「色即是空」の意味とは?『般若心経』の解釈と使い方・例文も

「色即是空」は『般若心経』に書かれた一句で、もともとサンスクリット語で書かれた経書を漢訳したものです。「色即是空」は「全ては空である」という禅の思想だというイメージを持つ人が多いかもしれません。また仏陀の教え「全ては移り変わる」と混同されることもある言葉です。

この記事では、「色即是空」の意味を、『般若心経』に書かれた全体の教えの意味から、わかりやすく解説します。

「色即是空」の意味とは?

まずはじめに、「色即是空」の端的な意味を紹介します。

「色即是空」とは「物質的現象は実体がない」という意味

「色即是空(しきそくぜくう)」の「色(しき)」とは「物質的現象」を表し、「空(くう)」とは「実体がない」ことを表します。その言葉のままに意味を捉えるなら、「色即是空」とは「物質的現象に実体はない」(物質は空である)という意味となります。

「色即是空」は仏教の経典『般若心経』に書かれた一節

「色即是空」は、仏教の経典『般若心経』(正しくは『般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみったしんぎょう)』に書かれている一節です。

「般若波羅蜜多」とは、サンスクリット語「プラジュニャー・パーラミター」の音写で、「智慧の完成」という意味です。「般若」が「智慧(言葉にできない智慧)」を意味します。

「心経」の「心」は「中心」や「神髄」を意味する「フリダヤ」が語源です。つまり、「般若波羅蜜多心経」とは、「智慧の完成の神髄のお経」という意味です。

『般若心経』は、仏教の根本思想である「空」の教義について、膨大に存在する般若経典群の思想をコンパクトにまとめたもので、すべての大乗経典の基礎が凝縮されているとされます。経典の中の「色即是空」の一句がよく知られています。

サンスクリット語で「色」は「ルーパ」、「空」は「シューニヤター」

『般若心経』はもともとサンスクリット語で書かれています。「色」の原語は「ルーパ」で「形のあるもの」「物質的現象」を意味し、「空」の原語は「シューニヤター」で「なにもない状態」「空なること」を意味します。

また、「シューニヤター」はインド数学の「ゼロ」の意味もあり、現象としてあっても、実体としては存在しないものを指します。

『般若心経』から「色即是空」の思想をわかりやすく解説

次に、「色即是空」に含まれた概念を理解するために、『般若心経』について解説します。

『般若心経』は約270文字で「空」の思想を説く

『般若心経』とは、仏陀が没してから数百年のちに興った「大乗仏教」の流派が作りだした「般若経典」群の中の一つです。「般若経典」は「般若」をテーマとした経典の総称です。

「般若経典」群をまとめた『大般若経』は600巻もあり、その思想のエッセンスを凝縮してまとめたものが『般若心経』です。

「般若」とは、サンスクリット語の「プラジュニャー」を音写して漢字をあてた言葉で、「言葉にならない智慧」という意味です。「般若」は大乗仏教の重要な概念です。「般若経」とは、智慧とは何か、そしてそれを得るためには、どのように修行したらよいかが書かれた経典です。

日本で一般的に用いられている『般若心経』は、『西遊記』のモデルで知られる、玄奘三蔵が7世紀にインドから持ち帰って漢訳したものです。『般若心経』は、禅宗をはじめ日本の多くの宗派で重視され、唱えられています。真言宗の空海、曹洞宗の道元、臨済宗の一休宗純などが注釈したり論じたりしています。

「色即是空」の前後を含めた漢訳原文と現代語訳を紹介

『般若心経』の始まりの部分の原文と現代語訳を紹介します。現代語訳はその解釈によってさまざまに訳されていますが、一般的でわかりやすい訳文にして紹介します。

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄
舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是

観自在菩薩は般若波羅蜜多の行によって、「五蘊」がすべて「空」であることを悟り、それによって生まれる一切の苦厄は実体のないものであると見抜いた。
舎利子よ。物質は「空」と異なるところはない。「空」は物質と異なるところはない。物質すなわち「空」であり、「空」すなわち物質である。これと同じように、感覚も、表象も、意思も、知識も、すべて実体がないのである。

※「五蘊(ごうん)」とは、人間の心的作用である「識・行・想・受」と、形ある肉体「色」のあわせて五つからなる人間の構成要素のことで、仏陀(釈迦)が説いた概念です。「蘊」とは集まりを意味します。

※「舎利子(しゃりし)」というのはシャーリプトラという仏陀の十大弟子のひとりで、『般若心経』は仏陀にかわって観音菩薩がシャーリプトラに語りかける形式で書かれています。

『般若心経』の目的は「真言(マントラ)」の功徳を伝えること

先に紹介した『般若心経』の冒頭では、「五蘊」が存在しないと否定しますが、さらに続いて世界の構成要素として仏陀が分析した「十八界」も存在しないと否定します。十八界とは、人間が外界を認識するための眼や耳などの器官と、それらによって認識される味や触などをあわせた総称です。

『般若心経』の全体から「色即是空」の意味を捉えるなら、「世界のすべては実体がなく、それゆえ苦しみも存在しない」ということになります。

「般若波羅蜜多心経」とは、「智慧の完成」という意味だと先に説明しましたが、智慧の完成とは悟りを意味します。悟りとは、すべての苦しみや煩悩が存在しないことを知り、彼岸に達することを意味します。

『般若心経』の最後には、智慧を完成し彼岸に到達するための「真言(マントラ)」が登場します。

即説呪曰 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若波羅蜜多心経

その真言は、智慧の完成において次のように説く。ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァハー(至れり、至れり、彼岸に至れり、彼岸に到達せし者よ、悟りあれ、幸あれ)

ガテーから始まる真言の部分は、音訳した漢字があてられています。その意味は、上記の(  )で示したような意味ですが、その音が大事だとされています。

つまり『般若心経』では、「色即是空」などの言葉を使って「空」を説きますが、その真の意味の体得は、理屈ではとらえることができないようになっているのです。

「色即是空」の類語と例文を紹介

最後に「色即是空」の類語と、類語のようで類語でない「諸行無常」について説明します。

「色即是空」の類語は「色不異空」

『般若心経』の冒頭の句で先に紹介した「色不異空」の意味は「物質は空と異ならない」、つまり「物質は空である」という意味なので、「色即是空」と同じことをいっています。

『般若心経』の中の句の中で特に「色即是空」がよく知られているのは、その語感が日本語として心地よく響く感じがあるからかもしれません。

「色即是空」と「諸行無常」は似て非なる概念

「色即是空」に類する仏教概念に「諸行無常(しょぎょうむじょう)」が挙げられることがありますが、両者は似て非なる概念です。「色即是空」では世界のすべての存在を否定しますが、「諸行無常」は世界の事物が存在することを前提として、それらが絶えず変化し続けて永遠に存在しないとするからです。

「色即是空」の使い方と例文

「色即是空」は世界には実体がないということを意味していますが、「色即是空」の四文字でその意味することを伝えるのは難しいといえます。そのため、「色即是空」を一般的な会話などで使うときは、説明を加えながら使うのがよいでしょう。

  • 「色即是空」というように、世界のすべてには実体がないのだから、目の前の苦しみは、あると思う誤解によって見えているにすぎない

まとめ

「色即是空」とは、大乗仏教の経典『般若心経』に書かれた言葉で、「物質的現象は実体がない」「世界のすべては実体がない」という意味の概念を表しています。

といっても、世界には何の意味もない、というニヒリズムではありません。苦しみも、迷いも、死も存在しない、ゆえに恐れるものは一切ないことを知り、悟りの境地へいたるための智慧として書かれた言葉です。

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