「マグリット」の生涯と作品とは?『光の帝国』やポスターも紹介

現実を超えた現実を描いた「ルネ・マグリット」とは、どのような人物なのでしょうか?またその神秘的な作品はどのように読み解けるのでしょうか?

この記事では、マグリットの生涯と作品について概要を解説します。代表作『光の帝国』や、美術館についても紹介しています。



「ルネ・マグリット」の生涯とは?

「ルネ・マグリット」は「シュルレアリスム」の代表的な画家

ルネ・マグリット (René Magritte、1898年~1967年) は、ベルギーのフランス語地域レシーヌに生まれ、生涯のほとんどをベルギーで過ごしました。残っているポートレートでのマグリットは、山高帽を被り、ネクタイを締めてダークスーツを身に着け、静かにたたずむ、あるいはスーツで絵を描く姿であり、その私生活も芸術家にありがちな波乱万丈の生活とは程遠い、静かで規則正しいものでした。

マグリットの生涯における大事件は、マグリットが13歳のとき、神経を病んでいた母レジーナが川に身投げをして自殺をするという悲劇でした。発見された母の顔は白いナイトガウンで覆われていたといい、マグリットの絵画に顔を布で覆われたり、顔のない人物が登場したりするのはこの影響ではないかと言われています。

マグリットは幼い頃から絵を描くことが好きで、18歳のときブリュッセルの王立美術アカデミーに入学します。当初の作品には印象派の影響が見られますが、その後キュビズムなど前衛表現を模索しながらシュルレアリスムに出会います。やがてシュルレアリスムを代表する画家として人気を博し、ベルギーを代表する画家としての地位をも確立しました。

シュルレアリスムとは、アンドレ・ブルトンが提唱した、20世紀の芸術界を代表する思想活動です。フロイトの提唱した精神分析学を理論の支柱として、人間の無意識に芸術の根源を見い出そうとしました。日本語では「超現実主義」と訳され、現実の奥に隠された超現実を表現する活動を行いました。

「デ・キリコ」と「エルンスト」から影響を受けた

1923年にジョルジョ・デ・キリコの『愛の歌』を雑誌で見たマグリットは、キリコの絵画が表現している、謎めいたテーマこそが自らが求めるものであることを発見し、シュルレアリスムに独自のスタイルを見い出しました。

1926年から1930年(28歳~32歳)にはパリに滞在し、シュルレアリストのアンドレ・ブルトンらと交流します。この時期に精力的に作品を制作し、言葉と物のイメージの関係性を追求する独自のテーマが展開されました。

マグリットに影響を与えた画家として、キリコのほかにマックス・エルンストがいます。エルンストはコラージュを駆使するシュルレアリストの画家で、マグリットにコラージュの技法とデペイズマンという配置の効果を教えました。デペイズマンについてはのちほど詳しく説明します。

「フロイト」の精神分析学に思想的な影響を受けた

他のシュルレアリストと同じく、マグリットもフロイトの精神分析学に影響を受けた絵画を制作しました。フロイトは人間の心的エネルギーを、性的衝動によって解釈しており、そのことからマグリットは性や暴力をテーマにした作品を描いています。

また、意識の下に閉じ込められている無意識が、夢を通じて出現すると考えたフロイトの夢分析に従って、夢の中の世界を思わせる神秘的な絵画が描かれました。

「マグリット」の絵画の手法とは?

「デペイズマン」の手法によって意外なモチーフを組み合わせた

マグリットの絵画は、現実を超えた組み合わせによるモチーフが描かれ、その意味を考えてもわからないことから、難解だという印象を持ちます。その手法は「デペイズマン」と呼ばれ、意外なモチーフを組み合わせることによって、受け手の感情を動かす効果を狙うもので、文学や絵画で用いられます。マグリットの絵画の造形は、デペイズマンを基本として描かれました。

神秘的な世界を「手で描かれたコラージュ」で表現

デペイズマンのほかに、マグリットは「手でコラージュを描く」という手法を用いました。コラージュとは、「糊貼り」という意味で、本来は画面に断片化された別の素材を貼る技法ですが、マグリットはコラージュのような絵を手で描きました。

地面が切り取られて別の世界が現れたり、顔の一部が切り取られて内部に奇妙な物体が出現したりといった、切り裂かれた神秘的な世界をコラージュ的な表現によって描きだしました。マグリットは、感じ取ることができない冷たい世界を、物質に変換しようとしたと述べています。

「マグリット」の代表的な作品とは?

イメージと言葉の問題を提起した『イメージの裏切り』(1928年~1929年)

『イメージの裏切り』には、丁寧に描かれた喫煙具のパイプの下に「Ceci n’est pas une pipe.(これはパイプではない)」とフランス語が書かれています。描かれたパイプはパイプではない、という「イメージと言葉」の問題を提起した、初期を代表する作品です。

哲学者のミシェル・フーコーは、著書『これはパイプではない』において、『イメージの裏切り』を論じ、またその問題提起は、20世紀の広告やグラフィック・アートへ影響を与えるなど文化全体に影響は広がりました。

昼と夜を同時に表現した『光の帝国』(1954年)

『光の帝国』は、戦後のマグリット絵画を代表する作品です。街灯と部屋の明かりが灯る夜の風景の上に描かれた空は、白い雲が浮かぶ昼の空です。昼と夜をともに想起することは、見る人を魅了させ、思索の対象となる、そしてその想起する力は詩的な力を持つとマグリットは述べています。

対立するものを同時に表現する手法は、芸術における永遠のテーマであり、昼と夜を同時に表現した作品は、しばしばマグリット作品に登場します。

希望の象徴である「羽ばたく鳥」を描いた『大家族』(1963年)

羽ばたく鳥のシルエットを、白い雲が浮かぶ青空でコラージュ的に描くモチーフは、マグリット作品にしばしば登場します。『大家族』は、曇天の暗い空を地として、青空を宿した飛翔する鳥(鳩)が描かれています。鳩は聖書における希望の象徴であり、第二次世界大戦後にはピカソによって平和のアイコンとして定義されたものです。

『大家族』は、<宇都宮美術館>が収蔵しています。

商業ポスターのために描かれた『空の鳥』(1966年)

マグリットは当初、広告のポスターなどの商業デザインの仕事からスタートし、シュルレアリスムの画家となってからも、デザイン事務所を開いて商業デザインの仕事を行っていました。ベルギーの国営航空サベナのために制作された『空の鳥』は、最晩年の作品です。

その構図は『大家族』で描かれた鳥を下敷きにしていると思われますが、その形は簡略化されており、大量生産されることを前提にデザインされていると考えられます。『空の鳥』のモチーフは、1998年までの32年間にわたって、サベナ航空のロゴとして機体や備品に付与されました。

まとめと「美術館」の紹介

ルネ・マグリットは、フロイトの精神分析論を支柱とするシュルレアリスムを代表する画家として、パリに滞在した3年間を除いて、生涯をベルギーで過ごしました。デペイズマンや手で描くコラージュの手法によって、意外なものや説明のつかない不条理な世界を描きました。

マグリットの絵画には、不思議な静謐感が漂っています。それは得体の知れない異世界を感情のままに描いたのではなく、見えるものから隠されている見えない世界を、客観的に計算された表現で丁寧に描かれているからだといえるのではないでしょうか。

<横浜美術館>では、『王様の美術館』と、『青春の泉』を所蔵しています。ほかにも国内にマグリットの油彩画を所蔵する美術館はたくさんありますが、いずれも1点から3点程度の所蔵にとどまっています。

マグリットの故郷ベルギーでは、ブリュッセルに、<マグリット美術館>が2009年に開館しました。世界で最大のコレクションとなるほか、映像や写真、文献なども充実しています。ブリュッセルには、シュルレアリストたちが集った1920年代から続くカフェなどもあり、マグリットの世界を体験できます。