ハンナ・アーレント(1906年~1975年)は、20世紀を代表する政治学者ですが、第二次世界大戦後のアイヒマン論争に焦点をあてた映画の主人公としても知られています。この記事では、アーレントとその思想や映画のあらすじを紹介します。あわせて著書『全体主義の起源』や『人間の条件』、名言・言葉も紹介しています。
「ハンナ・アーレント」とその思想とは?
ハンナ・アーレントとは20世紀を代表する「政治哲学者」
ハンナ・アーレントとは、ドイツのユダヤ人家庭に生れた政治哲学者です。大学では哲学を専攻し、ハイデガー、ヤスパースに師事しました。ナチス政権から逃れてアメリカに移住し、政治哲学の分野で活躍しました。
20世紀の「全体主義の分析」を行った
アーレントは自らも経験した西欧の全体主義を分析しました。亡命後に英語で執筆して1951年に出版された『全体主義の起源』は、20世紀に興った全体主義を考える上で欠かせない資料となっています。
「アイヒマン論争」で知られる
1963年にニューヨーカー誌に発表したアイヒマン裁判のレポート『イエルサレムのアイヒマンー悪の陳腐さについての報告』は、激しい論争を巻き起こしました。
アドルフ・アイヒマンとは、第二次大戦中に数百万のユダヤ人集団殺害(ホロコースト)を指揮したナチス戦犯です。1960年にイスラエルの秘密機関に逮捕され、翌年に裁判が行われ絞首刑となりました。アーレントはその裁判を傍聴し、「悪の陳腐さ」を報告しました。
アーレントは、アイヒマンが「完全な無思想性」によって最大の犯罪者となったことを指摘し、それを「悪の陳腐さ」と表現しました。加えて、ホロコーストにユダヤ人指導者が協力していた事実を指摘したことなどから、アーレントはアイヒマンを擁護し、またユダヤ人を批判しているなどとして激しく批判されることになったのです。
映画「ハンナ・アーレント」を紹介
2012年に公開された映画「ハンナ・アーレント」は、ドイツ、フランス、アメリカで大ヒットとなり、東京国際映画祭でも絶賛されました。2013年に日本で一般公開され、話題となりました。現在はDVDが発売されています。
「ハンナ・アーレント」のあらすじ
映画「ハンナ・アーレント」は、アーレントの実話に基づいた伝記ドラマ映画ですが、その生涯を追うものではなく、アイヒマン論争に焦点をあてて描かれています。
ニューヨークで大学教授として生活していたアーレントは、アイヒマンの裁判が行われると知り、エルサレムに向かい裁判を傍聴します。裁判では、凶悪な殺人犯であるアイヒマンの凡庸さにアーレントは衝撃を受けます。アイヒマンは自らの役職を忠実に果たしたに過ぎない小役人だとして「悪の陳腐さ」をレポートすると、世界中から批判を受けることになります。
アーレントは誤解を解くために大学で特別講義を行い、「思考をやめたとき、人間はいとも簡単に残虐な行為を行う」「人間は考えることで強くなる」と学生たちに真実を訴えます。
思考停止に陥った人物と、その対極にいる、考える強い人であるアーレントの姿が描かれています。
監督は現代ドイツ映画を代表する「マルガレーテ・フォン・トロッタ」
映画「ハンナ・アーレント」の監督は、現代ドイツの映画界を代表する名監督といわれるマルガレーテ・フォン・トロッタです。特に戦争や時代に翻弄される女性を描いた映画が人気を集めています。
ハンナ・アーレントの著書
アーレントの主著を紹介します。
『全体主義の起源』1951年
アーレントは『全体主義の起源』において、ユダヤ人を絶滅しようとした全体主義とは何だったのか、またそれを生み出した西欧の思想を分析し、考察しました。
本書は『反ユダヤ主義』、『帝国主義』、『全体主義』の三部から構成され、19世紀に形成された反ユダヤ主義と、20世紀前半の帝国主義を分析することで、ナチズムとスターリン主義いう全体主義を解明し、それは現代の大衆社会のどこにでも起こりうる傾向だとしました。
『人間の条件』1958年
『全体主義の起源』のあとに書かれた『人間の条件』では、政治とは何かという根本的な問題を原理的に考察しています。アーレントは、人間の活動を「労働」「仕事」「活動」に分類し、社会的領域と政治的領域の区別について、古代ギリシャのポリスの政治を参照して説明しました。「古代は労働が軽蔑され、近代は労働が賛美された」と述べています。
『イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』1963年
雑誌ニューヨーカーに連載したアイヒマン裁判の記録は、単行本として出版されました。連載中から、ユダヤ人のナチスへの協力問題や、アイヒマンへの責任追及などに対し、多くの反論や批判がユダヤ人社会から寄せられ、バッシングが起りました。
ハンナ・アーレントの「名言」や「言葉」
ハンナ・アーレントの著書や講演から、名言や言葉を紹介します。
真に人間的な会話は、他者に対する喜びや、他者の語ることに対する喜びに満たされているという点で、単なる討論とは異なる。
私たちは過去をなかったことにできないのと同様に、過去を克服することもできないが、過去を受け止めることはできる。
私たちは、自分自身の内で、そして世界の中で起こっていることについて語ることを通して、それを人間化するのであり、またそうした語りの中で、人間であることを学ぶのです。
ハンナ・アーレントを知るためのおすすめ新書
「人と思想180」「戦争の世紀を生きた政治哲学者」
ハンナ・アーレントを知るための入門の本として、次の新書がおすすめです。
まとめ
ハンナ・アーレントは、自身が全体主義の犠牲者でありながら、冷静に「何が起こったのか」を分析し、20世紀を知る上で欠かせない研究の成果を残しました。彼女の波乱の生涯はドラマのようでもあり、映画にもなりました。
「人間の考える力」を信じ、バッシングに屈することなく主張を貫いたハンナ・アーレントの生き方や思想は、混迷の現代社会に生きる私たちにヒントを与えてくれるといえるでしょう。