西洋絵画のテーマでよく目にする「最後の審判(英語:Last Judgement)」は、『聖書』の一場面を表現したものです。具体的にはどの箇所に書かれた、どのような物語なのでしょうか?
この記事では、「最後の審判」について聖書箇所とその意味を解説します。あわせて、ミケランジェロの壁画『最後の審判』についての鑑賞ポイントや、フィレンツェにもある他の『最後の審判』についても紹介します。
「最後の審判」とは?
「最後の審判」とは『新約聖書』『ヨハネの黙示録』に記された預言
「最後の審判」とは、『新約聖書』の最後に収められた”ヨハネの黙示録”に記された預言における一場面です。「黙示(英語:Apocalypse)」とは、啓示という意味を持ちます。
『新約聖書』は、「福音書・パウロの書簡・十二使徒の書簡」など複数の書から構成され、『ヨハネの黙示録』は一番最後に収められています。
『ヨハネの黙示録』は、人類の滅亡と最後の審判の様子を描いた、聖書の中でも異色の書で、その真正が議論されることもありました。この黙示録が書かれたのは、新約聖書を構成する書の中ではもっとも遅い、1世紀末でした。
異色の書である『ヨハネの黙示録』で描かれるドラマチックで豊穣な世界は、宗教芸術の主題として繰り返し描かれ、ヨーロッパの文学や思想にも大きな影響を与えました。
作者は使徒「ヨハネ」であるとされてきたが現在は否定されている
『ヨハネの黙示録』は、「ヨハネ」と名乗る人物が、世界の終末について幻視したことを語った書です。この人物が「十二使徒のヨハネ」と同一人物であるかどうかは議論されてきましたが、現在は否定されています。『ヨハネの黙示録』の作者が誰なのかは、わかっていません。
「最後の審判」とは、世界の終わりに行うキリストの裁き
『ヨハネの黙示録』は、次の序文の文章から始まります。
これは、イエス・キリストの黙示である。この黙示は、すぐにも起こるはずの事柄を、神が自分の僕たちに示すために、イエス・キリストに与えたものであり、そして(そのイエスが)自分の天使を遣わして、彼の僕であるヨハネに知らせたものである。
その「すぐにも起こるはずの事柄」とは、2回起こる世界の終末です。最初の終末で世界は滅び、救世主が現れて至福の千年王国が始まります。その千年が終わると、最終戦争が行われ、サタンは滅びます。そしてキリストが再来し、死者を蘇らせて最後の審判を行い、人々を天国と地獄に分けます。その後、新しい天地が出現し、天国に召された者は永遠の命と世界を与えられます。
この物語の中の、再来したイエス・キリストが、蘇らせた死者を裁く場面が「最後の審判」と呼ばれます。
「最後の審判」には”ラッパを吹く天使”が登場する
「最後の審判」に至る過程では、七つの封印が順に解かれ、そのたびに災いが襲います。最後の封印が解かれたときに天使がラッパを吹きます。天使がラッパを吹くと、さらに激しい天災が起こり、終末が訪れます。このことから、「最後の審判」の絵画にはラッパを吹く天使が描かれています。
「最後の審判」が”いつ”起こるのかは書かれていない
世界の終わりや最後の審判が行われるのが「いつ」であるかという記述は黙示録にはありません。裏返せば、今すぐかもしれないということで、常日頃から準備を怠らないようにという教えが新約聖書では繰り返し説かれています。
また最後の審判の場面を表す彫刻が、教会の入り口にはよく掲げられています。人々は世界の終わりへの恐れを身近に感じながら生活し、世紀末になると「終末論」が活発になるということが繰り返されてきました。
ミケランジェロの『最後の審判』と、その鑑賞ポイントとは?
バチカン美術館の入り口
『最後の審判』が描かれた場所はバチカンの「システィーナ礼拝堂」
ミケランジェロの『最後の審判』は、バチカン市国にある「システィーナ礼拝堂」の祭壇の後ろの側面に描かれています。先立つこと20年前に、『旧約聖書』から「創世記」などを描いた礼拝堂天井画を完成させています。
ミケランジェロの『システィーナ礼拝堂天井画』と『最後の審判』は、キリスト教の『聖書』の世界観を丸ごと表現しているといえます。
なお、バチカン市国とは、ローマに接する、ローマ教皇を国家元首とする独立国家のことです。サン・ピエトロ大聖堂、サン・ピエトロ広場、バチカン宮殿などがあり、システィーナ礼拝堂はバチカン宮殿にある礼拝堂です。宮殿に併設されたバチカン美術館とともに、礼拝堂を見学できます。
鑑賞ポイントは「天国と地獄の対比」と「躍動的に描かれた人物たち」
『最後の審判』(1535年~1541年) システィーナ礼拝堂
(出典:Wikimedia Commons User:ANGELUS)
ミケランジェロの『最後の審判』には、キリストを中心に400体の人物像が描かれています。イエスは右手を上げて審判を下しており、向かって右側が地獄に落とされる人々、左側が天国に召される人々です。
審判者イエスの力強い姿から右に向かって渦が巻き起こり、地獄に堕ちる人々の重力が、反対の側の天国に向かう人々の上昇を押し上げています。生きる者と死ぬ者の喧騒のドラマの一瞬が、見事な構図で表現されています。
救われた人々は歓喜に湧き、地獄に落とされる人々は醜悪な悪魔に食いつかれて壮絶な様子を見せています。
また、細かい点でのみどころとしては、画面右下の、悪魔の渡し舟に乗せられた人々を待ち受ける冥界の審判者ミノスが注目されます。ミノスはロバの耳を持ち、胴体にヘビが巻き付いています。これは制作中の作品を酷評したビアージョ・ダ・チェゼーナという人物へのカリカチュアとして描かれたものです。
イエスの向かって右下には、聖バルトロメオがナイフと殉教の生皮を持っています。バルトロメオは皮剥ぎの刑で殉教したと伝えられる使徒です。剥がされた生皮には、苦悩するミケランジェロ自身が描き込まれており、困難を極めた壁画制作へのいわば、ぼやきの表明です。
ミケランジェロの他に有名な『最後の審判』とは?
フィレンツェ「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の『最後の審判』
『最後の審判』(1579年)大聖堂クーポラ天井
(出典:Wikimedia Commons User:Ssdctm)
フィレンツェを象徴する建物は「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」のオレンジ色のクーポラですが、クーポラ内の天井に描かれているのが『最後の審判』だということはあまり知られていないかもしれません。
メディチ家のコジモ一世が、ジョルジョ・ヴァザーリ(1511年~1574年)に命じて作らせました。ヴァザーリはミケランジェロの弟子です。天井一杯に広がる迫力のフレスコ画は、クーポラの内部から仰ぎ見ることができます。
フラ・アンジェリコの『最後の審判』
『最後の審判』(1430年~1433年頃)サン・マルコ美術館(フィレンツェ)
(出典:Wikimedia Commons User:Sailko)
フィレンツェのサン・マルコ美術館には、ルネサンスを代表する修道士画家フラ・アンジェリコの描いた『最後の審判』のテンペラ画パネルが収蔵されています。
イエス・キリストの、向かって右側には悪魔に追い立てられる地獄行きの者たちが、左側には光輪を付け、天国に昇ろうとする者たちが描かれています。天国側の地面には草花が咲き、緑が茂っていますが、地獄側は荒涼とした岩山です。中央には、空になった長方形の墓が両者を分けるとともに、遠近法の効果を与えています。
まとめ
「最後の審判」は、『ヨハネの黙示録』に書かれた、生前の行いを裁かれる神による審判のことです。最後の審判によって天国に振り分けられた者は、キリストが支配する永遠の国への永住権と、永遠の命を与えられます。天国とはあまりにも対照的に、地獄に落とされる者は、永遠の火の苦しみが与えられるといいます。
ヨハネの黙示録が書かれた時代は、キリスト教徒がまだ迫害されている時代であり、信仰を守ることの大切さを、黙示録という形で、各教会に対して伝えたものだと言われています。
なお、ミケランジェロの『最後の審判』と、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の場所が混同されることもあるようです。レオナルドの『最後の晩餐』は、ミラノの「サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会」の修道院の壁画に描かれています。