「ヴェーダ」とは何か?聖典・文献やウパニシャッドとの関係も解説

古代インドの「ヴェーダ」とはどのようなものなのでしょうか?ヴェーダ哲学やヴェーダ文献、さらにヴェーダ時代やヴェーダ文化などとも総称されるヴェーダについて、思想や時代背景とともに解説します。あわせてヴェーダから生まれたウパニシャッド哲学と本も紹介しています。

「ヴェーダ」とは?

「アーリア人」がヴェーダ文化を創出した

紀元前1500年前後に、アーリア人がインダス河上流の五河地方に移動し、先住民族を征服して定住しました。アーリア人は戦闘にたけた民族で、家父長制の大家族を単位として部族を形成し、牧畜や農耕を行いました。

アーリア人は宗教的な民族でもあり、戦勝や家畜や家族の繁栄などの現世利益を目的とする祭祀を熱心に行っていました。アーリア人が祭祀の際に神々にささげる賛歌を集成したのが「ヴェーダ聖典」です。

ヴェーダ聖典は、紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけて編さんされ、「ヴェーダ」とは「知識」という意味です。ヴェーダ聖典に基づいて形成された文化をヴェーダ文化と呼びます。またその時代をヴェーダ時代といいます。

ヴェーダ思想は「婆羅門(バラモン)教」と呼ばれる

アーリア人によるヴェーダ文化におけるヴェーダ思想や宗教は「婆羅門(バラモン)教」と呼ばれます。アーリア人は四姓から成る社会階級の中で氏族制農村社会を成立させており、婆羅門という支配階級がアーリア文化を担っていたためその名にちなんでいます。

婆羅門教が民間の信仰や伝承を取り入れて発展したものがヒンドゥー教です。婆羅門教 という名称は、後にヒンドゥー教と区別するために、ヨーロッパ人がつけた名前です。

「ヴェーダ聖典(文献)」を紹介

ヴェーダ聖典(文献)は、本集が4種類あり、それに付随する文献が3種類あります。それぞれについて説明します。

『リグ・ヴェーダ』

紀元前10世紀頃に編さんされた最初の聖典が『リグ・ヴェーダ』です。古いサンスクリット語で書かれた1,028篇の詩から成り、10巻に分かれた大著です。紀元前1200年頃を中心に賛歌が作られたと考えられており、インド最古の文献です。

暴風雨や太陽などの自然現象を神格化した多数の神々が登場し、神への賛歌の他に婚礼や葬儀など儀礼の際に詠う詩も収められています。

『ヤジュル・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』

『リグ・ヴェーダ』に次いで祭詩の集成である『ヤジュル・ヴェーダ』と、歌詠の集成である『サーマ・ヴェーダ』が編さんされました。

『リグ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『サーマ・ヴェーダ』は三ヴェーダとして大きな権威を持っていました。

『アタルヴァ・ヴェーダ』

三ヴェーダよりやや遅れて紀元前1000年頃に呪句の集成である『アタルヴァ・ヴェーダ』が編さんされました。

ヴェーダのサンヒター(本集)に付随する文献

ヴェーダは主要部分を「サンヒター」といい、一般にヴェーダという時はこれを指します。サンヒターに付随する次の文献が、紀元前800年頃前後から紀元前500年頃に成立しました。

  • ブラーフマナ(祭儀書):祭式の規定と祭式の規定の神話的解釈を与える文献
  • アーラヌヤカ(森林書):人里離れた森の中で伝授される秘儀的祭式や教義を説く文献
  • ウパニシャッド(奥義書):宇宙の原理や人間の本質に関する哲学的な教説

ヴェーダから生まれた「ウパニシャッド」哲学とは?

次にヴェーダから生まれたウパニシャッド哲学について紹介します。

ウパニシャッドは「ヴェーダ文献の総仕上げ」

奥義書とも呼ばれるウパニシャッドは、ヴェーダ文献の総仕上げとしての最終部門であり、祭式主義から主知主義への移行が表れた哲学的教説です。主知主義とは、感性よりも知性や理性の働きを重視する考え方のことです。ウパニシャッドの最古の文献は紀元前六世紀頃に成立しました。

ウパニシャッドは婆羅門の哲学者が編さんしましたが、婆羅門文化以外の諸民族の信仰や呪法も取り入れられ、雑多な思想が盛り込まれています。

思想の中心はブラフマンとアートマンの合一説「梵我一如」

その思想の中心は、宇宙原理(宇宙我)である「ブラフマン」と、個体原理(個人我)である「アートマン」の合一説「梵我一如(ぼんがいちにょ)」の思想です。業と輪廻の教説でもあり、仏教が興隆する以前に成立していました。

ウパニシャッドを研究する「ヴェーダーンタ学派」

ヴェーダ聖典の教説を統一的に解釈しようとするのがヴェーダンタ学派です。ヴェーダーンタとは「ヴェーダの最終」を意味し、ヴェーダ聖典の最終部のウパニシャッドを研究する学派のことをヴェーダンタ学派と呼びます。

1世紀頃のバーダラーヤナが開祖で、宇宙の最高原理ブラフマンを唯一の実在とする一元論を確立した『ブラフマ・スートラ』は5世紀頃に成立しました。

ヴェーダーンタ学派の哲学者として8世紀のシャンカラが有名で、多くの著書を残しました。シャンカラは、人間は無知を原因として輪廻を続けているといい、現象世界に実体はないとして仏教の中観思想につながる思想を持っていました。

「輪廻」と「業」の思想の原型が現れた

仏教にもみられる「輪廻(りんね)」と「業(ごう)」の思想は、王族から婆羅門に伝授されるという形でウパニシャッドにおいてはじめてその原型が現れました。

輪廻の説は二道説が説かれ、人が死んで光の道を行った者は月を経て不死の世界に赴くが、闇の道を行った者は雨となって再び戻ってくるとしています。前者が神の道で後者が祖霊の道です。これが輪廻説の原型ですが、次第に不死のアートマン哲学と結びついて探求されてゆきます。

さらに、輪廻説に関係する、人間は自らの行いの善悪に応じてその果報を受けるという「業」の思想の原型もウパニシャッドに現れます。業の思想もアートマンと結びつき、後の哲学諸派の学説の基礎が築かれました。

(付録)ウパニシャッド後の自由思想の時代の出来事を紹介

ウパニシャッドから後の約千年間は、多くの自由思想家が生まれて活躍した自由思想の時代でした。主な出来事を紹介します。

インド二大叙事詩『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』が成立

紀元前2世紀~2世紀の間にインド二大叙事詩である『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』が成立しました。吟遊詩人によって民間に伝えられていた戦争や魔王を征伐する物語が整理されてゆき、400年頃に現在の形に整いました。

『マハーバーラタ』は王位継承をめぐる争いの物語を骨格としてさまざまな神話や哲学的、宗教的教説などが盛り込まれています。全体の思想としてはヴェーダ時代とは異なり、婆羅門教からヒンドゥー教への移行が見られます。

『マハーバーラタ』に収められた宗教詩である『バガヴァッド・ギーター』では、神を称え神を信じる者は、行いや生まれの貴賤にかかわりなく神の恩寵によって解脱に至ると説かれ、今日まで愛誦され続けています。

ブッダが「仏教」を興した

自由思想家として仏教を興したゴータマ・ブッダは紀元前500年頃に生まれました。ブッダは、アートマン(自己)を形而上学の実体とみなして諸学派が論争が繰り広げていた当時の状況を否定し、真理を求める実践的な理法を説きました。

仏教はアートマンを否定した無我の立場で輪廻と業の思想を説きましたが、アートマンの思想の否定は当時の人々にとって画期的なものでした。仏教は自由思想の新しい思想集団として立ち上がっていったのです。

まとめと本の紹介

「ヴェーダ」とは、古代インドに定住したアーリア人によって作られた、神々にささげる賛歌「ヴェーダ聖典」の思想をもとに形成された文献や思想のことを指します。ヴェーダ文献の総仕上げとして「ウパニシャッド」哲学が成立し、ヴェーダーンタ学派がその教説を研究しました。

ヴェーダ思想を否定するブッダが仏教を興しますが、原始仏教はウパニシャッドの上に成り立っています。のちに大乗仏教の基礎を築いた龍樹の『中論』もウパニシャッドの学派の影響を受けて書かれています。

つまり、日本人の考え方に影響を与えている仏教の基底には、ヴェーダのウパニシャッド哲学があるのです。

ヴェーダとウパニシャッドの基本を知るためには、次の本がおすすめです。