キリスト教の「十字架」は、キリスト教文化や芸術になくてはならないモチーフです。十字架にはどのような意味が込められているのでしょうか?この記事では、十字架の意味や種類、祈りの道具であるロザリオなど、十字架にまつわる豆知識を紹介します。
「十字架」とは?
キリスト教にとっての「十字架」の意味は”犠牲と救済”の象徴
「十字架」とは、犠牲と救済の象徴です。キリスト教では、十字架(cross)を象ったものや描いたものを崇敬の対象としたり、祈りの時に十字架をなぞらえて手で十字を切ったりします。また十字架は、キリストの磔刑図や磔刑像としても表現されます。
キリスト教では、キリストが人々の罪を背負って犠牲となることで、人々を救済したと考えられています。そのため、十字架や磔刑図は犠牲と救済の象徴となったのです。
「十字架」は古代ローマの処刑具、キリストの磔刑にも
「十字架」は、キリスト教の最も重要なシンボルです。古代ローマにおいて、十字架は重罪人の処刑具として使われていました。イエス・キリストが磔刑に処せられたことにより、キリスト教にとっては重要な意味を持つものとなりました。
「ロザリオ」は数珠に十字架が連結された祈りの道具
カトリック教徒の信仰において、聖母マリアの祈りを唱える際に用いる、数珠に十字架が連結された用具を「ロザリオ」と呼びます。ネックレスのような形をしていますが、首にかけるのではなく、手に持って珠を数えながら祈ります。
ロザリオ
仏教の数珠とロザリオの類似点はさまざまに議論されていますが、その起源が同一であるかや、それぞれに影響があったかどうかについては結論が出ていません。
キリスト教における「十字架」の種類とは?
「ラテン十字」と「ギリシャ十字」が多く用いられる
キリスト教の十字架の形で最も多く用いられるのは、縦長横短形の「ラテン十字」と、縦横の比率が同じ「ギリシャ十字」です。「ラテン十字」は主にカトリックやプロテスタントの西方教会を中心に用いられ、「ギリシャ十字」はギリシャ正教会で多く用いられます。
ラテン・ギリシャ十字はキリスト教信仰の証としてだけでなく、国旗や紋章のデザインとしても多用されています。
「聖ペトロ十字」は使徒ペテロの逆さ磔刑に由来
外典や教会史の記述によれば、十二使徒の一人であるペテロは、イエスの死後、皇帝ネロによるキリスト教徒迫害によって磔刑に処せられました。その際に、イエスと同じ磔刑には値しないとして、自ら逆さによる磔刑を望んだとされます。その伝承から、ラテン十字が逆さまになった図像を聖ペトロ十字と呼ばれます。
逆さ十字に磔にされたペテロは多くの画家が描きましたが、ミケランジェロやカラヴァッジオの作品が知られています。
「ケルト十字」はケルト文化圏におけるシンボル
巨石時代のあとの紀元前6世紀頃、ブリテン諸島に渡ってきたケルト人は、十字に円環を戴く形の「ケルト十字」と呼ばれるシンボルを有していました。円環は古代ケルトで信仰された太陽神を表しているとされます。
キリスト教が広まるとケルト文化圏におけるキリスト教のシンボルとなり、石造りのケルト十字架が修道院や墓地に立てられました。
ケルト十字はケルト美術のモチーフとして、重要なものです。
「十字架」をモチーフとした有名な作品や建築とは?
ルーベンスの『キリスト降架』
ルーベンス『キリスト降架』(アントワープの聖母大聖堂)
(出典:Wikimedia Commons User:Welleschik)
初期キリスト教においては、キリストの磔刑の場面を描く磔刑図や、絶命したキリストが十字架から降ろされる場面を描くキリストの降架図は、直接的には描かれませんでしたが、5世紀以降には絵画や彫刻などで盛んに表現されました。
中年以降の多くの日本人が間接的に触れた絵画として、ルーベンスの『キリスト降架』『キリスト昇架』があります。昭和50年に日本のテレビアニメとして制作され、大人気となった『フランダースの犬』において、主人公ネロと犬のパトラッシュが息を引き取る時に見た絵は、ベルギーのアントワープにある聖母大聖堂に実際に飾られているルーベンスの名作です。
アニメの原作は、19世紀に活躍したイギリス人作家ウィーダの同名小説です。最後にネロとパトラッシュが死んでしまう結末は、あまりにも悲しすぎるため、アメリカで映画化されたときはハッピーエンドとなるように制作されたということです。
安藤忠雄設計「光の教会」
光の教会・礼拝堂内部
(出典:Wikimedia Commons)
通称「光の教会」と呼ばれるプロテスタント系の茨木春日丘教会(いばらきかすがおかきょうかい)の礼拝堂は、安藤忠雄の設計によって1989年に竣工されました。建物は打ち放しコンクリートの直方体で、正面の壁の全体に十字架状のスリットが設けられています。スリットから漏れる「光の十字架」が室内を照らす設計です。
「光の教会」は安藤忠雄の代表作の一つであり、外国からの見学者も多く訪れる世界的に有名な礼拝堂です。
「十字架」にまつわる豆知識
「十字架を背負う」とはイエス・キリストの言葉が語源
重い苦難や、消えることのない罪を背負うことを「十字架を背負う」と表現することがあります。この表現は、イエス・キリスト自身がたびたび述べた言葉でした。
「ルカ福音書」には、「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない」とイエスの言葉が記されています。
教会堂の建築プランは「十字架形」が基本である
基本的な教会堂の建築プランは、十字架形を基本として設計されています。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の前身である旧サン・ピエトロ聖堂は、4世紀に建造が始まった時にはすでにラテン十字架形のプランになっていました。
「ヨハネ福音書」において、教会堂を「イエスのからだである神殿」と表現しており、キリスト教徒にとっての教会堂は、キリストの肉体を表現したものだったのです。祭壇はキリストの心臓を表現していました。
「リトアニアの十字架の丘」は無形文化遺産
「リトアニアの十字架の丘」は、リトアニア北部にあるカトリックの巡礼地です。キリスト教が伝来する前から、村にはオーク材を彫って十字架を作り、奉納する儀式がありました。
19世紀にロシア帝国に併合され、その後ソビエトの体制下に置かれたことで、十字架の丘は地域の団結のシンボルとなりました。
丘に奉納されている十字架の数は、5万基とも推定されています。十字架の他にもイエスの受難像や聖母マリア像など、さまざまな捧げものが奉納されています。
まとめ
十字架は、イエス・キリストの受難の象徴として、キリスト教社会で崇敬の対象とされてきました。十字架やキリストの磔刑図は、芸術のテーマとしても欠かせないものです。
中世ヨーロッパでは、「クルクス・ゲンマタ」と呼ばれる、貴石や七宝で装飾した豪華な十字架も盛んに作られました。中世の教会などで、豪華に装飾された美しい十字架を見ることができます。
キリスト教以外でも、十字の意匠はさまざまな国の古代世界において、装飾や象徴の形として用いられてきました。例えば、十字の上部がループ状の楕円となった、古代エジプトのエジプト十字「アンク」などがあります。