「道元」の思想とは?著書「正法眼蔵」や名言と言葉も紹介

日本に禅宗を広めた「道元」は、何も考えずにひたすら座り続ける修行の形を日本に広めました。そしてその思想は、日本の「ZEN」哲学として、欧米の知識人にも影響を与えています。

ここでは道元の思想や言葉、さらにその主著である『正法眼蔵』などについて、概要を解説します。

「道元」とは?

道元(1200~1253年)は鎌倉時代初期に活躍した禅僧です。まずはじめにその思想と歩みについて説明します。

道元の思想は「只管打坐」と「修証一如」

道元は1223年、24歳のときに南宋(中国の王朝)に渡り、そこで中国曹洞宗の如浄(にょじょう)に師事して禅修行に4年余り打ち込みました。帰国後はただひたすら座る修行である「只管打坐(しかんたざ)」を説きました。「只管打坐」は何も目的を持たず、何も考えず、ただ座るという修行で、すなわちそれが悟りの顕現であるとするものです。

このような、悟りのための手段に修行があるのではではなく、修行と悟りは一体のものだということを「修証一如(しゅしょういちにょ)」または「修証一等」といい、道元の思想の根本を表します。

道元のキーワードは「心身脱落」

「心身脱落」は道元が悟りを開いた時のキーワードとして重要な言葉です。宋で禅修行をしている時に道元は「心身脱落」を経験し、悟りを開いたとされています。

「心身脱落」とは、悟りを求める自己を消滅させること、言い換えればあらゆる自我意識を捨て、世界をそのままに受け止める境地のことをいいます。

道元は日本の「曹洞宗」の開祖

道元は13歳で出家し、比叡山延暦寺で天台宗の僧侶となりますが、天台の教えに疑問を持ち、山を下ります。その後、宋で曹洞宗の禅を学んで持ち帰り、日本の曹洞宗の開祖となりました。

道元は「永平寺」を開創

日本へ戻った道元は、今の京都市伏見区に興聖寺を建立して活動しますが、旧仏教勢力から激しい迫害にあいます。そこから逃れて信徒の縁があった今の福井県に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立します。この寺がのちに吉祥山永平寺と改められ、現在は曹洞宗の本山となっています。

「栄西」の「臨済宗」は「公案」を用いて考えながら座る

日本の禅宗の代表的な宗派は、道元の曹洞宗の他に栄西の臨済宗があります。栄西は道元より半世紀ほど前の1168年に中国に渡り、臨済宗の師のもとで学びました。臨済宗は曹洞宗の只管打坐とは異なり、公案を用いて考えながら座る「看話禅(かんなぜん・かんわぜん)」が特徴です。「看話禅」は「公案禅」」ともいい、「公案」とは、悟りを得るための修行として、師から与えらえる問題のことです。

臨済宗が中央の武家政権に支持されたのに対し、曹洞宗は地方武家や一般民衆に広まりました。そのため「臨済将軍曹洞士民」といわれました。この両派は鎌倉新仏教の代表的な宗派です。

■参考記事
「栄西」と茶の関係は?禅宗や臨済宗と著書「喫茶養生記」も解説

『正法眼蔵』とは?

次に道元の主著である『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』について説明します。

『正法眼蔵』は人間の本質を問う哲学書

道元は全95巻という大作である『正法眼蔵』を生涯をかけて執筆しました。『正法眼蔵』は日本における和文で書かれた最初の本格的な仏教思想書です。

『正法眼蔵』には、仏教の神髄を解き明かすとともに、道元の思想があますところなく書かれています。『正法眼蔵』は人間や世界の本質を問う哲学書としても高く評価され、スティーブ・ジョブズにも影響を与えたことはよく知られています。

『正法眼蔵随聞記』は『正法眼蔵』の副読本

道元の弟子がまとめた『正法眼蔵随聞記(しょうぞうげんぽうずいもんき)』は道元が弟子に説いた言葉や、問答による講義などを克明に記したもので、難解とされる『正法眼蔵』を理解するうえで欠かせない書です。

『正法眼蔵随聞記』は親鸞の『歎異抄』と並んで、広く読まれて続けている仏教書のうちのひとつです。

「道元」の名言や言葉を紹介

最後に道元の名言や言葉を紹介します。

はづべくんば明眼の人をはづべし。
人の批判を気にするのなら、ものの道理が見通せる人からの批判を気にするべきだ。

学道の人は人情をすつべきなり
仏道を学ぶ人は人情を捨てるべきだ。これがよい、あれが悪いと考えるのをやめて、仏祖の言われたことにただ従うのがよい。

人は必ず陰徳を修すべし
人は必ず陰徳を修めなくてはならない。心のうちに信仰心を持って徳を積めば、必ず目にみえる幸せをいただくことができる。

学道の用心、本執を放下すべし。
学道の心得は、先入観を捨てることである。

学道の人、言(ことば)出さんとせん時は、三度顧て、自利利他の為に利あるべければ、これを言ふべし。
学道の人は、ものを言う前に三度考えて、自分のためにも他人のためにも有益となることなら言うのがよい。

たとい我れ道理を以ていふに、人僻事言ふを、理を攻めて言ひ勝つは悪しきなり。
たとえ自分が道理にかなったことを言って相手が間違ったことを言っていたとしても、理屈で攻め立てて相手に言い勝つことはよくない。相手を言い負かしもせず、自分が間違いだとも言わず、何事もなかったようにそのままやめるのがよい。

ただまさに、やはらかなる容顔をもて一切にむかふべし。
ただただなごやかな顔つきで、すべてのことに接することが大切である。

誠にそれ無常を観ずるの時、呉我の心生ぜず。
すべての事象は不変ではないと実感したとき、自我にとらわれる心は生じない。

まとめ

「人はそのままで仏であるというなら、なぜ仏になるために修行をしなければならないのか」この答えを求めて宋に渡り、禅の師に出会うことで真理を悟った道元は、日本に禅を広め、根づかせました。

道元の主著である『正法眼蔵』は、道元の到達した高い境地を仏法をもって語られており、専門家にとっても難解であるとされています。道元の思想や哲学を理解するためには、その入門書である『正法眼蔵随聞記』を読むことをおすすめします。