「善きサマリア人」とは?『聖書』のエピソードや絵画と法も解説

「善きサマリア人」とは『聖書』に記されたエピソードです。ゴッホなどの著名な画家が絵画の主題としても取り上げたほか、聖書に由来してアメリカやカナダでは「善きサマリア人の法」が施行されています。

「善きサマリア人」について、その意味や背景についてわかりやすく解説します。あわせて、絵画や「善きサマリア人の法」も紹介します。

「善きサマリア人」とは?

「善きサマリア人」とは『新約聖書』”ルカ福音書”に書かれたエピソード

「善きサマリア人」とは、『新約聖書』の中に収められた「ルカ福音書」に書かれたエピソードです。「善きサマリア人の話」が始まる前に、律法学者とイエスは次のような会話をしました。

  • 律法学者がイエスに「何をすれば永遠の命がいただけるでしょうか」と質問します。
  • 律法(聖書)に何と書いてあるかとイエスがたずねると、律法学者は「あなたの神なる主を愛せよ。隣の人を自分のように愛せよ」です、と答えます。
  • イエスが、それを実行しなさい、と言うと、律法学者は「隣人とはいったい誰のことですか」と質問します。

律法学者が「隣人とは誰のことか」と尋ねたあとに、イエスの「善きサマリア人」のたとえ話が始まります。

「善きサマリア人」のたとえ話を紹介

「隣人とはいったい誰のことですか」と質問した律法の専門家に、イエスは次のようなたとえ話をしました。

ある人が強盗に襲われ瀕死の状態で道端に捨て置かれた。祭司が通りかかったがそのまま行ってしまった。次にレビ人がやってきたが同じように立ち去った。次にやってきたサマリア人は、旅人に応急処置をしてロバ(または馬)に乗せて宿屋に連れて行き、介抱した。次の日、宿屋の主人に銀貨を渡し、世話を頼んだ。

イエスは律法家に、この3人の中で誰が旅人の隣人かと尋ねると、律法家は、親切なサマリア人だと答えた。イエスは「行ってあなたも同じようにしなさい。そうすれば永遠の命をいただくことができる」と言った。

ルカ福音書 10章25~37節

このたとえ話は、「隣人愛」の本質を伝えるものとして書かれています。

当時の「サマリア人」はユダヤ人に蔑視されていた

サマリア人とは、紀元前1世紀にイスラエル王国がアッシリア帝国に滅ぼされたとき、アッシリア人とユダヤ人が混血して生まれた民族です。当時のユダヤ人は純血を至上とし、ユダヤ人以外の民族を穢れていると考えていたため、サマリア人を忌み嫌い、蔑視していました。

ユダヤ人が敵視していたサマリア人の行為を「隣人愛」の規範とすることにより、「永遠の命」が得られるとしたこのたとえ話は、民族を超えた世界宗教を目指したキリスト教のテーマが展開されたものです。

「善きサマリア人」の絵画作品とは?

自殺した年にゴッホが『善きサマリア人』を描いている

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853年~1890年)は、その生涯において直接的に聖書の場面を表す宗教画はほとんど描きませんでしたが、自殺した年に『善きサマリア人』を描きました。ドラクロワの作品に触発されて描いたとされます。

画面では、瀕死の旅人を馬に乗せようとしているサマリア人が迫力をもって前面に描かれ、その奥に後ろ姿のレビ人が、さらにその奥に小さく祭司が描かれています。

映画の一場面のようなレンブラントの『善きサマリア人』

レンブラント『善きサマリア人』(1630年)
(出典:Wikimedia Commons User:Lomojo)

レンブラント(1606年~1669年)は、聖書を主題とした絵を多く描きました。1630年に描いた『善きサマリア人』では、馬に旅人を乗せたまま宿屋の前で交渉するパリサイ人の姿が、映画の一場面のように、周囲の風景とともにその時代の風俗で描かれています。

「善きサマリア人の法」とは何か?

アメリカなどで施行される「人を救う行動に対する法律」

アメリカやカナダなどで施行されている「善きサマリア人の法(英語:good Samaritan law)」があります。この法は、急病など窮地に陥った人を救うために善意の行動を取った場合に、その結果が失敗したとしても責任を問われないとするものです。

「善きサマリア人の法」の目的は”傷病人の保護を促進すること”

「善きサマリア人の法」がなぜ作られたのでしょうか。それは、万が一の場合に、処罰を受ける恐れをなくし、傷病者の保護を促進しようとする意図があります。聖書における「善きサマリア人」の教えをその名称の由来としています。

ちなみに、日本では議論はされていますが、この法律は今のところありません。

『新約聖書』における「サマリア人の女」とは?

イタリアの教会に描かれた「サマリア人の女」の場面
(出典:Adobe Stock)

『新約聖書』には「サマリア人の女」のエピソードもある

異民族とともに、当時は女性も一段低い存在と見られていましたが、異邦人や女性にも分け隔てなく布教したイエスのエピソードとして「サマリア人の女」があります。

「サマリア人の女」のエピソードは、マタイ・マルコ・ヨハネの福音書に書かれています。このテーマを主題として、絵画も多く描かれました。イエスは井戸のそばに座り、女性が水汲みをする姿で描かれます。

「サマリア人の女」のエピソード紹介

イエスが、井戸のそばで一休みしていると、サマリア人の女性が水を汲みにやってきます。イエスは「水を飲ませてください」と女性に話しかけます。

ユダヤ人がサマリア人に口をきくことなど考えられなかったため、女性は驚きますが、イエスは女性と親しく会話します。女性はイエスに教えを乞い、町の人々にイエスのことを伝え、サマリア人の間にイエスが救世主であることが信じられてゆきます。

まとめ

「善きサマリア人」とは、『聖書』の中の「ルカ福音書」に書かれた、イエスが「隣人愛」をたとえ話によって説くエピソードです。サマリア人は当時のユダヤ人に蔑視されていましたが、そのサマリア人の行動を規範にせよと説くことで、キリスト教が世界宗教であることを示しました。

「善きサマリア人」を主題とした宗教画や彫刻作品などが多く制作されています。ゴッホのように立ち去る人までを描き込んだり、瀕死の旅人と介抱するサマリア人のみを描くなど、芸術家によってどの場面にポイントを置くかが異なります。