「玄奘三蔵」は『西遊記』の登場人物「三蔵法師」として知られているかもしれません。『西遊記』の三蔵はフィクションですが、実在の玄奘三蔵はどのような人物だったのでしょうか?この記事では玄奘の生涯や、玄奘の訳した『般若心経』などについて紹介します。
「玄奘三蔵」とは?
まずはじめに玄奘(げんじょう:600年または602年~664年)の生涯や功績について紹介します。
玄奘は三蔵に精通した「三蔵法師」とも呼ばれる
「玄奘三蔵」とは、三蔵法師とも呼ばれた中国の僧です。インドへ旅して657冊もの経典を持ち帰り、その後の生涯の全てを費やして1338巻の漢訳を行いました。
玄奘は戒名で、三蔵は尊称です。三蔵法師とは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)のことをいい、訳経僧のことを指すこともあります。
最初の訳経僧である三蔵法師は、約300巻の仏典を訳し、中国仏典の基礎を築いた鳩摩羅什(くまらじゅう:344年頃~413年頃)です。鳩摩羅什の訳した経典を、玄奘が新たに訳しなおしたものもあります。玄奘以前の漢訳仏典を旧訳、以後の漢訳仏典を新訳と呼びます。
玄奘の漢訳は、新しい訳語を用いたり、サンスクリット原文に忠実な翻訳であったりしたことから、中国や日本の仏教経典の基本となりました。
玄奘はシルクロードを歩きインドに旅した
玄奘は幼い頃から聡明で、13歳で正式な僧侶となり、仏教の学問に没頭します。中国内での経典を学び尽くすと、翻訳の矛盾や解釈の違いに疑問を感じます。また仏教教理の中で難解な唯識(ゆいしき)論を探求するためにもインドに行って原典を研究したいと考え、20代後半の時に旅立ちました。
玄奘の旅は西暦629年から645年の16年に渡りました。のちにシルクロードと呼ばれる道を長安から出発し、天山山脈を越えて中央アジアに入り、ガンダーラを経てインドに至りましたが、往路だけでも4年近くかかる過酷な旅でした。
玄奘は中央アジア、西アジア、インドの多くの国を巡り、その痕跡は各地に残されています。
玄奘は「法相宗」の開祖
玄奘の弟子の基(き)は、玄奘の翻訳した唯識派の思想を基礎理論とする法相宗を開きました。日本では道昭が留学して玄奘に学び、法隆寺で広めました。法相宗は8世紀から9世紀に南都六宗の一つとして栄え、当時の僧侶が学ぶ基本学問でした。
唯識思想とは、インド僧の無著と世親が大成した思想で、大乗仏教の根幹となる思想の一つです。この世の物体や現象は実在せず、人間の心が世界を作りだしているとする思想です。
世親の『アビダルマ・コーシャ・バーシャ』を、玄奘が漢訳した『阿毘達磨倶舎論』(あびだつまくしゃろん)は、大乗仏教の哲学を体系的に学ぶ上で欠かせない教本です。
玄奘にかかわる書物や経典を紹介
玄奘は翻訳に専念し、著書を残しませんでした。弟子が玄奘の口述を書きとった旅行記と、その旅行記をもとにして書かれた物語や、玄奘が訳した経典について紹介します。
旅行記『大唐西域記』
玄奘のインドの旅は帰国後に『大唐西域記(だいとうさいいきき)』にまとめられました。玄奘が歴訪した国と伝聞した国の約140か国について、歴史や文化が詳細に記されており、当時を知る上での貴重な文献です。
旅行記を基に書かれた『西遊記』
16世紀の明の時代の著書とされる『西遊記』は、『大唐西域記』をもとにして書かれた伝奇小説です。三蔵という名で玄奘が経を求めて天竺を目指しますが、その物語の内容は完全なフィクションです。
玄奘は白馬に乗った仙人となり、孫悟空、猪八戒、沙悟浄を供に従え、困難を乗り越えながら経を求めて天竺を目指します。日本でもドラマや人形劇としてテレビで放映され、人気となりました。
玄奘の訳した『般若心経』
『般若心経』は仏教経典の中で最も有名な経典で、正しくは『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)』といいます。『般若波羅蜜多心経』の意味は智慧の完成の精髄を述べる経典という意味で、その内容は八万四千あるとされる仏教の教えを要約してまとめたものです。
日本で流布されている経典は、玄奘が原典から漢訳したものです。「仏説・摩訶般若波羅蜜多心経」または「摩訶般若波羅蜜多心経」で始まるものがありますが、玄奘の訳に「仏説」や「摩訶」の言葉はなく、日本で付け加えられたと考えられています。
『般若波羅蜜多心経』は経典そのものにも功徳があるとされ、経典の注釈書に玄奘が経験したという霊験について述べられているものがあります。玄奘がインドを旅している時に悪鬼に遭遇し、『般若心経』を唱えると悪鬼は一目散に逃げたと記されています。
『般若心経』の最後には、漢訳せずにサンスクリット語を音訳した「ギャテー ギャテー ハーラーギャテー」で始まる「真言(マントラ)」が書かれており、この真言を唱えるとすべての苦しみと厄から逃れられるとされます。
まとめ
三蔵法師の呼び名で日本人にも親しまれている玄奘(玄奘三蔵)は、『西遊記』の登場人物としてのイメージが強いかもしれません。テレビのドラマで三蔵を女優が演じたことから、実在の玄奘が女性だと思っている人もいるようです。
西遊記の玄奘はフィクションですが、実在の玄奘が漢訳した『般若心経』を聞いたり写経したりしたことがあるという人もいるでしょう。また日本人の思想に影響を与えている仏教の思想の基底となる、唯識思想の経典をインドから持ち帰り、漢訳したのも玄奘なのです。