「モラルハザード」は一般的に「道徳の危機」という意味で使われていますが、もともとは別の意味の保険用語でした。元来の意味を知る人にとっては、「モラルハザード」は不思議な使われ方をしているといえます。
この記事では、「モラルハザード」について、一般的に使われる意味と元来の意味について解説します。企業、保険、金融、経済学、ゲーム理論などの具体例とともに紹介します。
「モラルハザード」とは?
「モラルハザード」の意味は”道徳の危機・倫理の欠如”
「モラルハザード」の意味は、“道徳の危機・倫理の欠如”です。「モラルハザード」は英語”moral hazard”を語源とする外来語です。保険用語のカタカナ語として輸入されましたが、しだいに便利な言葉として別の意味で使われるようになりました。
たとえば、「企業の行き過ぎた売上主義から生じる不祥事はモラルハザードの典型である」といった文脈で使われます。
なお、「moral」とは、「倫理」や「行動規範」という意味で、「hazard」とは、「危険」という意味です。モラルハザードを「倫理の欠如」という意味で使うのは本来の英語の意味からも異なっており、日本独自の意味を持つカタカナ語として使われています。
「バブル崩壊後の金融機関の不祥事」によって意味が変化した
モラルハザードの意味は元々保険用語でした。しかし、意味と使い方が「保険用語」に限らず、一般的な「道徳の危機」としての意味に変化した発端は、1990年代後半の、バブル崩壊に伴う金融機関の不祥事に関する報道であったと言われています。
巨額損失の隠蔽など、企業の道徳の欠如を端的に言い表す言葉として、モラルハザードが便利に使われるようになり、やがて定着していきました。
現在でも、金融機関が倫理性を欠いた節度のない利益追求に走るような状況を言い表します。例えば経営環境が悪化した金融機関が、本来は融資できない貸付先に無理に融資し、かえって経営悪化を招くといったケースです。
「モラルハザード」の使い方とは?
「モラルハザード」を使った例文
「モラルハザード」を使った例文をいくつかご紹介しましょう。
- 企業の行き過ぎた売り上げ至上主義は、モラルハザードの温床となる可能性がある
- 政治家の安易なSNSでの発言は、社会にモラルハザードをもたらす原因になりかねない
- 政策の立案には、制度上にモラルハザードが起きないように留意する必要がある
- 勝利至上主義に押されてスポーツ選手が体を壊すのは一種のモラルハザードである
- モラルハザードは企業に「無責任の構造」を生み出す
- 銀行の過大なノルマは、行員のモラルハザードを発生させる
- コンプライアンス(法令順守)意識の向上がモラルハザードを抑制する
- 本来貸せない相手に貸して利益を得るのは金融機関のモラルハザードの典型例だ
「モラルハザード」の経済学・保険・ゲームの分野での使い方とは?
元々の意味は保険分野での「保険に加入したことで損害に対して無関心になる危険」
もともとの保険用語では、保険に加入することによってリスクを回避しようとする動機が欠如し、結果として危険な状況を招く状況のことを「モラルハザード」と呼びます。
例えば、火災保険をかけたことで絶対に火事を起こしてはならないという意識が弱まり、注意力が欠如することによって火事をおこしてしまうなどです。つまり、保険用語のモラルハザードは「保険に加入したことでかえって損害に対して無関心になる危険」という意味です。
経済学では「モラルハザード」と「逆選択」が生じる
保険用語のモラルハザードは経済学でも使われるようになりました。経済学におけるモラルハザードは、「市場における情報の偏在」を説明する言葉として使われます。「情報の偏在」とは、取引を行う当事者間が把握する情報量に差があることをいいます。
たとえば、より多くの情報を持つ保険企業が、情報量の少ない保険加入者につけこんで利益を得ることなどです。
また、商品やサービスについての情報量の格差は「逆選択」を生じさせます。「逆選択」とは、商品などの情報の格差があるとき、結果的に低品質の商品が市場に残り、高品質の商品を淘汰させてしまう現象をいいます。優れたものが残る自然淘汰の逆であるため、逆選択と呼ばれます。
たとえば、保険会社にとっては好ましくないハイリスク商品を、契約者が進んで選んでしまうことなどがあります。
ゲーム理論では情報の非対称性に起因して「モラルハザード」が生じる
ゲーム理論では、これを「プリンシパル=エージェント理論」において、情報の非対称性に起因する問題として論じています。
具体的には、エージェント(代理人)がプリンシバル(依頼人)の利益のために行動しているにもかかわらず、プリンシバルの利益よりもエージェント自身の利益を優先してしまうとき、モラルハザードが潜在していると考えます。
たとえば、依頼人が代理人に業務を依頼したとき、代理人と同じ情報を持てないため、契約通りに業務を遂行したかどうかを確認できない問題が起こります。このような状況下では、代理人にどのようなインセンティブやペナルティを与えるかが検討されます。
まとめ
「モラルハザード」は、もともとは保険用語として、セーフティネットを備えたことによる安心感から事故が起こることを表す言葉でした。
しかしカタカナ語として導入されたのちに、「モラルリスク」を表す言葉に変わってゆき、現在は保険用語を離れて企業などの無責任などから生じる「道徳の危機」「倫理の欠如」の事態を表す意味で使われています。
海外から輸入されたカタカナ語は、使われているうちに他の意味が加わり、さまざまなニュアンスを含んだ造語として使われるようになることよくがあります。意味が不明確なカタカナ語は、もともとの意味を確認して情報を整理すると安心して使うことができます。