「ルソー」はフランス革命の功労者としてたたえられ、フランスの偉人たちが眠るパリのパンテオンに埋葬されています。ルソーの思想とはどのようなものだったのでしょうか?ここではルソーの生涯や、その著書『社会契約論』や『エミール』などについて解説します。あわせてルソーの名言も紹介します。
「ルソー」の生涯とは?
ジャン=ジャック・ルソー(1712年~1778年)の生涯についてご紹介します。
ルソーの生涯はフランス18世紀の啓蒙思想の時代と重なる
ルソーとは、ジュネーヴ共和国に生まれ、フランスで活躍した哲学者です。18世紀のヨーロッパは啓蒙の世紀として知られ、ルソーは当時のフランス哲学を体現した存在でした。
啓蒙思想とは、あらゆる人間は共通の理性をもっており、理性によって世界の根本的な法則を認知できるとする思想のことです。自然科学が発達したことに伴った17世紀の近代科学の成立の時代に対して、人間や社会と国家を根底から見直す動きが生まれた18世紀は「啓蒙の時代」と呼ばれます。
ルソーは独学で知識を身につけた
ルソーは幼くして母を亡くし、父親とも別れ、孤児同然となった少年時代から青年時代までは放浪しながら職を転々としました。文学や哲学、音楽などは独学で学んで教養を身につけました。当初は音楽家として仕事をしていた時期もありましたが、主たる関心は政治哲学に移り、作家、思想家として活躍します。
ルソーが同時代の作家や思想家と異なる点は、ルソーが生涯において体系的な教育を受けず、独学で知識を得たことにあります。それにもかかわらず、独創的なルソーの思想や文学は多くの人に影響を与え、カントやスタンダール、ユゴーらも強い影響を受けたとされています。
ルソーの言葉がフランス革命のスローガンとなった
ルソーが著書『社会契約論』の冒頭に掲げた「人間は生まれつき自由だが、いたるところで鎖につながれている。」という言葉は、ルソーが亡くなって11年後に勃発したフランス革命のスローガンとして採択されました。
しかしルソーの著作の大半は刊行後にフランスで発禁処分となり、ルソーに対する批判や悪評が生まれていました。ルソーの思想の影響力が表れたのは、彼の死後ほどなくして生じたフランス革命の時期からだったのです。
ルソーは晩年はパリに戻り、迫害の恐怖から精神状態が悪化する中、執筆活動を続けますが、病により66歳で生涯を閉じます。のちにフランス革命の功労者とたたえられ、ルソーの遺骸はパンテオンに移されました。
「ルソー」の主著を紹介
次にルソーの主著を紹介します。
『社会契約論』(1762年)
『社会契約、または国法の諸原理』が正式なタイトルである『社会契約論』はルソーの主著であり、自由と独立を奪われている社会的人間が自然を回復するための根本理論である人民主権や社会契約説が主張されています。本書は、フランス革命やアメリカ独立革命に影響を与え、人民主権・民主主義のバイブルとなり、近代の政治思想に影響を与え続けています。
本書の「人間は生まれながらにして自由であるが、しかしいたるところで鎖につながれている。ある者は他人の主人であると信じているが、事実は彼ら以上に奴隷である。」という、制度によって自由を奪われている奴隷と、偏見によって道徳的自由を奪われている主人を対峙させた冒頭の言葉はよく知られており、ルソーの政治論が道徳論とともにあることを示しています。
『エミール』(1762年)
『エミール』は「教育について」という副題がついており、教育学の古典として知られています。『社会契約論』と同じ年に刊行されました。本書は「エミール」という一人の子どもの成長を例にとって書かれた、ルソーの人間論の集大成です。ルソーは児童の個性尊重や自由な教育観を説き、近代の教育論に大きな影響を与えました。
人間性を軽視した古い教育観に対して、子どもの人格や自由を尊重し、子どもの心身の発達に応じて適した教育を行うことを主張したルソーは「子どもの発見者」と呼ばれます。『エミール』では当時の封建的な社会の価値観を批判し、新しい人間像をうちたて、『社会契約論』で主張した民主主義社会のための人間像を示しました。
また、本書はそこに書かれた宗教思想が教会によって断罪され、逮捕状が発令されたため、ルソーが亡命生活を送る契機となった書でもあります。
「自伝三部作」:『告白』『ルソー、ジャン=ジャックを裁くー対話』『孤独な散歩者の夢想』
ルソーは自伝作家としても知られており、近代的な自伝文学の創始者ともされています。ルソーの自伝には『告白』『ルソー、ジャン=ジャックを裁くー対話』『孤独な散歩者の夢想』があり、「自伝三部作」と呼ばれています。
純粋な意味の自伝としては『告白』のみとなり、自身の弁明を目的として書かれましたが、同時に人間についての考察を提供するという意図もこめられていました。日本では森鴎外が『告白』を翻訳し、日本の近代文学に影響を与えました。
『ルソー、ジャン=ジャックを裁くー対話』はルソーと、あるフランス人の架空の対話によってジャン=ジャックを論じるという形式で、自己弁護を目的として書かれました。
『孤独な散歩者の夢想』はエッセーのような作品で、散歩の途中での神秘的な体験や楽しい日々の回想が綴られています。ルソー晩年の作品で、フランス文学における最も美しい文章の一つに挙げられます。
「ルソー」の名言を紹介
最後にルソーの名言を紹介します。
大人の中に大人を、子どもの中に子どもをながめなければならない。自然は子どもが大人になる前に子どもであることを望む。もしこの順序を乱そうとすれば、味わいのない、すぐに腐敗してしまう早熟な果実を生み出すばかりだ。
あらゆる欲望は不足を前提としている。そしてあらゆる不足はつらく感じられるものだ。したがって、欲望と能力の不均衡にこそ、われわれの不幸は存在するのである。
不幸は、ものが欠乏していることにあるのではなく、そのために感じられる欲求のうちにある。
子どもを不幸にするいちばん確実な方法は、何でも手に入れるという習慣を子どもにつけることだ。
人間はだれでも幸福でありたいと思う。しかし、そうなるためには、まず幸福とは何であるかを知らなければならない。
まとめ
ルソーの思索は多岐にわたり、政治哲学や教育論の他にも思想小説や自伝小説、また音楽論なども著しました。それらの思索の根底にあったものは道徳への関心でした。ルソーは政治と道徳を同事に扱わなければそのどちらについても理解できないだろう、と書いています。
また、ルソーの思想を表す言葉として「自然へ帰れ」というスローガンが紹介されることがありますが、ルソー自身はそのような言葉を言っておらず、思想としても持っていませんでした。さらにルソーはフランス革命の精神的基盤とされていますが、ルソー自身が革命を提唱したりフランスの政治に関与したこともなかったようです。
波乱に満ちた生涯の中、天才的な業績を残した実際のルソーその人を知るには、孤独を強いられた晩年の著作である『孤独な散歩者の夢想』をおすすめします。