや英語を習わせるべき」という考え方や言葉の使い方は誤りとなります。あくまで「性質的な部分」を指すことわざであることを留意しておきましょう。

「三つ子の魂百まで」を使った例文

「三つ子の魂百まで」を使った例文をご紹介しましょう。

  • 「三つ子の魂百まで」というように、我が子は20歳を超えても性格的に変わりがない。
  • 幼い頃から冒険心が強かったけど、「三つ子の魂百まで」で今でも趣味は登山や海外旅行だ。
  • 「三つ子の魂百まで」というが、娘は幼いころから口数が少ない子供だった。
  • 母が語るに、私は幼い頃から頑固一鉄だったらしい。今や子供ができて頑固おやじと呼ばれている。

「三つ子の魂百まで」の類語は?

「三つ子の魂百まで」の類語は「雀百まで踊り忘れず」

「三つ子の魂百まで」の類語には「雀百まで踊り忘れず」の他、「病は治るが癖は治らぬ」「頭矧げても浮気はやまぬ」などが挙げられでしょう。これらの類語は、どれも幼い頃に出来上がったしまった性格や考え、また癖や習慣は一生変わらないこと表現しています。

「習慣は第二の天性なり」は幼い頃の習慣に限らない類語

上記の他に、類語の仲間として考えるのは「習慣は第二の天性なり」です。意味は「いつの間にか身についてしまった習慣は、知らないうちに生まれ持った性質のようになる」となります。

「幼い頃」に体得した習慣とは限定はされませんが、習慣が人間の性質に多大な影響を与えることを示す教訓の一つとしても覚えておくと良いでしょう。

「三つ子の魂百まで」の英語と中国語表現

英語では「What is learned in the cradle is carried to the grave」

「三つ子の魂百まで」を英語表現する時は「ゆりかごで学んだことは、墓場まで持っていくことになる」という意味の「What is learned in the cradle is carried to the grave」が最も一般的でしょう。ちなみに「cradle=ゆりかご」「grave=墓場」となります。

また、「The child is the father of the man(幼子は人の源)」も有名な西洋のことわざで、こちらも同じ意味をもちます。

中国語では「江山易改,本性难移」

中国語には「山や河は変えることはできても、人の持つ本性や性質は変えることができない」という意味のことわざ「江山易改,本性难移」があります。また、成語としては「秉性难移」も広く知られている言葉です。併せて覚えておきましょう。

「三つ子の魂百まで」を脳科学と発達心理学で検証

「三つ子の魂百まで」を脳科学と発達心理学の視点で解説します。

シナプスが最も活発なのが保育園時代「1歳から3歳」

脳科学では、幼児の成長に「シナプス」を無視することはできないでしょう。脳神経細胞から信号伝達を行う「シナプス同士の出会い」は「感受性」や「思考力」などを豊かにするということがわかっていますが、加えて、最近の研究では、最も広い範囲で「シナプス」が活動している時期が「1歳から3歳」であると伝えらえれているのです。

「三つ子の魂百まで」が示すように、「1歳から3歳」までの幼少期には、長い人生の間で最もシナプスが出会う時期であり、シナプスの密度が一番高い時期ということになります。脳科学でもシナプスの広がりを分析した結果「1歳から3歳」までは「感受性」や「思考力」また「可能性」において、脳の発達が最も活発な時期であることが検証されています。

発達心理学にみる「3歳児神話」

発達心理学における「3歳児神話」は「子供が3歳になるまでは、母親は子供のために家にいるべき」という考え方です。これは、子供が生まれてから3歳までの間は母親が子育てに専念をし、心理的に豊かに成長できるよう手助けをするというものです。

また、発達心理学の視点では「3歳児」くらいになると言葉が上手になり、乳幼児の頃に比べて大きな成長が見られる時期だとされています。「三つ子の魂百まで」のことわざのように「3歳児」で区切りを設ける決定的な根拠はないものの、これくらいの時期に現れる個性や性格は、案外大人になってからも見られることが多いと言われているのです。

「児童観」について理解を深める

「三つ子の魂百まで」をしつけに取り入れながら「児童観(じどうかん)」についても理解を深めておきましょう。「児童観」とは「こどものあり方に対しての大人の見解」です。かつては「子供は大人を小さくした存在」として認識されていましたが、少子化を迎え子供の特徴や個性が尊重されるようになりました。

あらゆるステップを踏んで成長をする様々な子供たちに合わせ、教育のあり方や提供する内容が変わり始めている風潮が広がり、一方で「幼な子は、もはや小さな大人ではない」という考えも広がりつつあります。「児童観」はいわば「三つ子はの魂百まで」の原理を逆さにした捉え方であると言えますが、「三つ子の魂百まで」の意味と併せて、大人の見解を押し付けない「児童観」についても理解を深めておくと良いでしょう。

まとめ

「三つ子の魂百まで」には、幼い頃に体得した性格や性質などは、成人し大人なり、50歳、70歳、100歳を超えても変わらないという意味がありますが、つまるところ「本性は変えられない」ということです。

「三つ子の魂百まで」は教育やしつけの分野で広く使われることわざですが、たとえば「3歳までに習い事をさせるのが最も習得率が高い」という考え方や使い方は本筋ではないため、使い方に注意が必要です。あくまで「性質や性格」などの人格形成に焦点を当てたことわざであることを留意しておきましょう。