「不惑」の意味は年齢のこと?孔子の論語との関係や使い方も解説

「不惑」は日常的によく見聞きする言葉で、年齢を話題にした会話にもしばしば登場します。また、有名な孔子の『論語』とも深い関係があるようです。この記事では「不惑」の意味をはじめ、孔子の『論語』との関係や、熟語の使い方が理解できる例文なども解説しています。



「不惑」の意味は年齢のこと?

「不惑」の意味は惑わずということ

「不惑」は「ふわく」と読み、熟語を読み下した「惑わず」がそのまま意味となっています。この世に生きていると、さまざまな煩悩に心を乱されます。欲しいものは手に入らず、人間関係にも疲れ果て、悩みは尽きません。

「不惑」は心が乱れたり悩んだりするようなことがない、超然とした悟りの境地のことですが、凡人がそのような境地に至ることは大変困難です。

「不惑」は数え年の40歳

「不惑」のもうひとつの意味は、数え年で40歳のことです。数え年とは、現在の満年齢とは異なる年齢の数え方で、生まれた年を1歳として新年を迎えるごとに1歳年をとるという方法です。つまり数え年では、大晦日に生まれた子供は翌日になると2歳になってしまう計算です。

ちなみに40歳には「不惑」以外にも異称があり、四十路(よそじ)のほか、最近ではアラウンドフォーティを略したアラフォーという言葉も登場しています。「初老(しょろう)」も数え年40歳のことを指した言葉で、長寿祝の最初の年齢です。

また「不惑」と同じように、異称を持つ年齢があります。現在でもよく知られている「還暦」は数え年で61歳、「白寿」は数え年で99歳のことを指していますが、趣のある呼び名です。

「不惑」と孔子の論語との関係

「不惑」の由来は孔子の『論語』

「不惑」は、儒家の始祖である孔子(紀元前551年 – 紀元前479年)の『論語』が由来です。『論語』は孔子の言行録のような書物で、孔子の教えがよく理解できる一書であり、現代人にとっても学びの多い必読書となっています。

「不惑」は、『論語』の「為政篇」のなかの「子曰 吾十有五而志乎学 三十而立 四十而不惑 五十而知天命 六十而耳順 七十而従心所欲不踰矩」にあります。

現代語に直すと「子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う(したがう)。七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず(こえず) 。」です。

孔子の教えは「生涯成長すべし」

孔子は自身について、「15歳で学問を志して30歳で独立、40歳で迷うことがなくなり、50歳で天から授かった使命に目覚めた。60歳で人の意見を素直に受け入れられるようになり、70歳で自分の思い通りに行動しても人の道から外れることはなくなった」と語っています。

つまり孔子ほどの偉人であっても、人間が完成するまでには長い年月が必要だったということです。

孔子の教えから分かるのは、人間は年齢を重ねならが成長していかなければならず、短期間で完成するようなものではないということと、節目ごとに成長のステップがあり、そのひとつひとつを順に完成させていくことが人間形成への道筋だということです。

「不惑」以外にもある年齢の異称

『論語』の「為政篇」で登場したのは「不惑」の40歳だけではありません。15歳から70歳までの間に6つの区切りを設け、以下のようにそれぞれの年代での努力目標としての目指すべき姿が、年齢をなぞらえる呼称となっています。

  • 15歳:志学(しがく)
  • 30歳:而立(じりつ)
  • 40歳:不惑(ふわく)
  • 50歳:知命(ちめい)
  • 60歳:耳順(じじゅん)
  • 70歳:従心(じゅうしん)

孔子とは程遠い現代人の「不惑」以降

現代でも、高校受験を迎える15歳頃には自分の進路を真剣に考え始めます。また、30歳頃になると社会人として自立できるようになります。

けれども孔子の時代より社会が複雑になったためでしょうか、40歳でも迷いが多く、50歳でも目の前の仕事に追われ天命に気づくゆとりはなく、60歳になっても我が強く、70歳で思い通りに行動して警察のお世話になるというありさまです。

また超高齢社会の到来により寿命は100歳近くまで延びましたが、80歳・90歳・100歳についての孔子の教えはありません。現代人は30歳からの生き方を、もっと真剣に考える必要がありそうです。

「不惑」の使い方が分かる例文


「不惑」には迷いがないという意味と40歳という意味がありますが、40歳のことを指して使うことが一般的です。ここでは40歳の異称という意味での「不惑」を用いた例文を提示し、熟語の使い方への理解を深めます。

  • 四十路を迎え「不惑」と言われると面映く感じるが、初老と言われると面白くない。
  • 人生50年時代の「不惑」は、まだ折り返し点にも達していない現代とは全く別モノだっただろう。
  • 40歳はまだ迷いが多い年代だからこそ、自戒を込めて「不惑」と呼ぶようになったのかもしれない。
  • 「不惑」に入ってにわかに英語熱が再燃し、TOEICを受験してみることにした。

まとめ

「不惑」の意味のほか、孔子の『論語』との関係や使い方が分かる例文などを解説しました。平均寿命が50歳に満たない頃には、15歳で一人前の大人として扱われていました。一方、現代の15歳はまだ義務教育を終えたばかりで、長い人だとあと10年近くも学生時代が続きます。

社会人としてのスタートが遅くなり寿命も長くなった現在、「不惑」となる年齢はどんどん先送りになりそうです。