「求道者」の読み方と意味とは?類語や使い方も解説(例文つき)

「求道者」という言葉からは何となく神々しい雰囲気が感じられますが、読み方によって意味が違っているのです。また「求道者」とはどのような人のことを指すのでしょうか。この記事では「求道者」の読み方別の意味や類語のほか、「求道者」とはどのような人かを解説し、使い方がわかる例文も合わせて紹介しています。



「求道者」の読み方と意味とは?

「きゅうどうしゃ」(求道者)の意味は「真理を求める人」

「求道者」の読み方はふた通りあります。ひとつは「きゅうどうしゃ」で、一般的に使われている読み方です。

宗教的な悟りや真理を求めて修行や精進をする人のことを指す言葉ですが、教会用語として用いられる場合は洗礼を受ける前の人と、信仰を持ち敬虔に祈りを捧げる人のことを指します。

真理とは、時間や空間を超越して存在する不変の定理や真実のことです。そのため真理を求めて精進を重ねる対象は宗教だけに限りません。学術・芸術・スポーツなど多岐にわたり、さまざまなところでその道における究極の境地を求める「求道者」たちが、日々努力を重ねているのです。

「ぐどうしゃ」(求道者)は仏教用語としての「修行者」

「求道者」は「ぐどうしゃ」と読むこともありますが、この場合は仏教用語に意味が限定されます。仏教用語としての「求道者」とは、仏教における悟りの境地を目指し、煩悩を取り去るための修行を行っている修行者のことです。

煩悩を取り去るために、求道者たちは釈迦の教えを学ぶほか、托鉢や禅定などさまざまな修行を行います。

「求道者」とはどのような人?

「求道者」はどこまでも探求する人

「求道者」は英語で「Investigator」または「catechumen」といいますが、それぞれ「求道者」以外の意味に「Investigator」では「調査者・研究者・捜査員」、「catechumen」では「洗礼志願者・入門者・初心者」という意味もあります。

調査者や研究者、捜査員は、真理や真実を求めて深く探求し、その途上で失敗や挫折があっても諦めることはありません。また、入門者や初心者も自分自身の未熟さを自覚しつつ、向上を目指して精進を続けます。

つまり「求道者」という言葉は、すぐにあきらめてしまうような人や慢心してしまうような人に対して使うことはできないのです。

「求道者」は自分を律することができる人

真理や真実への厳しい道を歩き続けることは、なかなか難しいことです。自分自身の甘え心や怠け心のほか、環境の変化や周囲からの誘惑などに負けてしまい、いつしか道から外れてしまうことは凡人の常でしょう。

「求道者」たらんとする人は、自分をストイックに律することに注意を払います。日常のルーティンなどの些細なことにも手を抜かず、自分の修行スタイルをくずさないことで、自分に課したノルマを淡々とこなしていきます。

誘惑に負けて自分に課したノルマをこなせなくなるような自律的でない人に対しては、「求道者」という言葉はふさわしくありません。

「求道者」の使い方の例文


「求道者」の使い方がわかる例文を紹介します。

  • 剣の道を極めたいと願うようになってから、彼は求道者のようにストイックな日々を送っている。
  • 求道者のように制作に打ち込む彼女からは、声を掛けることさえはばかられる雰囲気が醸されていた。
  • 俗世を捨てて求道者(ぐどうしゃ)となった彼にとっての欲は、悟りを得ることだけになったようだ。

「求道者」の類語

「聖人・聖者」は偉大な信仰者のこと

「聖人・聖者」とは、修行を重ねて悟りに近づいた偉大な信仰者のことです。キリスト教においては、殉教者のような偉大で崇拝の対象となる人のことをいいます。

また「聖人君子」という言葉があるように、「聖人」は信仰の有無にかかわらず、模範とすべき徳の高い人格者のことも指す言葉です。

「持経者」はお経を読誦する人

「求道者」の仏教的な意味での類語は「持経者(じきょうしゃ)」です。「聖(ひじり)」ともいわれており、仏教の教えを受持(じゅじ)し、経典を読誦(どくじゅ)する人のことを指しています。

受持とは信じて記憶にとどめておくこと、読誦とはお経を読むことで、いずれも仏教的な悟りに至る道として今も大切にされている修行法です。

「修行者」とは精神鍛錬を行う人

「修行者」とは、主に仏教的な悟りを得るために精神鍛錬を行う人のことです。「修行」は、仏教における悟りへ近づくための行いのことを指す言葉ですが、技術に加え精神面での鍛錬が必要となる武芸においても「修行」が用いられます。

なお、仏教や武芸以外の学問や技術などを身につける場合には、本来「修業」が使われていましたが、「修行」と混同されることが多くなっています。

「超越者」とは人間を超えた存在のこと

「求道者」と対比される言葉として、「超越者」が挙げられます。「超越」とは通常をはるかに超えることを指しますが、「超越者」では哲学用語となり、人間そのものや理性を超えた存在のことを表します。

一般的には人間を超えた存在は「神」と呼ばれていますが、哲学では宗教・神学との混同を避けるために「超越者」という言葉が用いられました。

つまり「求道者」は神に近づきたいと願う人間であり、「超越者」は「求道者」が求める境地にある存在のことです。

まとめ

「求道者」の読み方と意味のほか、類語や使い方がわかる例文について述べました。何かを極めたいと願うなら、一筋の道をひたすら進む求道者のような精神や態度が必要です。

求道者は優先順位の最上位に極めたい対象を挙げて、自らのエネルギーを集中投下しているようです。やるべきことに時間を取られてやりたいことは後回しという状態では、とても極めるところまで行き着くことはできないでしょう。