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「ヒエロニムス・ボス」の生涯と作品とは?『快楽の園』も解説

「ヒエロニムス・ボス」は、人間の罪や地獄世界を奇想天外な表現で描いた異色の画家です。その特異な絵はどのように生まれたのでしょうか?

この記事では、ボスとその生涯について紹介します。あわせて作品の特徴と、代表作品『七つの大罪』『快楽の園』についても解説します。

「ヒエロニムス・ボス」とその生涯とは?

オランダの風景

「ボス(ボッシュ)」とは中世末期のネーデルラントで活躍した画家

ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch、1450年頃~1516年)とは、中世末期のネーデルラント(現在のオランダ)で活躍した画家です。Boschをドイツ語読みでボッシュと発音することから、ボスではなくボッシュと呼ばれることもあります。

ボスの生きた時代は、ローマカトリックの信仰が揺らいで宗教改革の胎動が表れ、不安と新しい価値感がせめぎあったヨーロッパの変革期にあたります。ルターの宗教改革は、ボスの亡くなった翌年から始まります。

またこの時代のヨーロッパには終末思想が蔓延し、人々は不安の中に生きていました。ボスは客観的に時代を観察し、批判精神を持ちながら、人間の正しい生き方と、それに反するとどうなるかを啓蒙する絵を描きました。

「ボス」の生涯について詳しいことはわかっていない

名前の由来でもある、ボスの生まれたネーデルラント地方の都市スヘルトーヘンボスは、北方の中心的な商業都市のひとつであるとともに、宗教活動の盛んな地域でした。

ボスは敬虔なキリスト教徒で、聖母マリアを信奉する集団「聖母マリア兄弟団」に所属し、教団のための絵画や聖職者や貴族のための絵画を制作しました。また裕福な家庭に生まれ、町の名士として指導的な立場にいました。

ボスは自身に関する文書を残しておらず、伝記なども存在しないため、ボスがどのようにして画家になったのかについては、詳しいことはわかっていません。

「ヒエロニムス・ボス」の作品の特徴とは?

オランダの教会

敬虔なキリスト教徒の立場で道徳的な真理を暗喩で伝えた

資料がないことから、奇想天外なボスの作風が生まれた背景について、なんらかの異端信仰をしていたのではないかとか、幻覚剤を使用していたのではないかなど、さまざまな主張がされてきましたが、それらを裏付ける証拠はなにもありません。

ネーデルラント絵画の研究家は、ボスのインスピレーションの源は、教会の教えや当時の人々の風習の中にあり、隠喩や奇抜なモチーフを使って鑑賞者に道徳的な真理を伝えようとしたものだと分析しています。

ボスは人間の罪と愚かしさをテーマとして、伝統的な様式とは全く異なる独自の発想で、幻想的な地獄図を多く描きました。

メッセージ性の強いネーデルラント絵画の先駆者となった

ボスが活動した同時代のイタリアでは、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)、ミケランジェロ(1475年~1564年)、ラファエロ・サンティ( 1483年~1520年)の三大巨匠が、イタリア・ルネサンスを花を咲かせていました。

しかしボスはイタリア絵画の影響を受けず、特徴を備えたネーデルラント絵画の先駆者となりました。17世紀のオランダ絵画は、モラルや真理を訴えるメッセージ性を持つ風俗画が特徴的ですが、ボスが描いた風刺的な風俗画はその先駆となりました。

オランダの画家ブリューゲル(1525年頃~1569年)がボスのあとに続きました。

「ヒエロニムス・ボス」の代表作品を紹介

『七つの大罪』(1485年頃)

(出典:Wikimedia Commons User:Crisco 1492)

「七つの大罪(ななつのたいざい)」とは、カトリック教会が説く、あらゆる人間が根源的に持つ七つの罪のことです。中世のキリスト教徒は、その罪に堕落することを常に恐れていました。

『七つの大罪』は、1485年頃のボスの手も入った工房の作品だと考えられています。七つの大罪を円形に並べるのは、罪が世界中にあまねくあることを示す伝統的な構図ですが、ボスは円を神の目に見立て、神の視点から見た人間の世界を表現しました。

円の上と下に書かれた文字は旧約聖書の『申命記』からの引用で、「彼らは思慮の欠けた知恵のない民、彼らの行く末を見守ろう」といった内容の言葉が書かれています。

知恵のない人間の行く末は四隅の小さい円の中に示されています。死、最後の審判、天国、地獄です。これらはキリスト教が考えるあらゆる人間の終わりの四つの姿です。つまり、人間は、肉体が死んだあと、最後の審判にかけられ、天国か地獄のどちらかに振り分けられることを示しています。

「七つの大罪」の風刺画の内容

七つの大罪と、それに対応して描かれている場面は次のとおりです。なお、ボスは、七つの大罪に登場する人物として、裁判官や聖職者を登場させています。怠惰な聖職者や貪欲な裁判官は、当時の風刺画で扱われたテーマでした。ボスの他の絵でも、このような特定の身分に対する風刺が行われています。

  • 傲慢(高慢):悪魔が鏡を出しているのに気がつかないまま新しい帽子にうっとりする女
  • 色欲(淫欲):テントの中にいる二組のカップル
  • 嫉妬(羨望):拒絶された求婚者
  • 暴食(大食):テーブルの上にあるものを貪る二人の男
  • 怠惰(堕落):暖炉の前から動こうとしない聖職者
  • 憤怒(激情):争う男たち
  • 強欲(貪欲):裁判官の収賄

『快楽の園』(1503年頃)

(出典:Wikimedia Commons User:Alonso de Mendoza)

ボスの最も有名な代表作『快楽の園』は、「美術史上最大の謎」とも呼ばれる奇想天外な三連祭壇画です。左翼パネルが「地上の楽園」、中央パネルが「快楽の園」、右翼パネルが「地獄」を表しています。つまり、罪の起源(アダムとイヴの原罪)と、その処罰である地獄との間に置かれた「地上の楽園」は、淫欲の大罪を表しています。

「地上の楽園」には、数百人の男女が登場し、さまざまな奇妙な快楽にふける様子が描かれています。中央にこのような謎めいた場面が展開する祭壇画は他に例がありません。

淫欲の罪はさまざまな具象で表現されていますが、同時代の格言や暗喩をもとに描いていることがわかっています。例えば多く登場するイチゴは肉体的な快楽のはかなさを象徴するものであり、果実は生殖器のメタファーで、「木の実を摘む」は性行為の婉曲表現でした。

ボスは他の絵画と同様に、この作品においても人間の愚かしさを映し出す鏡として物語を構築しました。なお、この作品はハプスブルク家に仕えた貴族の婚礼を記念して絵が描かれたものだという説があります。厳しいテーマであるにもかかわらず、どこかユーモラスなのは「お祝い」として描かれたものであったためかもしれません。

まとめ

ボスの絵画は、たぐいまれな想像力から生まれる奇妙な世界と、緻密な描写力、そして透明感のある美しい色彩で高い人気があります。

聖母マリア兄弟会の記録によると、ボスの葬儀は町一番の教会で盛大に行われたとされ、また町の名士で指導的な立場にあったことも考えると、奇妙な絵を描きながらも高い地位にあり、人々に尊敬されていたことがわかります。

同時代のレオナルド・ダ・ヴィンチらの生きたイタリアやフランスの芸術世界とは、まったく異なる芸術の系譜が北方ヨーロッパで展開していました。