「ベラスケス」とは?様式の特徴や代表作『ラスメニーナス』も解説

スペイン・バロック絵画の巨匠「ベラスケス」は、スペイン王室の宮廷画家として生涯を送り、多くの傑作を残しました。この記事では、ベラスケスの生涯とバロック様式について紹介します。あわせて代表作『ラス・メニーナス』も解説します。



「ベラスケス」とその生涯とは?

ベラスケスの肖像画
(出典:Wikimedia Commons User:Fanghong)

「ベラスケス」は「バロック期」のスペインを代表する画家

ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez, 1599年~1660年)は、17世紀バロック期のスペインを代表する画家です。構想した主題をあたかも目の前に起きているかのようにリアルに描く、天才的な宮廷画家として知られます。

近代絵画の祖であるマネが、プラド術館でベラスケスを観たとき「画家たちの画家」と絶賛した逸話がよく知られています。絵画のリアリズムの頂点を究めているとして、ベラスケスは近代に入って再び評価されました。

若くして宮廷画家に抜擢され、生涯を王付き画家として過ごす

セビリアの公証人のもとに生まれたベラスケスは、幼少期から絵画の才能があり、11歳のときにセビリアの画家で教養人であったパチェーコの工房に入門します。美術理論や教養を身に着け、18歳で独立します。

24歳の若さでフェリペ4世に見い出され、宮廷画家となり、61歳で亡くなるまでの40年近くを、宮廷画家として過ごしました。ベラスケスは自身を「絵筆をもって王に仕える従者」と自任していました。

フェリペ4世のスペインは、王権がもっとも強大な時期であり、宮廷絵画が特に華やかな時代でした。王室があったスペインやフランス、イギリスなどでは優れた画家を宮廷に招き、高い待遇を与え、王室の権威を誇示するための肖像画や、宮殿装飾するための華やかな絵画を描かせる伝統がありました。

画家の社会的地位は当時は低く見られていましたが、宮廷画家に選ばれることによって地位と名誉が得られました。平民の出身であったベラスケスでしたが、のちにスペイン最高の貴族の称号のひとつであるサンティアゴ騎士団の称号を授与されました。

「プラド美術館」の基礎となるコレクションのキュレーターを務めた

ベラスケスは画家としての仕事の傍ら、宮殿を管理する家臣としてのさまざまな仕事もこなしました。のちにプラド美術館の基礎となる、フェリペ4世のコレクションの収集や管理も統括し、王室美術館のキュレーター的な役割も持っていました。

ベラスケスは、2度にわたってイタリアへ美術品収集のために長期出張しており、その際に、複雑な人格まで描き出した肖像画の傑作『教皇イノケンティウス10世』などを残しています。

ベラスケスの絵画の様式は「バロック」

バロック様式の教会内部

ベラスケスの絵画はバロック様式と呼ばれます。バロックとはどのようなものなのでしょうか?

「ルーベンス」や「レンブラント」などバロック絵画の巨匠が各地で活躍した

「バロック」とは、もともと「歪んだ真珠」を意味する言葉で、調和のとれたルネサン様式に対して、自由で躍動感のある表現形式を特徴とします。16世紀末から18世紀の欧州において、絵画のほかにも、音楽や文学の分野でも流行しました。

スペインの「ベラスケス」、フランドルの「ルーベンス」(1577年~1640年)、オランダの「レンブラント」(1606年~1669年)、イタリアの「カラヴァッジョ」(1571年~1610年)など、バロック期には多くの巨匠が各地で活躍しました。

外交官でもあったルーベンスがマドリードに滞在したとき、ベラスケスとルーベンスは交流を持ちました。同時代の画家たちは、互いに交流したり、影響しあいながら腕を磨いていました。

「バロック期」はスペイン絵画の黄金時代

フェリペ2世が即位した16世紀半ばから、カルロス2世が死去する1700年の間、約150年間続いたハプスブルク王朝は、スペイン文化の黄金時代と呼ばれます。文学では『ドン・キホーテ』で知られるセルバンテス(1547年~1616年)が、絵画ではギリシャ人のエル・グレコ(1541年~1614年)が17世紀初頭のスペインで活躍しました。

初期のバロック様式である、強い明暗の対比や醜い現実も直視して描くカラヴァッジョの影響はスペインにもおよびました。ベラスケスはそのような土壌の中で、スペイン絵画の黄金時代を築きました。

ベラスケスの代表作を紹介

ベラスケスは多作ではありませんでしたが、多くの傑作がプラド美術館に収蔵されています。その中から代表作を2点紹介します。

『ブレダの開城』(1635年頃)

『ブレダの開城』プラド美術館(マドリード)
(出典:Wikimedia Commons User:Alonso de Mendoza)

『ブレダの開城』は、オランダ軍からブレダの町を奪還したスペイン軍の勝利を描いています。戦勝画でありながら、ベラスケスは戦いの場面や勝者を誇示する姿を描くのではなく、降伏したオランダ軍の総督がスペイン軍の将軍に城門の鍵を譲り渡す場面を描きました。

この場面は実際にあったものではなく、騎士道精神に基づくスペイン軍の高潔さを、ベラスケスが構想して生み出したものです。ベラスケスの、作品に臨む姿勢を表しているといえます。

『ラス・メニーナス』(1656年)

『ラス・メニーナス(女官たち)』 プラド美術館(マドリード)
(出典:Wikimedia Commons User:Dcoetzee)

集団肖像と物語絵の最高傑作とされる『ラス・メニーナス(女官たち)』は、ブラド美術館の至宝と呼ばれています。イタリア人画家ルカ・ジョルダーノはこの絵を前にして「絵画の神学」と称えました。

この絵のタイトルは本来は『フェリペ四世の家族』であり、ベラスケスの宮廷内にあるアトリエを王の家族が訪ねた場面の一瞬を切り取った群像図です。

中央にはマルガリータ王女が描かれ、両脇に女官がいます。夫妻は、画面奥の壁にかかった鏡の中に描かれています。つまり、鑑賞者の位置に夫妻がいることになり、観る者が絵の中に入り込んだような気分にさせる仕掛けがなされています。

左には、国王フェリペ四世夫妻を描いているベラスケス自身が描かれています。あるいは、別の研究者によれば、ベラスケスは王女を描いているともされます。ベラスケスの自画像には、宮廷画家として成功した自負が表れています。

まとめ

ベラスケスは平民の出身から、異例ともいえる出世をとげ、スペイン最高の貴族の称号であるサンティアゴ騎士団の称号を授かりました。破格の俸給のほかに豪華な住居や仕事場も与えられ、多くの蔵書や絵画も所有していました。

ベラスケスの描いた絵は、単なる宮廷の装飾画にとどまらない、深い洞察と革新的な挑戦の意図が見られます。出世の野望と絵画の頂点への野望を、静かに達成したのがベラスケスでした。

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趣味は読書とヨーロッパ旅行です。ドイツには5年余り滞在経験があります。某大学の人間科学部とデザイン学部を卒業。人生が豊かになる知識の探索を人生の糧にしています。