「せっかく」と聞いてどんな印象を受けるでしょうか。「せっかくだから残しておこう」といえば「何かのついで」という感じですし、「せっかくの好意を無にするのか」と責められた経験をもつ人もいるでしょう。今回は、どちらかというとネガティブなイメージが強い「せっかく」という言葉について掘り下げます。
せっかくの意味と語源
「せっかく」は「努力する・力を尽くす」という意味
「せっかく」とは「努力する・力を尽くす」という意味です。辞書で「せっかく」の意味を調べると、次のような類語が並んでいます。
- 苦労する、骨を折って動作する、尽力する
- 恵まれた状況をありがたく思う気持ちを表す
- 全力で物事に打ち込む様子
- 努力が求められる困難な状況、難儀であること
「せっかく」には「わざわざ」という意味もある
「せっかく」は、「わざわざ」という意味で使用されることもあります。「わざわざ」の語源は「態々し(わざわざ・し)」という古語で、直接の意味は「故意に・意識して何かを行うこと」です。「わざとらしい・わざと」という言葉にも通じる「わざわざ」は、何となくネガティブに受け取られやすいところも「せっかく」に似ています。
ただし、すべての「せっかく」が「わざわざ」に言い換えられるというわけではありません。たとえば、「せっかくの雪なのに」「せっかくの助言を」のように、「せっかく」は後に続く事がらを“好ましいもの・貴重なもの”として使用するのが特徴で、雪や助言に一定の価値を認めているときの表現です。
一方、「わざわざ」の場合は、本来であれば必要のないことを・特別な思い入れをこめて・敢えて行うというニュアンスが強いため、「わざわざご親切に」という言い回しからは「余計なお節介・押し付けがましい」とか「それほど必要のない・無駄な努力」というメッセージが相手に伝わってしまうこともあります。
「せっかく」の語源・使い方
「せっかく」の由来は漢語の「折角」
「せっかく」は、ひらがなで表記されることが多いですが、漢字では「折角」と書きます。由来とされる漢書「朱雲伝」の中には、朱雲という人が高慢な有識者を言い負かしたというエピソードがあり、これを人々が「立派な鹿の角を折るような快挙」と評したという故事から「困難なこと・力を尽くすこと」を意味する名詞「せっかく」が生まれました。
「せっかくの機会」は「またとないチャンス」
名詞の「せっかく」はやがて副詞へと転じ、「骨を折って~」「困難のすえに~」喜ばしい出来事が生じるという意味で用いられるようになりました。「せっかくの機会」といえば、本来ならば得られないような特別なチャンスのことで、これを逃せば次はいつ訪れるか分からないという気持ちを表しています。
「せっかくだから」は誤解を招きやすい
「せっかくだから・せっかくなので」という表現は「せっかく」の名詞的用法として間違いではありませんが、言われると何となく否定されたような気持ちになることがあります。理由としては、「せっかく」が副詞として一般化しているために言い方として雑な印象を受けることも考えられますが、実際に使い方が難しい面もあります。
たとえば、洋服を買いに行ったショップで店員に小物をすすめられて「では、せっかくなので」と言った場合、「せっかく(のご提案)なので」という意味で、店員の提案が肯定的に受け止められたことになります。しかし、職場の女性からお菓子の差し入れがあり、「よかったらすこし持って帰りませんか?」とすすめられた場合には注意が必要です。
「せっかく(のお気持ち)なので」というつもりで「では、せっかくなので頂きます」などと口走ってしまうと、「嬉しくないけどわざわざ声を掛けてもらって断るのも失礼なので、とりあえず頂いて帰ることで場を納めます」というメッセージが伝わってしまう恐れがあります。この場合は「家族で頂きます」「お言葉に甘えます」あたりが妥当でしょう。
「せっかく」を敬語で使うときの注意点
敬語で「せっかく」を使う際のポイントは、「せっかくご用意しましたので」のように自分の行為に用いないことです。また前述のように、自分の立場が上の場合は「せっかくだから~」で相手を受け入れる表現になりますが、目上や対等な立場の人に同じ用法を使うと失礼になることがあります。次に具体的な例文をいくつか紹介しますので、ぜひ参考になさってください。
ビジネスシーンでの「せっかく」の例文
「せっかく」を使って敬意を表す
- せっかくお越し下さったのですから、ぜひお上がり下さい。(目上の人にお願いする)
- せっかくのお心遣いなのだから、ありがたく頂きなさい。(目下の者に対して目上を立てる)
「せっかく」+逆接の文法でお断りする
- せっかくのお言葉ですが、お気持ちだけ頂戴いたします。
- せっかくのお誘いですが、その日はあいにく先約があります。
- せっかく頂いたご依頼ですが、お引き受けいたしかねます。
「せっかく」を使ってお詫びする
- せっかくのご厚意を無にしてしまい、ほんとうに申しわけありません。
- せっかくご足労いただきましたのに、席を外しておりたいへん失礼いたしました。
- せっかくお時間を頂戴ておきしながら、このような結果になり申しわけございません。
「せっかく」を使った英語表現
- We might as well go together.(せっかくなのでご一緒しましょう)
- I bought it, but I didn’t use it.(せっかく買ったのに使わなかった)
- Might as well.(せっかくだからね)
- Our efforts came to nothing.(せっかくの努力が水の泡になった)
- We were already in kyoto, so we visited Pontocho.(せっかく京都まで来たので先斗町を訪れた)
覚えておきたい書き言葉の「せっかく」
夢に向かって励む「せっかく精進」
辞書の中には、「せっかく勉強するように」という例文も載っています。あまり見慣れない古い書き言葉ですが、年配者の中には使う人もいますので知っておいて損はないでしょう。たとえば、伝統芸能を教える師匠が弟子の成長を願って「せっかく精進なさいませ」のように励ましの手紙を送ったり、慣用句として年賀状に書き添えられることがあります。
まとめ
お詫びや断りの文句に用いられることも多いためか、何となくネガティブなイメージの強い「せっかく」という表現ですが、いくつかのポイントさえ押さるだけでスマートに思いを伝えることもできる便利な言葉です。あまり難しく考えず、気軽に使ってみてください。