「コナン・ドイル」とは?ミステリ小説の傑作『ホームズ』ほか紹介

作家「コナン・ドイル」は、世界的に有名な推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズの著者として知られていますが、実は医師や政治活動家としての一面も持っています。多くのファンを持つ「コナン・ドイル」の生涯と彼の作品について紹介します。

「コナン・ドイル」とは?

「コナン・ドイル」とはどんな人物なのでしょう。まずは簡単に、彼の経歴を紹介します。

「アーサー・コナン・ドイル」はイギリスの作家

「コナン・ドイル」は本名を「サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイル(Sir Arthur Ignatius Conan Doyle)」(1859年~1930年)といい、かの有名な「シャーロック・ホームズ」シリーズを生み出したイギリスの作家です。

「サー(Sir)」は、イギリスの叙勲制度における「栄誉称号」のひとつで、コナン・ドイルはボーア戦争でイギリス軍を擁護した際にこの称号を得ています。一般的には、「コナン・ドイル」や「アーサー・コナン・ドイル」と呼ばれます。

コナン・ドイルは元々は医師で、副業で小説執筆をしていた

コナン・ドイルは作家として名を知られていますが、元々は医学部を卒業し、医師として働いていました。しかし、患者が集まらなかったため、その暇な時間を利用し、副業として雑誌社に小説を投稿したのが執筆活動の始まりとされています。

当初は小説も芽が出ず、出版社からの依頼でドイツ語の英語翻訳なども手掛けたこともあったようです。また、短編小説ではお金にならなかったことから、長編にチャレンジします。それが、シャーロック・ホームズの第一作『緋色の研究』でした。その後も、医師としての道を模索し眼科医として開業しますが、やはり患者は集まらず、この失敗を機に作家の道を本業とすることを決意します。

推理小説だけでなく歴史小説も執筆していた

コナン・ドイルは、シャーロック・ホームズの第2作目を手掛ける前に、歴史小説『マイカ・クラーク』(1889年)を発表し、評判を集めました。自らも『マイカ・クラーク』を自身の「最初の出世作」と称しています。その後も自らの「本分」と宣言するほど歴史小説に注力し、『ホワイト・カンパニー』などの作品を生み出しています。

一方で、世間ではシャーロック・ホームズの人気も高まりを見せます。しかし、世間から続編を求められるほど、コナン・ドイルはホームズを倦厭し、ストーリー上でホームズを死亡させる『最後の事件』を執筆、連載を打ち切るまでになります。

「コナン・ドイル」の生涯・人生観

コナン・ドイルは作家として以外にも、生涯を通して政治的活動にも取り組んでいます。コナン・ドイルの生涯や彼の人生観について、もう少し詳しく見ていきましょう。

コナン・ドイルはボーア戦争で英軍擁護運動を実施

「ボーア戦争」とは、南アフリカを巡って勃発したイギリスと現地のオランダ系住民との戦争です。コナン・ドイルは、軍医として現地に赴任しています。彼は、戦地で傷病者のために献身的に働くだけでなく、軍の司令官への報告業務など責任ある立場を担います。

コナン・ドイルはこれを機に、政界を目指すも落選していますが、イギリス軍の非人道的な行為をも擁護する立場にあったため、国王や政府関係者、戦争賛成者などからの人気は高かったようです。

第一次大戦にも協力的で、演説・執筆活動に参加していた

ボーア戦争でイギリス軍を擁護したことからも分かるように、コナン・ドイルは熱狂的な帝国主義者だったといわれています。その精神は、第一次世界大戦でインフルエンサーとして演説・執筆活動を行ったことからもうかがえます。

コナン・ドイルはまず、「義勇軍」と呼ばれる民兵団を結成するとともに、軍から前線視察や執筆の依頼を受けます。彼はこうした要望を快く受け、戦線に出向き、戦意高揚や士気を高める演説を行いました。また、1917年にはホームズがスパイ軍の裏をかく、という内容の短編『最後の挨拶』を執筆しています。

コナン・ドイルの晩年は「心霊主義」に傾倒

第一次世界大戦では愛国心から様々な活動を行ったコナン・ドイルですが、この戦争で義弟や甥を相次いで亡くしています。この悲しみからか、晩年の彼は「心霊主義」に傾倒していきました。「心霊主義」とは、端的に言うと「心霊(幽霊など)を信じる考え方」です。

「死後の存在」を確信したコナン・ドイルは、心霊学の研究や『新たなる啓示(The New Revelation)』(1918年)』などの執筆、世界各国での「心霊主義」に関する講演活動へと尽力します。一方で、心霊主義に注力するあまり、この時期のホームズ作品は精彩を欠いていると評価されています。晩年はこの「心霊主義」の布教を最優先し、1930年に亡くなっています。

「コナン・ドイル」の作品

コナン・ドイルが発表した作品にはどのようなものがあるのでしょう。代表的なものをいくつか紹介します。

名作推理小説「シャーロック・ホームズ」シリーズ

コナン・ドイルと言えば、やはり「シャーロック・ホームズ」シリーズが代表作です。1881年に第一作である長編小説『緋色の研究』を発表したのを皮切りに、雑誌における短編小説の連載を含め、数々の作品を発表しています。

ホームズの相棒である「ワトスン」の語り口で描かれる物語は、多くの人を惹きつけました。しかし、先述したように、本来歴史小説家として名を馳せたかったコナン・ドイルは、そのあまりの人気にホームズを倦厭、1893年の『最後の事件』でホームズを一度、死亡させています。

歴史小説『マイカ・クラーク』

歴史小説『マイカ・クラーク』(1889年)は、17世紀のイングランドで起こった王位継承問題「モンマスの反乱」を題材とした物語です。出版当時、高い評判を集めた一作です。

コナン・ドイル自身も、自らの「最初の出世作」「礎石」などと位置付けていて、彼の作家人生の中でも重要な作品となっていたようです。歴史小説では他にも、ルイ14世による「ユグノー(フランスの改革派教会、カルカン主義のこと)」の迫害を題材とした『亡命者』(1893年)もあります。

SF小説「チャレンジャー教授」シリーズ

コナン・ドイルは歴史小説以外にも、SF小説も手掛けています。いわゆる「チャレンジャー教授」シリーズです。1912年に発表された『失われた世界』やその翌年の『毒ガス帯』は、その独特な世界観が人気となりました。

ナポレオン戦争時代が舞台「ジェラール准将」シリーズ

コナン・ドイルが「シャーロック・ホームズを死なせた」とされる『最後の事件』(1893年)の翌年に執筆を開始したとされるのが『ジェラール准将』です。ナポレオン戦争時代を舞台としたストーリーで、主人公「ジェラール」によって様々な武勇伝・功績が語られています。

このジェラール准将シリーズも人気を集めたものの、やはりホームズ人気には勝てなかったようです。ホームズ復活・ホームズシリーズ連載再開を望む声にはかないませんでした。

「コナン・ドイル」以外の推理小説家

「アガサ・クリスティ」はコナン・ドイルのあとにデビューした女性作家

先に作家としてデビューし、現代に続く推理小説・ミステリー作家としてのジャンルを確立したのはコナン・ドイルです。

コナン・ドイルと同じイギリス人作家で推理小説を数多く手がけた人物には、「アガサ・クリスティ(Agatha Christie)」(1890年~1976年)が挙げられます。『オリエント急行の殺人』などのヒット作を生み、「ミステリーの女王」とも呼ばれる作家です。

アガサ・クリスティは1920年に『スタイルズ荘の怪事件』でデビューし、名探偵「エルキュール・ポワロ」が登場するシリーズは、今なお世界的に愛されていますが、コナン・ドイルとアガサ・クリスティは、主に活躍した時代が異なります。

まとめ

コナン・ドイルは、「シャーロック・ホームズ」シリーズで世界的な人気を誇る作家です。彼はのちの作家にも大きな影響を与えていて、その功績は「推理小説の礎石を築いた」とも言われています。一方で、コナン・ドイル自身は「歴史小説家」としての成功を望み、いくつかの歴史小説も手掛けています。ホームズ以外の作品も、これを機にぜひ手に取っても見てはいかがでしょうか。