「無為自然」の意味とは?ありのままに生きる「老子」の道を解説

「無為自然」という言葉、「無為自然に生きる」「無為自然の道」などとも使われますが、ぼんやりしたイメージしかないという人が多いのではないでしょうか?

西洋でも注目される「無為自然」は、東洋思想の根幹にある哲学であるといえます。ビジネスパーソンも知っておきたい東洋思想の「無為自然」について、概要を解説します。

「無為自然」とは?

まずはじめに「無為自然」の言葉の意味を説明します。

「無為自然」の意味は「自然のままであること」

「無為自然」の意味は「宇宙のありかたにしたがって、自然のままであること」です。「無為」は「為(な)すこと無し」として、「なにもしないでぶらぶらしていること」という意味もありますが、ここでの意味はそれとは違い、「自然のままであること」「手を加えないこと」という意味です。

「無為自然」はありのままに生きる生き方

自然のままであることの意味の「無為自然」は生き方の方針を語るときにも使われます。「ありのままに生きる、無為自然な生き方」などと表現されます。

ありのままに生きるとは、一般的には、人間も宇宙や大自然の中の一部であるということに目覚め、自然とともに天寿をまっとうするという生き方のことをいいます。

読み方は「むいしぜん」

「無為自然」の読み方は「むいしぜん」です。

「無為自然」の出典と背景は?

それでは「無為自然」の言葉の出典はどこにあるのでしょうか?ここからは言葉の生まれた背景について説明します。

「無為自然」の出典は『老子』

「無為自然」とは「老子」の基本的な思想です。「老子」とは古代中国の戦国時代の思想家であり哲学者ですが、実在したかどうかを疑う説もあります。老子が著したとされる『老子』の基本的な姿勢が「無為自然」であるため、出典は『老子』となります。

『老子』では、「無為」になり自然に帰って本当の自分を発見しようという主張が繰り返されます。

儒教の思想に対抗する思想としての「無為自然」

当時隆盛をきわめていた孔子の思想にもとづく「儒教」の人為的道徳や形式主義に異をとなえる形で「無為自然」は提唱されました。

孔子や老子の時代は春秋時代末期から戦国時代の中期にあたります。戦乱の中で人々が幸せに生きるにはどうすればよいのかが、当時の思想家たちの課題でした。老子は、儒教のような社会的道義性の枠の中だけで考えるのではなく、本来の人間の生き方を追及し、自然世界の中にそれを開放しようとしました。

つまり、「無為自然」は儒教思想が支配する政治を否定する思想でもあったのです。「無為自然」の意味を説明するとき、しばしば「人為的な行為を排する」という意味が説明されますが、それはこのような背景があるためです。

『老子』は儒教思想と並ぶ道教思想の源

老子の思想はそののち「道教」の源となり、儒教思想と並んで中国思想を支配します。そのようなことから、東洋思想を知る上で『老子』は欠かせない書として位置づけられています。

「無為自然」とともに「道」の思想も重要

老子は「無為自然」とともに「道」の思想をうちたてました。人為を排して自然のままに生きることを「道」の概念を用いて表します。

しかし老子は、具体的に「道」が何であるかは説明していません。その概念をあえて説明するなら、「道」とは無限の広がりを持つ、万物の根源や自然の原理を示しているといえます。

「無為自然」を説く言葉を紹介

『老子』の中から「無為自然」について説く言葉を書き下し文とともに紹介します。

無為の事におり、不言の教えを行う。
優れた人は仕事にあたっては何もしない無為の状況にいて、教えをなす場合も言葉を用いない。

無為をなせば、則ち治まらざるなし。
無為という人為を用いない政治をするときにこそ世の中が収まるのである。

道は常に無為にして、しかも為さざるは無し
道は何もしないが、それでいながらすべてを成し遂げることができる。
※皆が自然に生きれば世の中は自然と安定するということをいっています。

学を為せば日々に益し、道を為せば日々に損ず。これを損じてまた損じ、もって無為に至る。無為にして為さざるは無し。
学問を修めるとその知識は日々増えるが、道を修めるとその知識は日々減ってゆく。どんどん減らしてゆき、ついに無為にゆきつくと、無為のままでいながらすべてのことを立派になしとげるようになる。

含徳の厚きは赤子に比す。
徳を豊かにたくわえた人は、赤ん坊のありさまに似ている。
※赤ん坊を無為自然の道を体得した境地に例えた言葉です。

「無為自然」と「道」は「タオ」と同義

「道」は英語で「Tao」と書く

「無為自然」は「道」の思想とあわせて「タオ」として西洋では認識されています。「道」は英語で「Tao」と書き、タオを実践する人を「Taoist(タオイスト)」といいます。

また、「道教」あるいは「老荘思想」のことを「Taoism(タオイズム)」といいます。老荘思想とは、「老子」の思想と、のちにその思想を深めた「荘子」の思想のことを指します。

「道教」については、以下の記事で詳しく解説しています。

「道教」の教えとは?その思想やタオと日本への影響も解説!

まとめ

政治も個人の生き方もバランスを崩していると考える人が増え、バランスの大切さを説く東洋思想に注目が集まっています。特に西洋では「タオ」の概念とともに、争わない、主張しない生き方を求める人が増えています。

二千五百年前の中国の戦国時代に生まれた「無為自然」の思想は、気がつかないけれど、同じ東洋人である私たちの根底にも流れているもののようにも思います。

■参考記事

「諸子百家」の意味とは?流派の一覧とそれぞれの思想も紹介