「傾奇者」という言葉をご存知ですか?読み方もさることながら、見たこともないという人も多いと思います。「傾奇者」は日本にかつてあった風潮や変わっている人、という意味で使われることがありますが、正しい意味を把握して、ぜひとも会話に取り入れたいものです。
ここでは「傾奇者」の意味の他、傾奇者と知られる戦国武士・前田慶次について、また使い方と例文などをご紹介します。
「傾奇者」の意味と読み方は?
「傾奇者」の意味は「風変りな人」
「傾奇者」とは「風変りな人」「異質を好む人」という意味を持ちます。一般的に好むものを好まず、人とは違った趣味嗜好があるような「変わり者」を「傾奇者」と呼んでいます。
もう少し詳しく言えば、「傾奇者」と言われる人は、髪を極端に刈り上げたり、派手な身なりを好んだりします。つまり「傾奇者」は異質な恰好や行動を良し、常識はずれな服装や髪型を楽しむ姿勢を崩さない、エキセントリックな人のことです。
「傾奇者」は「江戸時代初期の社会風潮」から生まれた
「傾奇者」は、そもそも戦国時代の後半から江戸時代の初めごろまでに、庶民の間で流行った「社会風潮」から生まれた造語です。
当時の男性の一般的な服装は紺色やグレー、また茶色を基調とした地味で大人しいものでした。しかし、「傾奇者」と呼ばれる人は、女性が身に着けるような赤や黄色などの明るい色の羽織を選び、町中を歩いていたそうです。
その他、通常より大きめのキセルを使ったり、額部分を広く沿ったり、またひげや髪の毛を長くのばしたりといった、外見的にも目に留まるような特徴をいくつもなびかせていました。
そのため、こういった「奇怪な社会風潮」そのものを「傾奇者」という言葉で表すこともあります。
戦国一の傾奇者といえば「前田慶次」
傾奇者として最も知られる戦国武士「前田慶次(まえだけいじ)」は、あの豊臣秀吉から「生涯傾奇ご免」とあきれられたほどの自由奔放で変わり者だったそうです。
祖父に当たる前田利家をだまして冷たい水風呂に入れようと企んだり、武士としての名声は得られなかったものの、好き勝手な行動ぶりでは一躍有名人だったと伝えられています。
「傾奇者」の語源は「数奇者」
もともと「傾奇」は茶道や和歌をたしなむ人「数奇者(すきしゃ)」を語源に持つ言葉で、「もの好きで変わり者」というニュアンスで使われていました。この「数奇者」を誇張する意図で「傾く」を加えたのが「傾奇者」です。
「傾奇者」の読み方は「かぶきもの」
「傾奇者」の正しい読み方は「かぶきもの」です。誤って「けいきもの」「けいきしゃ」「かぶきしゃ」などと誤読してしまわないようにして下さい。
また「傾奇者」は「歌舞伎者(かぶきもの)」と書くこともできます。もっとも、現代の歌舞伎の趣向や風潮は「傾奇者」が持つ、異質で風変りである性質をしっかりと受け継いでいることがわかります。華麗な色使いをした派手な羽織や衣装は、観客の目には眩しすぎるほど煌めいています。
「傾奇者」の使い方の注意点と例文
「傾奇者」は使う相手に気を付けるべし
「傾奇者」は、ある人にとっては「個性的」、またある人にとってネガティブな意味で「偏見的」と解釈できてしまう言葉です。なぜなら「傾奇者」は風変わりで酔狂な面を持ちで「真っ当な考え方や行動ができない人」という意味合いも含まれているからです。
ここで「傾奇者」を使う時の注意点として「使う相手に気を付ける」、ことに「ビジネスシーンでは使わない」ということが挙げられます。
たとえば、取引先の担当者が非常にユニークな柄と色彩をまとったネクタイをしていたとします。この時、自分は「個性的で素敵」という意図を持って、褒め言葉のつもり「傾奇者ですね」と言ったつもりでも、相手は「奇々怪々で変わり者?」と誤って解釈してしまうかもしれません。
「傾奇者」という言葉が持つ意味を考えれば、やはり、友人や気心の知れた人に「ちょっとしたジョーク」として使うのがベストです。ぜひ、ビジネスシーンでは「ユニークですね」「珍しいですね」止まりにしておきましょう。
「傾奇者」を使った例文
- 町中を、白のロングブーツと蛍光色のジャケットを身に着けた傾奇者が歩いていた。
- コメンテーターの発言は、傾奇者を彷彿とする奇妙な内容が盛り込まれていた。
- 傾奇者に通ずるも、彼は信念を持って都会で着物生活を送っている。
- 同僚が傾奇者と呼ばれるのは、白米にマヨネーズを醤油をかけて食べているからかもしれない。
- 江戸時代に流行った傾奇者は、今や歌舞伎の世界でも立派に受け継がれている。
「傾奇者」の類語は?
「破天荒」は型破りなことをすること
「破天荒(はてんこう)」とは、型破りで人のやらないようなことを進んですること、また、そのような人のことを意味します。「破天荒」は読んで字のごとく「天荒(未開の荒れた地)を突破すること」と意味を持つ故事成語で、普通の人では、まず出来かねるようなことを、あえてチャレンジするという意味で使われます。
「傾奇者」との違いは、服装や髪形などの外見において「風変り」という意味合いがあまりないという点です。「破天荒」は型破りで、やることなすことが想定外、手に負えないという印象があります。
- 80歳でフルマラソンなんて、彼の破天荒さには家族もあきれ顔だ。
- 出版した著書は、破天荒な人生を歩んだ私の自叙伝である。
「婆娑羅者」は奇抜を好む風潮
「婆娑羅者(ばさらもの)」とは、常識に捕らわれず、奇抜を好む風潮、またその人を意味します。
そもそも「ばさら」とは、中国・動乱の南北朝時代に、美意識や飛びぬけた価値観を端的に表現した造語で、派手な服装や伊達な風合いを好み、自分の好きなように遠慮なく振舞う様子を指していました。つまり、一味も二味も変わった飾り立てをした、華美なファッションや行動を意味するのが「ばさら」です。「ばさらもの」は「傾奇者」とほぼ同義語となります。
- 現代のファッション感覚では、このド派手なドレスは、ばさらものと言うべきだろう。
- 確かに自由過ぎる発想だが、ただのばさらものだと揶揄されるのはゴメンだ。
まとめ
「傾奇者(かぶきもの)」とは「風変り」「変わり者」「異風を好む人」、また「江戸時代初期に流行った社会風潮」を指す言葉です。「傾奇者」は全体的に派手で、常識破りな服装や髪形をまとい、一般の人とは異なる行動をするのが特徴となります。
また「傾奇者」は決して偏見を押し出すような言葉ではありませんが、意味の性質上使う相手を選んで使うようにしましょう。もっとも、ビジネスシーンでは使わないほうが無難です。