「テンペラ」とは何か?技法や歴史・代表作のムンク『叫び』も紹介

西洋絵画の技法には「テンペラ画」があるのをご存じですか?「テンペラ」とは卵などを混ぜた絵の具を使う絵画技法で、15世紀に油絵の具が登場するまでは主流だった方法です。著名な作品から挙げるとムンクの『叫び』もテンペラで描かれたものがあります。

この記事では、「テンペラ」とは何か、その技法や歴史、メリット・デメリットについて解説し、あわせて著名なテンペラ画作品も紹介します。

「テンペラ」とは?

「テンペラ」とは卵で混ぜた顔料を用いる絵画技法のこと

テンペラとは、顔料を卵や膠(にかわ)などで混ぜ合わせた絵の具を用いる絵画技法のことです。ラテン語を語源としてます。

「テンペラ」の意味は混ぜ合わせること

テンペラの意味は、混ぜ合わせることです。

テンペラ画とはテンペラ技法で描かれた絵画

テンペラ画とは、テンペラ技法で描かれた絵画のことです。

画家によっては卵黄のほかに卵白や薬品を加えることも

テンペラは卵黄のほかに画家によっては卵白や薬品を加えることもありました。顔料には、土や岩石の粉末、緑青などの酸化した金属などが試行錯誤されながら用いられました。アフガニスタンで採掘され、海を越えてヨーロッパにもたらされたラピスラズリなど、希少で高価なものもありました。

テンペラの支持体としては、中世の時代は布を張ったカンヴァスはまだなく、壁画や写本を除いたほとんどの絵は、木の板に石膏を塗布したものに描かれました。中世の時代の写本は、羊の皮をなめした羊皮紙に描かれました。

「テンペラ」の歴史とは?

5世紀頃からヨーロッパ絵画の主な技法として用いられた

テンペラ技法とは、5世紀頃から用いられ、15世紀に油絵の具が発明されるまで、ヨーロッパ絵画の主な技法でした。卵を用いたテンペラのことを、卵テンペラ(エッグ・テンペラ)と呼ぶこともありますが、一般的に卵テンペラのことを「テンペラ」と呼びます。

ちなみに、顔料を油で溶いたものが油絵の具です。テンペラのほかには、「フレスコ」や「モザイク」の技法も中世でよく用いられた手法です。

■参考記事
「フレスコ画」とは何か?描き方や『最後の審判』など有名壁画も

15世紀末ごろの「油絵の具」発明により衰退へ

15世紀末頃に油絵の具が発明され、港町のベネチアで帆布を使ったカンヴァスが生まれると、油絵の具とカンヴァスの組み合わせが主流になりはじめます。そしてチューブに入った油絵の具が19世紀に登場すると、西洋絵画のほとんどは油絵の具で描かれるようになりました。

「テンペラ」技法のメリット・デメリットとは?

「テンペラ」のメリットは”発色の良さと変色劣化が少ない”

卵テンペラの特徴は、明るい発色の良さに加えて、経年による変色劣化が少ないことです。中世の祭壇画は、現在でも美しい色と状態を保つものが多いです。また細い筆を使って細かい書き込みができたため、写本の細密画に適していました。

他にも不透明で上塗りができること、速乾性、堅牢などの特長があります。

「テンペラ」のデメリットは”亀裂や剥離が生じやすい”

テンペラは適度な薄さで描くとひび割れや剥離は生じにくいですが、一度に厚く塗り過ぎると亀裂を生じます。また、板に描いた場合、湿気や乾燥によって板がそり返り、絵の具が剥離するという難点がありました。

著名な「テンペラ画」を紹介

中世に活躍した著名なテンペラ画の画家と、その代表的な作品を紹介します。

チマブーエ『聖母と天使たち』(1270年頃)

『聖母と天使たち』ルーヴル美術館
(出典:Wikimedia Commons User:Petrusbarbygere)

チマブーエ(Cimabue、1240年頃~1302年頃)は、イタリア・フィレンツェに生まれた、西洋絵画史のはじまりであるゴシック期を代表する画家です。

『聖母と天使たち』は、金地の背景に、正面を向いた左右対称の形式的な人物が配置され、ビザンティン様式の影響が残るチマブーエ絵画の特徴を見ることができます。

ジョット『荘厳の聖母』(1310年頃)

『荘厳の聖母』ウフィツィ美術館
(出典:Wikimedia Commons  User:Eugene a)

ジョット(Giotto di Bondone、1267年頃~1337年)は、チマブーエの弟子で、それまでの形式化された様式からルネサンスの予兆である人間的な表現への移行を行いました。

『荘厳の聖母』は、チマブーエの聖母と比較すると自然な人間らしさが表れはじめており、画面にも奥行きが感じられます。

ボッティチェッリ『ヴィーナスの誕生』(1484年頃)

『ヴィーナスの誕生』 ウフィツィ美術館
(出典:Wikimedia Commons User:Dcoetzee)

サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli、1445年~1510年)は、イタリア・ルネサンスを代表する画家です。代表作『ヴィーナスの誕生』は、カンヴァスにテンペラで描かれており、西欧美術のひとつの頂点とされています。

『ヴィーナスの誕生』は、ルネサンス期の思想である、キリスト教文化と古代ギリシャ・ローマの宗教文化の融合を試みたネオ・プラトニズム思想を反映しており、ギリシャ神話の女神ヴィーナスが、優雅で自然な女性の姿で描かれています。

ムンク『叫び』(1910年)

テンペラ・油彩画の『叫び』(ムンク美術館)
(出典:Wikimedia Commons User:Racconish)

ノルウェーの画家、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch、1863年~1944年)の代表作『叫び』は、いくつかのバリエーションがあり、シリーズとして制作されました。ムンクによれば、シリーズ第1作目は、1892年に制作された油彩画の『絶望』で、これを原型として『叫び』が制作され、1893年にクレヨン画とテンペラ・クレヨン画を、1895年にパステル画とリトグラフが作られました。

さらに、15年ほどのちの1910年に、テンペラと油彩を併用して『叫び』が制作されました。テンペラ・油彩の混合技法では、テンペラの不透明な発色と油彩の透明な発色など、両者を併用することにより、表現の幅が広がります。

『叫び』は、不安の象徴を描いた作品で、技法を変えて繰り返し制作されました。

「テンペラ」は現代になって再び見直されている

中世のヨーロッパ絵画では、テンペラ技法が主に用いられました。祭壇画のほとんどはテンペラで描かれ、修道院などで作られた聖書の写本の挿絵もテンペラでした。

ルネサンス時代に油絵の具がもたらされたため、ボッティチェッリ(1445年~1510年)はテンペラを用いましたが、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)は テンペラとともに油絵の具も用いました。

近代の画家であるムンクは、さまざまな技法で『叫び』の連作を制作しており、テンペラによるものも制作しました。

また、現代になって再びテンペラの良さが再評価され、テンペラを好んで用いる現代画家もいます。

まとめ

「テンペラ」は、カンヴァスに油絵具の組み合わせが主流になる前の、中世ヨーロッパでよく用いられた絵画手法です。顔料と卵を混ぜ合わせて使用します。

支持体は、カンヴァスが使われるようになる前には板が使われ、そのほかに写本の挿絵などにも用いられました。油絵具が改良されるとその便利さからテンペラはあまり使われなくなりましたが、現在でも、その特性である美しい発色や細密画を描くために、あえてテンペラで作品をつくることもあります。

中世のヨーロッパでは、テンペラのほかに、壁画には主にフレスコやモザイクの技法が用いられました。