「ホッブズ」の思想は主著『リヴァイアサン』に書かれた「社会契約論」に代表されます。17世紀に生き、近代の政治哲学論の礎を築いたとされるホッブズについて、概要を解説します。
「ホッブズ」とは?
まずはじめにトマス・ホッブズ(1588年~1679年)についての概要を説明します。
「宗教戦争」の中で「恐怖との双生児」として生まれた
ホッブズとは、イングランドの哲学者です。ホッブズが活躍した時期は、アリストテレスの自然学に基づいた古代から中世の自然観が根底から覆されようとする「科学革命」が起きた最初の時期でした。
それと同時に17世紀のヨーロッパは凄惨な「宗教戦争」の時代でもありました。1517年に始まるルターによる宗教改革運動は年を追うごとに激化し、およそ200年の間、国土を荒廃させ、略奪や殺し合いが行われる戦争が続きました。
ホッブズは自身の出生について、母は恐怖と一緒に自分を産んだとして、自分は「恐怖との双生児」であると記しています。
ピューリタン革命の中で『リヴァイアサン』を発表
イギリスでは1640~60年にピューリタン革命が起こり、フランスに亡命したホッブズは1651年に『リヴァイアサン』を発表し、絶体王政を主張しました。『リヴァイアサン』の内容についてはのちほど詳しく説明します。
晩年は「リヴァイアサン狩り」が行われた
ホッブズは戦乱の原因を、宗教的権威による勢力と世俗的な政治権力との対立抗争にあると考えており、『リヴァイアサン』でキリスト教批判論を展開しました。そのため、ホッブズは無心論者と非難され、『リヴァイアサン』は危険思想であるとして「リヴァイアサン狩り」が行われるなどの事態となりました。
「ホッブズ」の思想・考えとは
次にホッブズの思想について説明します。
ホッブズの思想の原点は「万人の万人に対する戦い」
ホッブズの思想の出発点に「万人の万人に対する戦い」という言葉があります。これは、公権力がない状況の人間は、お互いが厳しい生存競争に陥る戦争状態となるということを表した言葉です。
ホッブズの思想は「社会契約論」
ホッブズは、「万人の万人に対する戦い」の状態では人間の自己保存の権利が保障されないため、強力な主権者が必要だとしました。そしてその主権者に統治する権利を与える契約を結び、その信約によって一つの権威のもとに合一した人民が「国家」であると提示します。これを「社会契約」にもとづいたホッブズの「社会契約論(社会契約説)」といいます。
「社会契約論」によりホッブズが展開したのは絶体主権の理論でもありました。ホッブズは人間にとってもっとも重要なのは生存する権利であり、発令される命令が忠実に守られるときにはじめて恒久の平和が保障されるものであるとしました。
無政府主義の危険を避けるためには絶対的な主権への服従が必要であるとしたホッブズの説は、近代の政治哲学理論へ移行する過渡的な理論を基礎づけたものでした。
「ホッブズ」と「ロック」2人の考え方の違いとは
ホッブズが人民は絶対的な主権への服従が必要であり、抵抗や革命は許されないと考えたのに対し、ジョン・ロック(1632~1704年)は、人民は自然権の一部を政府に委託しているものであるため、主権者である人民には抵抗権や革命権があることを認めました。
「ホッブズ」の著書を紹介
次にホッブズの主著を紹介します。
『哲学原本』
『哲学原本』は『物体論』『人間論』『市民論』からなるホッブズがまとめた政治哲学の三部作です。ホッブズはこの三部作により、新しい政治学と倫理学の創始者となることを目指しました。
『リヴァイアサン』
『リヴァイアサン』は1651年に発行された、ホッブズの主著である政治哲学書です。ホッブズは『リヴァイアサン』によって新しい国家理論の基礎付けを目指しました。内容についてはのちほど説明します。
『ビヒモス』
『ビヒモス』(『ベヒーモス』)は『リヴァイアサン』の続編としての位置づけであり、「ビヒモス」とは旧約聖書の「ヨブ記」に登場する怪獣の名前です。『ビヒモス』はホッブズ晩年の代表作で、対話形式で書かれ、ホッブズの生きた時代の分析を行い、国家を死にいたらしめた要因をつくったキリスト教の各宗派に対する批判を行っています。
主著『リヴァイアサン』を紹介
ホッブズの主著の中から、代表作である『リヴァイアサン』の内容を紹介します。
「リヴァイアサン」は怪物の名前
『リヴァイアサン』の正式な題名は『リヴァイアサン あるいは教会的及び市民的なコモンウェルスの素材、形体、及び権力』で、「リヴァイアサン」とは旧約聖書の「ヨブ記」に登場する海の怪物の名前です。
ホッブズは『リヴァイアサン』の中で、「神は「リヴァイアサン」の強力な力を述べて、彼を「誇り高き王」と呼ぶ」と記しており、「国家観」を誇り高き王である怪物、リヴァイアサンになぞらえました。
『リヴァイアサン』の構成
『リヴァイアサン』は四部で構成されており、第一部は「人間について」、第二部は「つくられた国家(コモンウェルス)について」、第三部は「キリスト教的コモンウェルスについて」、第四部は「暗黒の王国」について、展開されます。
第一部の人間についてでは、人間の感覚やことばなどについて分析を行い、第二部では国家の成立を論証します。その要点は、人間はその権利を第三者に与え、この行為の権限を認めるという条件で、自分を統治する権利を第三者に委ねる、その第三者こそが主権国家であるリヴァイアサンであるということをいっています。
第三部では地上の国家と神の国家を厳しく区別し、ローマ法王の権威が市民生活を拘束することを批判しています。第四部では、法王庁の立場を『聖書』の誤った解釈であるとして批判しています。
国家が神によって造られたとする中世的な国家観は、ホッブズの『リヴァイアサン』によって覆されたのです。
『リヴァイアサン』の論理展開
上記の論理展開は「人間本性」論、「自然状態」論、「自然法」論、「国家」論の順序で展開されており、この形式はホッブズの『哲学原本』でも同様で、倫理学と政治学を一体的に論じているのが特徴です。
「ホッブズ」の名言を紹介
最後にホッブズの名言を紹介します。
群衆がひとりの人間または人格によって代表されるとき、それが群衆各人のすべての同意によるならば、その群衆は一つの人格となる。
たとえ人数が多くとも、ばらばらの多くの判断や欲求によって動かされるなら、共通の敵に対しても、相互の権利の侵害に対しても、なんらの防衛や保護も期待することはできない。
人々が外敵の侵入から、あるいは相互の権利侵害から身を守り、快適な生活を行うことを可能にするのは公共的な権力である。
コモンウェルスとは一個の人格であり、その行為は人々の相互契約により、平和と共同防衛のためにすべての人の強さと手段を用いることができるように、彼らを行為の本人とすることである。
哲学とは、物の生成のしかたからその諸特性へ、あるいは諸特性から物の生成についての可能な方法へ、このいずれかの推論によって獲得される知識であり、それは物質と人間の力が許す限り、人間生活が必要とする諸結果を生み出すことが可能となることを目的としている。
まとめ
ホッブズの生れたイングランドを含め、17世紀のヨーロッパは戦争と内乱の時代でした。同じキリスト教の神への信仰のために憎しみ合い、殺し合う世の中への危機感から、「万人の万人に対する戦い」という言葉が生まれました。
ホッブズの「人間にとってもっとも重要なのは生存する権利である」ことを前提とした国家論は、ヨーロッパの歴史の転換点の中、ホッブズの格闘によって生み出されたものだったのです。