「マックス・エルンスト」は20世紀初頭の芸術運動であるシュルレアリスムやダダ(ダダイズム)をけん引した画家として知られています。日本ではコラージュロマン『百頭女』が代表作品として有名です。
この記事では、マックス・エルンストとはどのような画家なのか、そしてその手法や作品の意図などを解説します。
「マックス・エルンスト」とは?
エルンストのポートレート
(出典:Wikimedia Commons User:Materialscientist)
「マックス・エルンスト」とはシュルレアリスムを代表する画家
マックス・エルンスト(Max Ernst、1891年~1976年)とは、20世紀のモダン・アートを代表するドイツの画家です。
エルンストは、第一次世界大戦中に起こった前衛芸術運動のダダの流れの中ではケルン・ダダを創始し、のちにダダから派生し、20世紀を代表する芸術思想運動となったシュルレアリスムでは、新たな技法を開発しながら発展に寄与しました。
ダダイストでもありシュルレアリストでもあるエルンストは、神秘的な世界観の持ち主でした。デ・キリコの形而上学的世界に強い影響を受け、豊かな想像力で神秘的な世界を描きました。また、戦争による不条理に反発し、真に人間的な価値を表明するため、芸術に革命を挑みました。
シュルレアリスムの手法「コラージュ」を発明
シュルレアリスム(超現実主義)とは、フランスの詩人アンドレ・ブルトン(1896年~1966年)が、フロイトの提唱した精神分析理論を支柱として、人間の無意識に芸術の根源を見い出したことから始められた芸術運動です。
ブルトンは、「現実を超える現実」を表現するために「純粋な精神の自動性」という理論を提唱し、はじめに「オートマティスム(自動記述)」の実験を文学において行いました。
エルンストは、文学の自動記述を絵画の手法に適用させるため、「コラージュ」の技法を発明します。コラージュは、自由な連想を基礎として、雑誌や本などの印刷された資料から既成のイメージを利用し、繰り返し自由に配置することができる画期的な芸術の手法でした。
コラージュとは、フランス語で「糊付け(collage)」を意味する言葉で、現在でもポピュラーな手法としてさまざまに用いられています。
自由な連想を促す「フロッタージュ」の技法を発展させた
オートマティスムによる絵画を追求したエルンストは、フランス語の 「frotter(こする)」の語に由来する「フロッタージュ」と自身が名付けた技法を生み出し発展させました。
フロッタージュとは、ざらざらした物の表面の質感を紙にこすりとる技法で、偶然に写し取られた形状は自由な連想を生み出しました。
フロッタージュは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』に書かれた、壁のしみや雲などを注意深く観察するなら、そこに素晴らしい思いつきを発見するだろう、との記述に、エルンストが影響を受けたものです。
エルンストは、著書『絵画の彼岸』(1937年)において、木目が浮き出た床を凝視しているとき、圧倒的な強迫観念に導かれ、レオナルドの教えを実行する方法を思いついた、と述べています。
オートマティスムの手法「デカルコマニー」を駆使した
エルンストは、シュルレアリストたちがオートマティスムの手法として用いていた「デカルコマニー」の技法を多用しました。フランス語の「décalquer(転写する)」に由来するデカルコマニーは、カンヴァスに絵の具を塗り、その上にガラス板などのつるつるするものを押し当て、引きはがして偶発的な図像を得る手法です。
押しつぶされた絵の具は、奇妙な形や色、質感を作り出します。エルンストは戦争が終わったのちに、破壊された世界のビジョンを表現した『雨上がりのヨーロッパ』など多くの作品を、デカルマコニーの技法を用いて制作しました。
「エルンスト」の代表作品を紹介
コラージュの初期作品『ここではまだすべてのものが漂っている』(1920年)
コラージュの手法で制作された初期の代表作品に『ここではまだすべてのものが漂っている』があります。解剖学的なノミ(昆虫)の銅版画の写真を逆さまにして貼りつけ、船に見立てたものです。
エルンストのイマジネーションの源には、フロイトの精神分析法である自由連想法や夢分析がありました。エルンストは、無意識から生み出された玄夢的な絵画をコラージュによって生み出しました。
小説とコラージュを融合したコラージュロマン『百頭女』(1929年)
『百頭女(ひゃくとうおんな)』は、20世紀最大の奇書と呼ばれるコラージュ小説(コラージュ・ロマン)です。絵本のような体裁で、147葉のコラージュ作品に短い詞が添えられ、9章で構成されています。
コラージュロマンシリーズとして他にも『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』などがあり、聖と俗の人間世界を閉じられた寓話に紡ぎました。
コラージュに頻繁に登場する、鳥と人間が合成された「怪鳥ロプロプ」は、エルンストの分身であり、守護霊であるといいます。
まとめ
マックス・エルンストは、20世紀初頭の世界大戦への反発から美術界に起こった運動「ダダ」と「シュルレアリスム」を結び、当時の前衛芸術をけん引した重要な画家です。
無意識の世界を写し取るオートマティスムの手法を研究し、コラージュを創始した第一人者としても知られています。また、木片や葉っぱなどの上に紙を置いてこすることで質感を写し取る「フロッタージュ」や、絵の具を紙などに塗ってから押し付ける「デカルコマニー」など、さまざまな技法を用いました。
予想できないものを生み出す創造性を偶然のプロセスに見い出す、シュルレアリスムの美学をエルンストは追求し、意図しない偶然性に深層心理の表出を見い出そうとしました。エルンストの芸術や理論は、第二次世界大戦後にアメリカで活躍した画家たちにも大きな影響を与えました。
■参考記事・参考図書
「シュルレアリスム」の意味とは?代表的な画家や文学も紹介