バロックの巨匠「ルーベンス」は、日本では「フランダースの犬」に登場する祭壇画を描いた画家として知られています。この記事では、ルーベンスとはどのような画家なのかとともに、「フランダースの犬」との関係を紹介します。あわせて『キリスト昇架』などの代表作品も解説します。
「ルーベンス」とは?
アントワープの聖母大聖堂内部
「ルーベンス」とは”バロック絵画”の巨匠
ピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens 、1577年~1640年)とは、17世紀のバロック絵画を代表する巨匠です。「バロック絵画の王」と歴史家たちにしばしば称賛されるほど高く評価される画家です。キリスト教祭壇画や風景画、歴史画など、さまざまなジャンルにおいて傑作を残しました。
バロック絵画とは、16世紀末から18世紀前半まで流行した芸術運動であるバロック様式に分類される絵画様式のことで、明暗を強く対比させた劇的な描写や深い色彩が特徴です。代表的な画家は、フランドルのルーベンスの他に、イタリアのカラヴァッジョ、オランダのレンブラント、スペインのベラスケスなどがいます。
「ルーベンス」はバロック絵画と古典絵画を調和させた
バロック絵画は、調和を重視したルネサンス絵画に対して極度の激情表現が特徴です。出来事の一瞬を、激しい動きや躍動的な構図でドラマティックに演出しました。
ルーベンスはバロック的な運動性や躍動感を効果的に駆使しながら、教会や宮廷の伝統である古典様式を調和させ、独自の完成された壮麗で格調高い様式を生み出しました。
「ルーベンス」と「フランダースの犬」との関係とは?
アントワープの聖母大聖堂と広場
「ルーベンス」は主人公ネロが憧れた画家
日本においてルーベンスは、バロックの巨匠というより、アニメ「フランダースの犬」の主人公ネロが憧れた画家としての方が有名かもしれません。
「フランダースの犬」は、イギリスの作家によって19世紀に書かれた児童文学で、ルーベンスの絵画を軸に貧しい少年ネロと犬のパトラッシュの友情を描いた悲劇です。昭和50年に同タイトルで日本のテレビアニメとして制作され、大人気となりました。
少年ネロは、アントワープの誇りであるルーベンスに憧れて画家になるのが夢でした。聖母大聖堂にあるルーベンスの『聖母マリアの被昇天』を観ることはできましたが、世界の傑作であるとして観覧料を取っていた『キリスト昇架』と『キリスト降架』は貧しいため観ることがかないませんでした。
クリスマスイブの夜、ネロは貧しさのためにパトラッシュとともに死んでしまいます。その最後の時、偶然に覆いが取れたルーベンスの『キリスト昇架』と『キリスト降架』を、月明かりの下でネロは観ることができました。
「ルーベンス」は物語の舞台アントワープを拠点に活動した
ルーベンスはドイツで生まれましたが、幼少期に父の故郷アントワープに戻り、アントワープの画家のもとで修行しました。イタリアで古代ギリシャ・ローマの芸術やルネサンスの巨匠たちの絵画から学び、1600年には北イタリアのマントヴァ公の宮廷画家となります。
1608年に再びアントワープに戻ると、スペイン低地地方総督アルベール大公の宮廷画家となり、多くの祭壇画を制作しました。『キリスト昇架』、『キリストの降架』や『聖母被昇天』もこの時期の作品です。
アントワープでは大きな工房を併設する邸宅を構え、多くの弟子と助手とともに、大きな祭壇画などを集団で制作しました。ルーベンスの多作は、工房での集団制作が支えていました。
なお、現在はベルギー第二の都市であるアントワープは、ベルギーという国とともにルーベンスの時代にはまだなく、スペイン王の収める地方でした。
「フランダースの犬」に登場する「ルーベンス」の代表作品
ルーベンスの代表作品の中から、「フランダースの犬」に登場する、聖母大聖堂に飾られている3つの祭壇画を紹介します。
『キリスト昇架』(1610年~11年)
『キリスト昇架』聖母大聖堂(アントワープ)
(出典:Wikimedia Commons User:Vincent Steenberg)
『キリスト昇架』は、フランドル地方で伝統的な「三連祭壇画」の様式で制作されています。
三連画はそれぞれに異なる場面を描くのが通例ですが、この作品は三面を全て使って十字架にかけられるイエス・キリストが描かれる異色の構成となっています。キリストと周囲の人々のダイナミックな動きが三面いっぱいに広がっています。
『キリスト降架』(1611年~14年)
『キリスト降架』聖母大聖堂(アントワープ)
(出典:Wikimedia Commons User:Zen3500)
『キリスト降架』は、伝統的な構成にのっとって、三連のそれぞれに異なる場面が描か、それぞれの場面ごとに、キリストを運ぶ役割の人が赤い服をまとっています。
左側には「聖母マリアのエリサベツ訪問」が描かれ、イエスを身ごもった聖母マリアが赤い服をまとっています。右側は「幼子イエス・キリストの神殿への奉献」の場面で、赤い服のをまとっているのはイエスを抱く神官。中央の「キリスト降架」では、イエスを十字架から降ろす聖ヨハネが赤い服をまとっています。
『聖母被昇天』(1626年)
『聖母被昇天』聖母大聖堂(アントワープ)
(出典:Wikimedia Commons User:Vincent Steenberg)
聖母マリアが天使たちによって天に召される場面を描くのが『聖母被昇天』です。神の子であるキリストは自らの力で「昇天」しましたが、人間のマリアは自らの力で昇天できないことから「被昇天」と称されます。「フランダースの犬」においてネロが何度もこの絵の前に通い、祈りを捧げていた絵です。
まとめ
アントワープの聖母大聖堂は、「フランダースの犬」に登場するイメージでは小さな町の素朴な教会を想像させますが、実際の聖堂は世界遺産にも登録された壮麗なゴシック様式の大聖堂です。ルーベンスの祭壇画を目当てに、アントワープに旅行する日本人旅行客が現在も多く訪れているようです。アントワープには、ルーベンスの邸宅兼工房も現存し、一般公開もされています。