「グロテスク」の意味とは?由来・言い換えや美術様式も作品で解説

「グロテスク」とは、気味が悪いという意味で使うカタカナ語ですが、実は古代ローマにさかのぼる、全く意味が違う美術様式がその語源です。

この記事では、グロテスクの本来の意味と、カタカナ語の意味を解説します。あわせて美術様式のグロテスクの例も紹介します。

美術様式の「グロテスク(英語:grotesque)」の意味とは?

ドムス・アウレア内部の壁画
(出典:Wikimedia Commons User:Sailko)

「グロテスク」とはもともと装飾様式のことだった

「グロテスク(grotesque) 」とは、装飾文様の様式の呼称です。さらにそれに類する建築分野の彫刻の呼称としても使われました。

「グロテスク」 とは、半身半獣の怪物や非実在的な植物文様を多様に組み合わせた美術様式の総称です。グロテスクは、古代ローマにおいて、フレスコ壁画や床のモザイク画などとして描かれ、建物を装飾していました。

由来は古代ローマの人工洞窟「グロッタ(grotta)」

「グロテスク」の呼称は、古代ローマの人工洞窟「グロッタ(grotta)」の内部装飾に由来します。人工洞窟とは、古代ローマ皇帝ネロが西暦64年に建設を開始した宮殿群「ドムス・アウレア」の宮殿遺跡を指します。地中に埋もれていた遺跡が1480年に発掘されると、その内部に描かれたフレスコ画の幻想的な装飾様式が人々を驚かせ、「グロッタ(grotto)で発見された古代美術」という意味で「グロテスク」と称されました。

グロテスク装飾を有名にしたのは画家「ラファエロ」

画家のラファエロが、遺跡のフレスコ画から触発を受け、バチカン宮殿の回廊にグロテスク装飾を施したことから注目を集めました。

ラファエロが用いた装飾は、奇想的な曲線を描く植物や、ギリシャ神話の怪物などを用いた幻想的な装飾でしたが、のちの新古典主義時代には、それらのモチーフが過剰に詰め込まれる様式に変化してゆきました。様式の変化に伴い、グロテスクの語は、醜悪・滑稽といった意味にも用いられるようになってゆきました。

建築様式の「グロテスク」とは奇怪な彫刻のこと

建築の分野では、教会建築の装飾に多く見られる、幻想的で奇怪な生き物の彫刻を「グロテスク」と呼びます。古代信仰の名残と神話などから生まれた彫刻です。

中世ヨーロッパに盛んに建設された、ロマネスク、ゴシック様式の聖堂はグロテスク彫刻の宝庫です。中世の聖堂や大きな建物の屋根などに置かれたグロテスクは、魔除けの意味もあるとされています。滑稽なものや醜悪なものもあるため、グロテスクの意味の幅が広がっていったと考えられます。

「グロテスク」の意味や類語とは?

「グロテスク」の意味は”気味の悪いさま”のこと

カタカナ語として定着している「グロテスク」の意味は、“気味の悪いさま、見ていると不快になる様子”です。「グロテスクな姿・グロテスクな映画」などと使われます。”グロい”などと短縮して使われることもあります。

語源となった美術様式の「grotesque」には、気味が悪い、不快といった意味合いはありませんでした。しかし醜悪、滑稽といった意味に転じてゆき、その部分のみが日本に持ち込まれたものと思われます。

「グロテスク」の類語は”不気味・異様・醜悪”

「グロテスク」の類語としては、“不気味・異様・醜悪”などが挙げられます。たんに不気味であるだけでなく、見ていると不快な気持ちになるようなものをグロテスクと表現します。

美術様式の「グロテスク」の例とは?

中世の宮殿の天井画や壁画に施された「グロテスク装飾」

ウフィツィ美術館内部
(出典:Wikimedia Commons User:Sailko)

15世紀から17世紀には、ラファエロのグロテスク装飾を真似て、宮殿の天井画や壁画にグロテスク様式の装飾画が描かれました。ロシアの女帝エカテリーナ2世は、バチカンのグロテスク装飾を精密に模した装飾をエルミタージュ宮殿の回廊に施しました。ルーヴル宮殿の回廊や、ウフィツィ宮殿(現在は美術館)の天井にもグロテスク装飾が採用されました。

「キマイラ」と呼ばれるパリのノートル・ダム大聖堂のグロテスク

ゴシック様式の聖堂である、パリのノートル・ダム大聖堂に取り付けられたキマイラと呼ばれるグロテスクは、聖堂のシンボルともなっており、グロテスク彫刻の代表といえます。

このグロテスクは19世紀に行われた修復の際に装飾として取り付けられたものです。ガーゴイルと紹介されることがありますが、ゴシック建築に見られる怪物の形をした雨どいは、グロテスクとは区別してガーゴイルと呼ばれます。

■参考記事
「ガーゴイル」の意味とは?由来・神話や見られる場所も紹介

「グロテスク」に分類される”グリーンマン”の意匠

グリーンマンとは、人間の顔と植物の葉が一体となった人面の形象を呼びます。髪の毛が植物の葉になっていたり、口や鼻の穴から植物やツタを吐き出していることもあります。中期ゴシック期の修道院や教会に多くみられる建築装飾です。

グリーンマンは、古代ケルトの自然信仰や樹木信仰、加えてギリシャ神話の海神オケアノスに由来するとされます。グリーンマンは、古代の樹木信仰にオケアノスの死と再生の意味を受け継いで、自然の生み出す力の象徴として西欧美術で親しまれました。

四世紀~五世紀には、聖堂のファサードや柱頭の装飾として使われるようになり、ロマネスク様式においてはさまざまに躍動した姿でグリーンマンが登場します。ゴシック様式においてはより写実的に表されました。

なお、ローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン聖堂の入り口にある、有名な「真実の口」はオケアノスだと言われています。

ケルト信仰の「切られた頭」に由来するグロテスク

ロマネスク聖堂内部の柱頭には、グロテスクに類する奇怪な頭の彫刻が並んでいます。聖堂以外にも、歴史の古い地に建てられた建造物や広場の噴水などに、恐ろしい顔をした人間の頭部の彫刻が並んでいることがあります。

これらの、人間の頭部を装飾として扱う伝統は、ケルト民族の人頭信仰にさかのぼります。ケルト民族は、戦いで勝ち取った敵の頭を崇拝する伝統がありました。切り取られた頭には、あらゆる力、とりわけ悪霊から身を守る力があると信じられていました。

なお、ケルト信仰に起源を持つ伝統行事「ハロウィーン」に欠かせない小道具である、カボチャを頭部に見立てたランタンは、ケルトの人頭信仰の名残です。他にも、鹿などの動物の頭部を室内に飾る習慣も頭部信仰に由来します。頭部は悪霊が室内に入ってくるのを防ぐと信じられました。

まとめ

グロテスクとは、カタカナ語では異様で気味が悪い、といった意味で使われていますが、本来は古代ローマの幻想的な室内装飾の呼称でした。その装飾がほどこされたネロの遺跡が発見されたとき、埋もれた洞窟のような場所に発見されたことから、「グロッタ(grotto)で発見された古代美術」という意味でグロテスクと呼ばれるようになったのです。

美術様式から離れたグロテスクの語は、「幻想的→奇怪→滑稽」というように意味が転じてゆき、日本では「気味が悪い」の意味で定着したようです。