「スタンダール」はどんな作家?代表作『恋愛論』『赤と黒』も紹介

フランス出身の「スタンダール」はイタリアに魅せられた作家のひとりです。リアリズムの先駆けとも言われた「スタンダール」の歩んだ生涯と、『恋愛論』をはじめとした「スタンダール」の作品の数々を紹介します。

「スタンダール」とは

スタンダールはどのような人だったのでしょう。まずは、彼について簡単に紹介します。

スタンダールはフランスの作家

「スタンダール(Stendhal)」(1783年~1842年)は、フランスのグルノーブル出身の小説家です。スタンダールという名前はペンネームで、本名は、「マリ=アンリ・ベール(Marie Henri Beyle)」と言います。

スタンダールは、17世紀フランスの劇作家「モリエール」にあこがれており、当初の夢は「劇作家」になることでした。そのため、劇作家を目指して修業した過去も持ちますが、結局は小説・評論などの分野で成功しています。また、フランス出身の作家ですが、イタリアをこよなく愛した人としても知られています。

ロマンチストで近代リアリズム小説の先駆者とも

スタンダールは、「写実主義」の作家として知られています。「写実主義」とは、いわゆる「現実主義」のことで、事物をあるがまま客観的に、かつ、正確に再現しようとする態度(立場)のことです。「リアリズム」とも言われます。

スタンダールの作品は、はっきりとした文体で強い自我を描いたり、細かな心理描写や社会批判を伴ったりと、「近代リアリズム」の先駆けとも称されています。一方で、男女の愛憎などを描いた作品を持つスタンダールは、ロマンチストとしても有名です。

「スタンダール」の生涯と経歴

スタンダールの作品はどのように生み出されたのでしょう。スタンダールの経歴について紹介します。

裕福な幼少期を過ごすも、幼くして母を亡くす

スタンダールは、グルノーブル高等法院(当時のフランスにおける最高法務機関)の弁護士である父と、地元の名士を実家に持つ母の間に生まれ、何不自由のない幼少期を過ごします。しかし、7歳の時に母を亡くしたスタンダールは、その後終生、母への強い愛を抱くようになります。また、その反動で父を憎むようになり、王党派の父に歯向かうように共和主義者となります。

母への強い思いと父への反発心は、スタンダールの愛国心にも影響を与えます。母国であるフランスは生涯好きになることはなく、一方で母方がイタリア系だったことからイタリアを気に入り、第二の故郷としていました。

親族の口利きで、陸軍としての仕事に就く

父への反発心を抱くスタンダールは、その期待を受けて勉学に励みますが、劇作家への夢を諦めきれず、ノイローゼとなります。そこで彼は、母方の親戚の世話を受けることになり、17歳の時には、ナポレオンのイタリア遠征軍に加わっています。

この際、スタンダールははじめてイタリアの地を訪れるとともに、イタリア人の愛や音楽、美などの生き様を目にするのです。これ以降、スタンダールはイタリアを第二の故郷として精神的よりどころとしたとされています。

スタンダールは別の職に就いた時期もありましたが、再就職を経て、1810年には帝室財務監査官にまで昇進します。

ナポレオン没落後、ジャーナリストから小説家へ

出世の道を歩んだスタンダールですが、ナポレオンの没落後は、スタンダール自身も没落し、フリーのジャーナリストとして活動を始めています。

この時期、スタンダールはイタリアに渡り、自由主義者たちとの交友を深めますが、「フランスのスパイ」という噂のために、フランスに帰国しています。その後、自らの体験をもとにした『恋愛論』(1822年)を出版するに至りました。

1830年、フランスでは「七月革命」(7月27日から29日にかけての市民革命)が起こり、自由主義者であるスタンダールには、政界から声がかかります。結果、スタンダールは領事としての職に就きましたが、その後も、小説『パルムの僧院』(1839年)を書き上げるなど、精力的に執筆活動を続けています。

1842年休暇中に急死、墓碑には「生きた、書いた、愛した」

スタンダールの最期は突然訪れます。1842年の休暇中に、パリの街頭で倒れ、急死したとされています。彼の墓碑にかかれた「生きた、書いた、愛した」という墓碑銘は、彼の人生を象徴するとして有名です。

人生の幸福を追い求めるとともに、旧体制の維持や復活に動く社会に反発したスタンダールは、リアリズムの先駆者としても称えられています。

「スタンダール」の作品

スタンダールが遺した作品の中でも、ぜひとも押さえておきたい代表作をいくつか紹介します。

『恋愛論』(”De l’amour”)1822年

『恋愛論』は、スタンダールの経験からまとめられた随筆集・評論で、彼の代表作のひとつです。「恋愛」を4つに分類し、愛されているという確信に至るまでの心理描写が細かく書かれています。恋愛に限らず、フランスの国民性や当時の考え方なども知ることのできる作品です。

『赤と黒』(”Le Rouge et le Noir”)1830年

『赤と黒』は、実際に起きた事件を題材とし、野心的な青年ジュリアン=ソレルの成功と挫折を描いた恋愛小説です。立身出世に燃える青年と、貴族社会の女性との愛憎劇を、革命後の激動の社会を舞台に描かれています。

また、『赤と黒』は当時の王政復古下のフランス社会を激しく批判した作品としても知られています。近代的思想が、旧体制社会によって押しつぶされる、という当時の時代背景や歴史を色濃く反映した作品でもあるのです。

『パルムの僧院』(”La Chartreuse de Parme”)1839年

スタンダールの「生涯を締めくくる傑作」とも称えられるのが小説『パルムの僧院』です。『赤と黒』に並ぶ代表作品でもあります。

『パルムの僧院』は、侯爵家の美青年と彼に恋をする女性たちの物語で、元恋人を殺した罪で服役する青年を脱獄させようとする複数の女性が登場します。19世紀初頭の北イタリアを舞台とした作品で、当時の状況を伺い知ることのできる一冊です。

紀行文・音楽論など幅広い作品を遺す

スタンダールの作品はほかにも、中編小説『カストロの尼』(1939年)や『ラミエル』(1839–1842年)などの中短編群「イタリア年代記」などが挙げられます。また、小説だけでなく、モーツァルトの音楽論や『イタリア紀行』(1817年)などの数々の旅行記・紀行文もスタンダールは遺しています。

中でも、『イタリア紀行』は、政治風刺の強い作品としても知られていて、スタンダールのイタリアに対する「愛」がうかがえる作品です。

まとめ

スタンダールは、母国フランスよりもイタリアをこよなく愛した作家です。彼の作品はイタリアを舞台とする恋愛を描いた情熱的なものが多いことでも知られています。一方で、社会風刺色が強いことも有名で、「近代リアリズムの先駆け」としても押さえておきたい作家です。