ウィトゲンシュタインの思想と『探究』『論考』を紹介!入門本も

20世紀の最も重要な哲学者とされる「ウィトゲンシュタイン」は、分析哲学の聖典ともいわれる『論理哲学論考』『哲学探究』を著わしました。この記事では、ウィトゲンシュタインの思想の概要を紹介します。名言と、おすすめの入門書についても紹介しています。



「ウィトゲンシュタイン」の思想とは?

ウィトゲンシュタインは分析哲学の第一人者

ウィトゲンシュタイン(1889年~1951年)は、オーストリアのウィーン出身の哲学者です。20世紀の分析哲学の発展に大きな影響を与え、分析哲学の第一人者とされます。

その研究は大きく前期と後期にわけられ、前期における著作が『論理哲学論考』(『論考』とも呼ばれる)となり、それを自己批判して新たな思索が展開された後期における著作が『哲学探究』(『探求』とも呼ばれる)です。

『論理哲学論考』『哲学探究』とも20世紀を代表する哲学書として評価されています。

なお、ウィトゲンシュタインのフルネームは「ルートヴィヒ・ヨーゼフ・ヨハン・ヴィトゲンシュタイン(独: Ludwig Josef Johann Wittgenstein)」です。「Wi」のドイツ語の発音はウィではなくヴィであるため、「ヴィトゲンシュタイン」とするのが近い発音になりますが、日本では「ウィトゲンシュタイン」と表記されることが多いことから、この記事ではそれに倣って表記しています。

ウィトゲンシュタインの哲学の方法は「言語批判」

ウィトゲンシュタインは前期、後期ともに哲学の方法として「言語批判」を貫いています。ふだん使っている言語が哲学における問題の原因であり、言語の罠にかかって多くの難問が哲学の長い歴史において議論されてきたとする批判の立場に立ち、言語について批判的に考察しました。

『論理哲学論考』において「言語の限界」を設定した

ウィトゲンシュタインは、これまでの哲学は神や魂といった解けない問題をもてあそんでいたにすぎないとして、哲学の解くべき問題と解き方を明確にするために、言葉の本質と限界を解明しようと考えました。

『論理哲学論考』の序文で本書の意義として、「およそ語りうることについては明晰に語りうる、そして、論じえぬものについては沈黙しなければならない」と述べています。そしてそれゆえに、思考されたものの表現に限界を引かなければならず、限界を引くためには限界の両側を思考しなければならないとしました。

ウィトゲンシュタインは言語の記述の限界を考察した結果、言葉で世界は完全に記述されること、さらに哲学の諸問題は最終的に解決されたと宣言しました。

『論考』が刊行されると、ウィトゲンシュタインは哲学と決別し、小学校の教員となりました。

『哲学探究』において「言語ゲーム」論を提示した

哲学から決別したウィトゲンシュタインでしたが、1928年にウィーンで開催された数学者の講演を聴講した際に、哲学においてやり残したことがあることに気づき、再び哲学と取り組むこととなり、それから16年後に『哲学探究』を刊行しました。

『論考』で示した、結晶のように純粋な論理は間違いだったとして、理想的な論理ではなく地に足をつけて実際に営まれる言語活動のことを「言語ゲーム」という概念で表しました。

「言語ゲーム」とは、人間の生活におけるさまざまな言語現象のことを表し、言語以外の、言語がかかわる活動も含んで言語ゲームと呼びます。

具体的には、言葉を発するときの表情や動作、感覚、他者とのかかわりや名前をつけること、それらすべてが言語ゲームであるといいます。さらに、言語活動は理性による思考の結果ではなく、歩いたり、笑ったりする人間の活動と同じ種類の一つの活動に過ぎず、とくに優れた活動であるわけではないとして、言語とは、ただの言語によるゲームなのだとしました。

人は生きるうえで慣習を持ちますが、慣習を語ることなく言語ゲームを繰り広げます。人は自分が生きているそのことを語ることはできず、言語ゲームとは、語られることのない、生活様式の中に基盤を持つものだと説明されます。

ウィトゲンシュタインは、生涯めぐらした考察において、「語りえぬもの」を語り続けたといえます。

「ウィトゲンシュタイン」の著書

『論理哲学論考』1921年

『論理哲学論考』は、ウィトゲンシュタインの生前に刊行された唯一の著作です。『論理哲学論考』の目的は、言語と思考の限界を思考し、哲学問題に終止符を打とうとするものです。

『論考』では基本となる7つの命題があり、それぞれの番号が振られた短い断章が積み重なるように構成されています。

1.「世界は成立していることがらの総体である」という命題から始まり、最後の命題は先に紹介した7.「語りえぬものについては、沈黙するしかない」です。

1.に対する注釈として、1.1「世界は事実の総体である。事物の総体ではない」が掲げられるという、近代論理学の形式に基づいて思想が展開されます。

本書では論理学に厳密に基づいて言語の世界像を構築し、哲学の不備を指摘したことから、当時の哲学界に衝撃を与えました。

『哲学探究』1953年

後期の著作である『哲学探究』は、ウィトゲンシュタインの死後2年が経過してから出版されました。本書は、『論理哲学論考』において、哲学のすべての問題は解決したと宣言したことを考え直し、哲学に復帰してから16年の長きにおける思索の成果をまとめたものです。

後期における哲学は、日常に使われる言語の働きの理解へと方向を大きく転換しました。本書では、世界は言語の実践であるところの言語ゲームのもとで現象しているという言語論を展開しています。

本書の序文には、この書物は一連の思索におけるスケッチを整理し、一枚の風景画に見えるようにアルバムにした、と書かれているように、膨大な断章が章の番号順に並べられて構成され、研究者には未発掘の鉱脈とも喩えられます。

「ウィトゲンシュタイン」の名言

「語ることができないことについては、沈黙するしかない」

『論考』の最後の言葉は、ウィトゲンシュタインの名言として有名な「語ることができないことについては、沈黙するしかない」です。「本書に表された思想が真理であることは決定的であり、それゆえ問題はその本質において最終的に解決された」と述べていますが、ウィトゲンシュタインが解決したとしたこととは、「語りえないこと」の証明であったといえます。

「考えるな、見よ」

『探求』において、言語の本質的な意味を考えるな、言語の使用の類似性や関連を見よ、という意味で書かれた言葉「考えるな、見よ」が有名です。言語ゲームの概念を説明した言葉です。

まとめと「ウィトゲンシュタイン入門」の本を紹介

言語の嘘を徹底的に追及したウィトゲンシュタインは、前期の著書『論考』では哲学の諸問題は解決したと宣言しました。しかし、後期の『探求』では解決宣言を改め、日常で使われる言語の働きを追及し、言語はルールに基づいて相互に交わされる営みであるとして、いずれにおいても従来の言語観を覆しました。

ウィトゲンシュタインの哲学は難解で、読み解くのには相当の時間がかかると多くの研究者が述べています。この記事ではウィトゲンシュタインの思想の概要のみを紹介しましたが、興味を持たれた方は解説書とともに本文を読み進めてみることをおすすめします。

ウィトゲンシュタイン入門のための解説書は多く出版されていますが、本文に触れながらわかりやすい解説も読める本として、以下の2冊をおすすめします。

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趣味は読書とヨーロッパ旅行で、大学では人間科学とデザイン学を学びました。好きな場所は大きな図書館と美術館のカフェ。人生が豊かになる知識を探索するのがテーマです。